∴きみの傍でねむらせて
男二人で寝るには狭すぎるベッドに横たわりながら微睡んで、でも馴れない隣の体温に意識はしっかりと残ってしまっている状況。そんな中でぐーすか寝息をたてられるのはやはりコイツがバカである証拠だろうか。それともいちいちそんな下らないことを気にしている自分がバカなのか。いや、それはないな。なんて否定したって耳が赤くなるのは止められない。誰にも見られてないのが救いだ。
「なえ、ぎ」
しどろもどろなのが見てとれるくらい不確かに、まるで名簿表の名前を一字一句確認しながら読むみたいにゆっくりと奴の名前を吐き出してみたけれど、結局、というかやっぱりなにかが解消されるようなことはなく、ただ空虚な虚しさだけが胸の中にじわじわと広がっていった。ああ、やっぱり愚民は愚民。どれだけ俺が悩もうが知ったこっちゃないという顔で眠りこけているのがなんとも癪に触る。しかしここで腹いせに苗木の体を揺すり始めるほど俺は短気ではない、はずだ。自信がないのは普段の自分の言葉を省みて。相手を見下すことにばかり特化した口はろくな感謝の言葉すら吐けないような役立たずだった。
こんな真夜中に二人きり、でもポツンと一人取り残されたような。「寂しい」なんてそんな贅沢なことは言ってられない。それがプライドからくるものなのか、それともコイツに対する配慮からくるものなのか、それすら曖昧に混ざりあっているのは頭がぼっとしてるからだろう。ああそうだ。そうに決まっている。そんなもの、あくびと共に出て行ってしまえと思うのだが、必ず喉にかかった所で飲み込んでしまう。そうして蓄積される。焦れば焦るほど眠気は遠退くようで、けれど体はそうもいかずにぐったりと金縛り一歩手前のような気だるさばかりを与えてくれた。いい迷惑だ。
「苗木」
反応なし。
「おい苗木。聞いているのか」
反応なし。当たり前だ、聞いてないのだから。
ここまでくるといっそ呆れた方が楽なのでは、と思った。びっくりするほど己に呆れ、そこで初めて俺が俺を否定できればとても楽だと思う。
楽だと思う、けれど、そんなこと、できるはずがない。
「す、きだ‥‥‥」
落ちた音はコロコロと転がった。そのままその音が苗木の耳を突っついてくれたらよかったのに。すり抜けて消えた音に今更何の未練を感じているのだろう。馬鹿馬鹿しい。ああそうだ、馬鹿馬鹿しい。どれだけ愛の言葉を囁こうが、どれだけ甘い愛を垂らそうが、結局は本人に伝わらなければただのゴミ。邪魔物。いっそゴミ箱に向かって思いきり吐き出してしまおうか。全部全部、甘いも辛いも酸っぱいも苦いも。
俺は器用には産まれてこなかった。たったそれだけのこと、吐き出して。
(喉、渇いたな‥‥‥)
動きたくないと主張する体を無理矢理に起こして靴を履いた。食堂‥‥‥は閉まってるから倉庫か。コーヒーでいいか。ふとカフェインのことが頭をよぎるが、どうせ眠れないのなら変わらないことだと自分に聞かせてベッドから立ち上がる。重さを失ったベッドがギシリと立てる音がやけに耳にうるさかった。それでもやはり、奴は起きない。
title:魔女