変異する者達

 とある場所。
 シルドは道の途中で足を止め、そして後ろを振り返った。

「……あいつらは捕まったりしていないだろうか…………」

 シルドの独り言に入っている「あいつら」とはスウィートとシアオのこと。
 敵かもしれない自分に「捕まらないでね」と言ったイーブイ。自分を拒絶し、ゼクトに裏切られて何を信じていいか分からなくなっているリオル。
 うまく逃げれているのだろうか。来たばかりで全く分からない、この世界で。

「……」

 シルドとしては、シアオの反応は予想していた。
 過去の世界で時の歯車≠盗んだ盗賊。そんな自分が簡単に信用してもらえるわけがない、と。寧ろそんな悪党を信じようとするほうがどうかしている。
 それにゼクトが何かを吹き込んでいるのも予想できた。だからこそあんな状態になっているのだろう。

 だがスウィートの反応は逆に分からなかった。

〈その……シルドも捕まらないようにね。私たちも出来るだけ逃げきるから〉

 去り際にそういってきた。何故そんなことを言うのかシルドは不思議で仕方が無かった。
 そしてその行為がある人物に似ていることに気付く。


〈え、っと……その、余計な真似だったら、ごめんなさい……。けど、怪我してるし、放っておけなくて……〉


(他人の心配をするところ、アイツにそっくりだ)

 その「アイツ」と出会ったばかりの姿を思い浮かべ、シルドはフッと笑った。
 しかしすぐに真剣な顔つきになり、前を見る。

「だが……俺は今、他人の心配をしている場合ではない。俺は使命を果たすことを考えなければ……」

 そう呟くと、シルドはその場を立ち去ろうと歩き出した。

「オイ、待テ!!」

「!?」

 しかしいきなり声が聞こえ、シルドは立ち止まる。
 そして辺りを見渡した。だが何もいない。シルドは怪訝そうな顔をする。

「誰だ!?」

 シルドは見渡しながら大声をあげる。だが声の主と思われるポケモンはいない。あるのは岩や石のみ。
 空耳かとシルドが思うと

「貴様……我ノ住処ニ勝手ニ入ッタノニモ関ワラズ、此処カラ立チ去ロウトハ……。此処ニ入ッタ以上、無事ニ立チ去レルト思ウナヨ……」

「誰だ、お前は!? 何処にいる!?」

 声が聞こえるのにも関わらず、声の主らしきポケモンはいない。

「何処ニイル……ダト? 我ハ……我ハ此処ニイル!!」

「なっ……!?」







 一方、スウィートとシアオはシルドを追うため、順調に前に進んでいっているところだった。

「シルドは何処まで進んだんだろうね……?」

「何というか……素早そうだからもう少し先に居そう……」

 ときどき会話を挟みながら。といってもどうでもいい会話ぐらいしかしていないが。
 スウィートとシアオは1つのダンジョンを抜け、今は小休憩をとっていた。
 「少しでも疲労は取っておいた方いい」というスウィートの意見で。

「ダンジョンは未来でも変わらないんだね。お陰で迷うことなく進めて、僕らには好都合だけどさ」

「そうだね。もしも内容が違ったらここまで順調に進めていないもんね」

 シアオの呟きにスウィートは苦笑しながら答える。
 それにシアオもつられてアハハ、と笑った。もうあの暗い表情はない。

「それじゃ、もう行こう」

「うん」

 軽く会話をしてから2匹は歩いていった。
 真実を少しでも知るために、元の時代に帰るために、できるだけ早くシルドに追いつくのを目標に。








「しんくうぎり……シャドーボール!!」

 スウィートはコモルーにしんくうぎりで少しのダメージを与えてから、シャドーボールを撃った。
 元々とくぼうの高くないコモルーは一撃でやられた。
 小さく息をついてから、スウィートはシアオの方を見る。未だフォレトスと戦闘中のようだ。スウィートはすぐに参戦する。

「てだすけ!」

「スウィート、ありがと! はっけい!」

 シアオは接近してフォレトスのはっけいをした。だがフォレトスの防御は高く、倒れなかった。
 するとフォレトスの体が光り始めた。スウィートはハッとして急いでシアオの方へ移動する。シアオは何が何だか分かっていない状態だ。

(お願い、間に合って……!!)

