∴まっさらな砂原にて



「暑くなってきたね」

貝殻を拾い集めるシュウが呟いた。ゴッドエデンは孤島だ。海からの風が吹き抜けるこの島は本州の、しかもビルや住宅が立ち並ぶ密集地帯に比べれば大分涼しいほうだとは思うが、それは俺の感性であってシュウのものではない。暑いと呟きながらも慣れているところを見ると、この島で過ごす夏は初めてではないらしい。俺は初めてだった。ここの海を見たのも、ここに連れて来られた日以来だ。

「この島の周りには海流が流れてる。だから本当は魚がいっぱいいて、漁業に向いてるんだ。あの施設が出来てからはあまり魚も寄らなくなってしまったみたいなんだけど」
「詳しいな」
「昔から、この島に縁があるんだ」

シュウは相変わらず貝殻を探している。それは綺麗な純白だったり、不思議な形をしたものだったり、輝いて見えたりした。いずれにしても、見ていて飽きないものばかりだ。なぜそんな簡単に見つけられるのか疑問が浮かぶほどのものばかりだった。

「‥‥‥綺麗だな」
「ありがとう。欲しいならあげるよ」
「いや、遠慮しておく」

そう、残念。シュウが呟いて、手の平を裏返しにした。ザラザラと貝殻が小さな山を作り上げる。勿体ない、と思うと同時に太陽に反射して煌めくそれが息を呑むほど綺麗で、こんな綺麗なものが見れたのなら捨てても別にいいかとも思った。

今頃ゴッドエデンでは急に姿が見えなくなったキャプテン達を捜しているところだろうか。島は狭い。きっと俺達ももうすぐ見つけられてしまうのだろう。そしたらなぜ練習をサボったのか問い詰められ、もしかしたらキャプテンという立場を落とされるかもしれない。そこまでして海へくるメリットなんてどこにもなく、むしろデメリットばかりが積み上がっていくばかりだというのにどうして俺は差し出されたシュウの手を握ってしまったのだろうか。

「ねえ白竜、このまま僕と駆け落ちしない?」

背を向けたままシュウが呟いた。

「僕疲れちゃった。ねえ、逃げだそう?」
「何を‥‥‥」
「君とならどこまでも行けそうな気がするんだ」
「オイ、話が噛み合ってないぞ」

俺は驚いていた。当たり前だ、駆け落ちだなんて一般の男子中学生から飛び出る言葉ではない。逃げようだなんて言うにはシュウには何か悩みがあるのだろうか、そう思ってシュウを見てみても彼は波と戯れるだけで何も変わってなどないような気がした。冗談、だろうか。そんな軽く片付けてしまっていいのだろうか。

「ああ、時間切れだ」

シュウが振り向いた。俺の後ろからザッザッと誰かが駆けてくる音が聞こえて、見つかったのだと気づいた。そのまま腕を掴まれて、ゴッドエデンへと連れ戻されて、少しの説教を受けた後またいつもの日常に戻るのだろうか。シュウはどうするのだろうか。

「はいあげる」

そう言ってシュウが差し出したのは、何の変哲もない半分に割れた貝殻だった。

「証。僕らが二人でこの海に居たっていう」
「お前も持っているのか?」
「大丈夫、ほら」

シュウが欠けたもう片側を指し示す。もとは一つであったであろうそれは、今じゃ半分に離れ離れだ。もしかすると、シュウはそうなってしまうことを危惧したのだろうか。そう思って、シュウがどこかに行ってしまうんじゃないかと怖くなる。それを紛らすためにシュウへと伸ばした手が、後ろの誰かに掴まれた。



title:joy


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