∴紺青
頬を静かに何か冷たい物が伝わった。それはヒヤリとした感覚を残しながら僕のアゴまで伝っていって、ポタリ、と何となく開いていた雑誌の上に落ちていく。頬に残る水滴を舐めてみたらしょっぱかった。涙だと思った。
「うん、そう、それからなんだけどね。何にもないのに涙が出てくるの。原因とか理由とか何一つわからないんだ。なんでなんだろうね」
また頬を涙が伝わった。シンタローくんはそんな僕を不思議そうに目を細めながら見ている。多分、笑いながら涙を流しているからかな。笑ってるのはいつも通りなんだけど、涙の方はイレギュラー過ぎてもうワケわかんなくなっちゃったよ。だって本当に塵一つもワケが思いつかないんだもの。
「‥‥‥オレじゃなくてキドやセトに相談した方がいいんじゃないか?」
「やだよ。心配させたくない」
めんどくせぇ、そう言ってシンタローくんは頭を掻く。そんな少しの間にも涙は静かに僕の頬を伝っていって、それをタオルで拭く度に水色だったはずの色が濃い青色に変わって行く様をぼっと見ていた。人間の心の中もこれぐらいわかりやすく変わってくれれば楽なのに。せめて自分の心ぐらいいいじゃないか。あぁホントに、何で涙なんか出てくるんだろう。
「単純に悲しいとか、」
放り投げるみたいななげやり気味の言葉に自分の記憶をかき回し何か最近悲しいことがあったかどうかを探る。涙を流しているのは現在進行形のはずなのに「悲しいこと探し」だなんて、なんだかおかしなことをしてる気分だった。
「うーん‥‥‥思い付くことはないなぁ」
「じゃあ寂しいとか」
「メカクシ団の皆がいるじゃないか」
「感動した、とかは」
「なんでベッドに寝そべったことに感動しなくちゃいけないワケ?」
「‥‥‥お手上げ」
あのさぁ、正直お手上げなのは僕の方なんだけど。でもシンタローくんもわからなかっただなんて。もしかしたら、って少しだけ期待してたんだけど、やっぱ僕自身にもワケわかんないことを他人に教えてもらおうだなんて、そんな矛盾してることは不可能だってことだろうか。
だけどさ、不気味なんだ。ちっとも泣きたくなんてないのにただ流れる涙にざらざら削られるようなんだ。なんで?どうして?僕はいったい全体どうしたっていうんだい?
「泣きたいなら思い切り泣けばいいじゃねえか」
「泣きたくはないの」
「泣いてんじゃん」
「違う」
「何が違うんだよ‥‥‥」
あのね、シンタローくん。理由のあるなしって凄く大きいんだから。例えば人を殺してしまった人がいて、ちゃんとした理由があれば死刑は免れるのだし、なければそのまま首吊りでしょ?同じだよ。だからどうしようもなく怖いんだ。僕の涙に理由がないんだとしたら僕はきっと人間失格さ。僕の体の中の一体どこに一体何があるのか、ちっともわかりゃしない。怖いよ、怖くて怖くてぐっすり眠ることだってできやしない。ねえシンタローくん、君って確か頭良かったよね。一体僕が何なのか何か知らない?
「‥‥‥‥あぁ。そうだな。とりあえず笑うのを止めたら、どうだ」
「え?」
「オレには、その‥‥‥自分の気持ちを笑って隠してるっていうか、えと、それで自分でも隠したの忘れてるように見える?ような‥‥‥つまり、その、」
困ったように明後日の方を向くシンタローくん。本当、君は正直者すぎて眩しいくらいだね。でもねシンタローくん。それは僕もわかってるんだ。でも止められないんだ、この馬鹿の一つ覚えみたいにだらだら流れる涙と同じようにね。だからもしそこに理由があるのだとして、僕は僕自身じゃ見つけられないんだよ。ごめんね。
「泣きたいなら泣いた方が、」
そうだね、それができたらどんなに楽なことか。だからさ、僕と一緒にその泣きたい理由探すの手伝ってよ。お願い。
title:joy