真空瞬移(バキオムーベント)!!」

「え、えっ!?」

 何とかシアオの腕を掴み、スウィートは自作の技を発動させた。
 その瞬間――フォレトスの光は増し、辺りが大きな轟音をたて吹き飛んだ。それは物凄い威力だった。
 2匹は移動した場所に着地し、スウィートはホッと息をついた。

「良かった……。間に合って……」

「え、もしかして今のって自爆?」

 シアオは目を白黒させながら、安堵しているスウィートに尋ねた。スウィートはうん、と素直に認める。

「ごめんね、いきなり技を使って移動なんか。言いたかったんだけど時間がなくて……」

「いやいやいや。何でスウィートが謝るの? 普通、僕がお礼を言うところじゃないのかな?」

 シアオが珍しく正論を言う。
 スウィートは「そう?」と首を傾げているが、とりあえずシアオはお礼を言っておいた。

「ありがと、スウィート。けどよく気付いたよね」

「うん。自爆を使うときはポケモンの体が光るってアルに聞いてたの」

「あ、やっぱフォルテじゃなくてアルなんだ。まぁ当たり前だよね」

「……フォルテに怒られるよ?」

 フォルテとアルがいないので、2匹についての会話が1番多かった。大概、こういった内容が多いのだが。
 後でフォルテに言っておいたほうがいいのかなぁ、と心の中で思っているスウィート。フォルテの悪口らしきことを言っているシアオは、自分で墓穴を掘っていることに気付いていなかった。

「大丈夫。フォルテはこの場にいないから! とりあえず先に行こ!」

「そうだね。あまり時間もかけられないしね」

 そういって進みだした。シルドに追いつくまで、あと少し。








 スウィートとシアオがダンジョンを抜けると、緑色と紫色の物体が見えてきた。

「何だろう、アレ……?」

 シアオが首を傾げる。スウィートもともに首を傾げた。
 そして顔を見合わせてから、ゆっくりとその物体へと近づいていく。近づくに釣れ、どんどん姿が見えてきた。

「えっ……!?」

「シルド!?」

 そこには、紫色の煙のように包まれたシルドが倒れていた。
 スウィートとシアオは驚きの声をあげる。まさかこんな形で再会するなんて思っていなかったのだ。
 そしてシルドの方へ駆け寄った。

「ちょ、シルド! 大丈夫!?」

「うっ……。お前ら……気を、つけろ……。敵がいる……!」

「て、敵?」

 スウィートとシアオはまた首を傾げる。
 そして立ち止まり、辺りを見渡してみた。だが敵と思われるものはどこにもいない。

「敵って……? 何もいないけど……」

「お前らの近くの……石だ……!」

「石……?」

 スウィートが目線を下におとして左を見る。そこには普通ではありえないような形をした石。
 シアオの目もそれにむいた。そして不思議そうに石を見る。

「ま、まさか……」

「この石……って……こ、と……」

 するとすぐ左にある石が、勝手に揺れた。

「え!?」

「わぁぁぁぁぁぁぁぁあぁッ!?」

 スウィートとシアオは驚いて、咄嗟に石から離れた。「何だ、コレは」といったようにスウィートとシアオは石を見る。
 するとさっき揺れた石がまた揺れた。さらに今度は

「ヒッヒッヒッ……」

 奇妙な笑い声をあげながら。それにまた2匹は驚き、そして石を見た。そしてすぐに態勢を整える。
 いざというときに攻撃をすぐできるような、準備万端な状態で。

「ココニ足ヲ踏ミ入レル者ハ……全テ許サン!オ前達モナ!」

「だ、誰なのさ、君!?」

 シアオが動揺しながらも石を指さしながら聞く。
 すると石から紫色の物体がでてきた。紫色の物体には顔のようなものがあり、石にしっかりとついているので浮いているわけではない。

「我ノ事カ? 我ハ……」

「いや、君以外に誰がいるっていうの?」

「シアオ、そこは気にするとこじゃないよ……」

 石につっこんだシアオにスウィートの的確なツッコミが入る。
 スウィートもシアオも無自覚かもしれないが、空気を読む気はさらさらないらしい。

「オ前達! 聞イタカラニハ真面目ニ聞ケ!!」

 ごもっともである。だがそれだけで黙るシアオではない。

「だって君がボケたから……」

「ボケテナドイナイ! 我ノ種族ハミカルゲ。名前ハヴィアス・ガレッド!! 108個ノ魂ガ合体シテ生マレタ者ダ!」

「ご丁寧にどうも……」

 スウィートは軽くお辞儀しておいた。
 過去に戦った敵で、ここまで丁寧に自己紹介してくれたポケモンなどいなかった。だがこのヴィアスは丁寧に種族、名前、特徴まで教えてくれた。
 それにスウィートは「自分も自己紹介した方がよいのだろうか」と真剣に悩んだ。
 しかしその思考はシルドの声によってかき消される。

