∴あんずのように甘くないのよ私は
「綺麗ね」
ポロリと口をついて出てきたのは感嘆の言葉。お世辞ではないのだけれど、きっとお世辞に聞こえてしまっただろうと脳みそを無駄に動かしていないと死ぬ人種の霧切はその事に気づかないまま考える。背筋を伸ばし、女の子らしく手を揃えた姿勢でその言葉を拾った舞園は、相手の心配に気づいていながらなお作り笑いを浮かべた。
「そうですね、ありがとうございます」
「否定しないのね」
「ハイ、だってそれぐらいしか取り柄がないですから」
聡い彼女のことだから、自分のニコニコ笑顔が捲れば剥がせるものだと気づいてはいるのだろうけれど、特に言及してこないということはそうでもしないと私が死ぬことを知っているからだろうか。彼女が灰色の脳みそを動かさなければ死ぬように、私は人に気に入られる体裁を繕っていなければ死んでしまう。生まれた時からそういう風にプログラムされている。才能とは、そういうものだ。
「霧切さんも充分素敵だと思いますよ」
「あなたと比べれば全然大したことはないわ」
「ふふ、ひどい言われようですね」
固まる霧切の顔を見て舞園は密かに喜んだ。霧切のことは苦手だ。少し愛想を良くすればコロリと騙されてくれるような人種ではないし、彼女と一緒にいると何か自分でも知らない奥深くを暴かれそうで怖いから。もちろん優しさも兼ね備えた彼女がそんなことをするはずもないのだけれど、でも人間の心なんてちょっとつついてあげればすぐに反転してしまうことを舞園は知っている。というか、だいたいそのように相手、ひいてはファンの心を操りながらようやく自分はステージに立っていられるようなものだった。
「私は霧切さんが羨ましいですよ」
「‥‥‥何が?」
「いつも堂々として自分の意見を言える所とか、私なんかじゃ気づけないようなことにも気づいちゃう所。人に流されっぱなしの私とは大違いです」
「そんなの環境の問題よ。あなたと私では似るにも似れないわ」
「それはそうですけど‥‥‥」
目を伏せていい淀む舞園はやはり女の子らしさがにじみ出ているようだ。彼女が現在の地位を確立した背景に何があったのか、霧切は想像する。というかそれしか出来ない。無意識のうちに他人の半生を割り出そうとするのは悪い癖だがそれは自分があの家に生まれた時点で諦めていた。世の中何かと上手く出来ているもので、どんな才能にも仇があるものだ。彼女の自分縛り然り、自分の他人探り然り。
根本的な問題で、彼女達は実にそっくりだった。それでいて180度真逆の存在でもあった。艶やかな黒髪に憧れようと、自分のことが露見されるのを恐れようと、結局のところ彼女達は自分自身には他ならない。もしそれを万が一にでも外れるようであれば、きっと簡単に死んでしまうだろう。彼女達はそういう存在だ。
title:塩