∴さよならの魔力



彼が背負うものはその華奢な体には重すぎた。生死、希望、絶望。そうやって他人の運命を、自分の運命をねじ曲げることで自分の存在意義を見出だしていたようにも思う。

「あなたはもう赤の他人です。俺に関わらないでください」

きつく突っぱねるのは、きっともう彼の運命の中に私は存在していないからだろう。カードを無くしたとかご飯がおいしいとか、そんな些細なことに一喜一憂しては目まぐるしく表情を変えていた彼は鳴りを潜め、というか彼自身が殺したんだろう。そうすれば自分は何者にも惑わされない強い奴になれると勘違いしてるような子どもだったから。
きっと苦しいだろうに。本来湧き水のように溢れて止めどない自我を、使命感と自尊心のダムでふさいでいるのだから。決壊しないようにと高く高く塀を積み上げて、でもそんなことをしていたらそれだけで疲れていつかは死んでしまうだろう。でも私にはまだ彼の屍を見る勇気はないというのに。

「そうか‥‥‥。でもそのわりに私への敬語が抜けきらないな」
「‥‥‥あなたは初対面の年上にタメ口をきくのですか?」
「咄嗟の言い訳にしては上出来だ」

言い訳。さて、それはどちらの行いか。私は恐れていたのだ。彼の中の私が本当にすっぽりと、別の誰かへの空き家を作るために抜け落ちてしまうのを。
彼がとある大切な人物のために運命をねじ曲げようとしているのならば、私はとある大切な人物のためと称して運命を巻き戻そうとしていると言えるだろう。私は常に模索していた。父が、弟が、彼が、どうすれば皆等しく幸せになれるのかということを。まったく、都合が良すぎる正義感だ。そんな絵空事は思い描くだけ時間の無駄だというのは経験済みだろう?と、自分に問いかけた。

「今後一切、あなたの世話になることはありません。‥‥‥えっと、」
「X、だ」
「そう、X。‥‥‥御託はもう終わりでいいでしょう。それではさようなら。もう二度と会いたくもありませんが」

彼の目は決意をしていた。私なんかには到底変えることなんて出来ないような強い強い決意を。きっと、私がどんなに彼を抱きしめたいと願っても彼がそれを許してくれることはないのだろう。つい先程、彼は私の名前も忘れてしまった。彼にとって私は赤の他人となり、しかし私は彼と赤い糸で繋がっていたいと思うのだ。皮肉、にしては絶望的な話だ。

「じゃあな、カイト‥‥‥」

だから私は彼よりも早く彼に背中を向けることにした。未練?そんなもの、それしかないに決まってるじゃないか‥‥‥。



title:joy


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