∴ひとりぼっち地球人



「彼が死んだの」

メイアは静かにそう洩らすとミルクだけを入れた紅茶に口付けた。あなた、紅茶を淹れるのがお上手ね。そう言ってメイアはふわりと微笑む。いつもの絶対的な自信に満ちた笑顔を見馴れているベータにはそれがどうしようもなく消えそうに見えてしまう。咄嗟には言うことが思い付かずに、砂糖もミルクも十分に溶かし込んだ紅茶を飲み下して沈黙に耐えた。

「‥‥‥セカンドステージチルドレンはその力を失って普通の人と同じだけ生きれるようになったんじゃなかったのかしら」
「そうよ。でも事故死だもの。どうしようもないわ‥‥‥」

噂で聞いた話、ギリスがついこの間話題になった飛行機事故で故人になったことをベータは知っていた。けれどそれを言わなかったのはあまりのメイアの悲痛さにその事実を突き付けてはいけないのではないのではないかという少しの罪悪感と気遣いがあったからだ。結局、メイア自身の口からその事を言わせてしまい申し訳なくなると同時に、さて、彼女は今何を考えてその椅子に座っているのか心配になってきた。けれどどんなに心配をしたところでベータがメイアに掛けてやる言葉は一つもないのだ。いくらベータが彼女を励ますために何をしようと、彼女の最愛はすでにこの世を離れてしまった。

「こっちの方がよっぽど辛いわね」

彼女はやはり静かに笑う。涙などとうの昔に枯らしてしまったに違いない。

「こんなことになるのなら、セカンドステージチルドレンとして早死にした方が大分マシだったわ。彼がいない世界でたった一人生き続けるだなんてただの生き地獄よ」

ベータはセカンドステージチルドレンではない。よって、彼女がどのようにして彼と出会い、過ごし、喜び、そして一人嘆いたのか。それは永久にわかることはない。目の前に座る消えそうな彼女のことを、自分は何一つとしてわかってやれることはない。そんな悔しさばかりが渦巻いた。

「じゃあ、死ねばいいんじゃないかしら」

無責任にも程があると思うが、これがベータの精一杯だった。生きることが地獄ならば、死んだら天国なのではないのだろうかという逆説。言ってから少し後悔した。

「えぇ、そうね‥‥‥。でも彼はそれを望まないでしょう?」

どこまでも彼女の最愛はギリスである。たとえ彼がいなくなろうとも自分は彼のために生きる。メイアはそう決めていた。それはもちろん今口をつぐんで何も言えなくなっているベータにだって変えることはできない。ベータの下手に自分への情けを表に出さない所がメイアは好きだった。今、メイアには全ての励ましが皮肉に聞こえてしまうのだ。それはどうしようもなく自分の我が儘であるが、やはり他人の幸せを見るのは辛かった。

「ごめんなさいね、こんな陰鬱な話をしてしまって」
「別に、あなたの気が紛れるのなら」
「ありがとう。紅茶も美味しかったわ」

彼女は席を立つと真っ直ぐに玄関へと向かって行った。靴を履くために丸まった背中はどうしても縮こまってさめざめと泣いている少女のように見えてしまう。しかし彼女はもう涙すら流せないのだ。それの何と辛いことだろうか!
ベータはただ彼女のことを声にも出さずに心配した。心配するだけならどこまでもベータの自由であるからだ。しかしその心配がメイアに伝わることはもう一生ありえないのだ。それを伝える彼女最愛は、もういない。



title:塩


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