「気をつけろ、お前ら! そいつは強い!!」

 その言葉を聞いた瞬間、スウィートとシアオの顔つきは真剣なものとなった。第三者から見るとその反応は遅い。

「シアオ……いける?」

「僕はだいじょーぶ。スウィートは……言うまでもないよね」

「覚悟シロッ!!」

 ヴィアスの声とともに、戦闘が開始された。

「てだすけ!!」

「はどうだん!!」

 スウィートが普段どおりにてだすけを発動させ、少し威力のあがったはどうだんが、ヴィアスの方へ一直線にとんでいく。

「怪シイ風!」

「きゃっ!」

「うわっ!」

 ヴィアスも対抗すべく攻撃を繰り出し、はどうだんは向きがそれて、そのまま壁にぶつかった。
 そして怪しい風は全体攻撃のため、スウィートとシアオは攻撃を喰らってしまった。

「くっ…! はっけい!!」

 シアオはすかさずでんこうせっかでヴィアスに近づき、攻撃を繰り出す。だが

「さいみんじゅつ!!」

「えっ…!?」

 至近距離にいたために避けられず、シアオはそのまま眠ってしまった。それと同時に

「シャドーボール!!」

「ナッ…!? グァァァア!!」

 声とともに、前と後ろと両方からのシャドーボール。咄嗟に避けられなかったヴィアスは完全に大ダメージを食らった。
 そのヴィアスの後ろ、そこにスウィートはいた。

「シアオに気をとられちゃって油断した……のかな? 私はその間に準備していたんだけれど……気付かなかった?」

 スウィートの準備というのはヴィアスの背後にまわり、そしてシャドーボールを2つ。1つはそのままヴィアスの方へ。もう1つは賭けで真空瞬移を使ってとばしたのだ。
 元から運のよいスウィートは、見事にヴィアスの前にシャドーボールを持っていかせることに成功し、2発とも当たったという訳だ。

「上手く口の中に入ればいいんだけど……」

 そう言ってスウィートはトレジャーバックの中から癒しの種をとりだし、そしてシアオの方に向かって投げた。
 種はそのまま一直線にとんでいき、シアオの口に見事に入った。

「んぐっ!? ゲホッ、ゴホッ!」

 どうやら起きたみたいだ。咳き込んでいるところを見ると、どうやら種を喉に詰まらせてしまったらしい。
 悪いことをしたなぁ、とスウィートは思いながらヴィアスを見る。ヴィアスは動かない。

(まさか……私たちが油断したところで攻撃してくるつもり?)

 スウィートはヴィアスをジーッと見つめる。シアオも同じように見つめる。
 すると数十秒後、ヴィアスの体が動いた。

「ヒャ!!」

「「は……?」」

 ヴィアスが変な声をだしたのに反応し、スウィートとシアオが怪訝そうな顔をする。そんな2匹にはお構いなく、シルドを包んでいた紫色の煙のようなものがヴィアスの体へと入っていった。
 そして石に戻ると

「ヒャ、ニ、逃ゲローーーーーーーッ!!」

 一目散に逃げていった。
 スウィートとシアオはポカンとしながらその姿を見つめ、そしてシアオがヴィアスが去っていた方を見ながら呆然と呟く。

「何だったのさ、一体……」

 ごもっともな意見である。
 スウィートとシアオがしばらく呆けていると、意外なところから声があがった。

「急に弱気になって逃げただけだ」

「「!!」」

 その声に弾かれたように、2匹は声の主、シルドを見る。そして近くに駆け寄った。

「シ、シルド  だ、大丈夫?」

「あぁ、大丈夫だ。……しかし、手ごわい奴だった。俺の鼻の穴から潜りこんで、体をのっとりやがった。おかげで体が動かなかった」

 鼻の穴から入ったって、とスウィートとシアオが苦い顔をしたのに、シルドは気付いていない。
 ほんの一瞬だったので仕方が無いことだったかもしれないが。
 シアオはヴィアスが去っていった方を見ながら、ポツリと呟いた。

「あいつ、悪い奴だったんだね……」

「いや、そうじゃない。おそらくヴィアスは自分の縄張りを荒らされたんで、怒っただけだ」

 シルドがシアオの呟きを否定した。
 スウィートとシアオはシルドの方を見る。シルドはまだヴィアスが去っていった方を見ていた。

「怒ると見境がつかなり、そして襲ってくる恐ろしい奴だったが……勝機がなくなると逃げていったように、本当は臆病なポケモンなんだ。
 本来はとてもいいポケモンなのに、世界が闇に包まれたせいで心が歪む。未来にはそんなポケモンがほとんどだ」

(世界が闇に包まれただけで……そんな……)

 シルドの言葉を聞き、スウィートが顔を暗くさせた。それはシアオも、そしてシルドも一緒だった。

 シアオは再びヴィアスの去っていった方を見た。

「……この世界のせいで、いいポケモンも悪いポケモンに変わっちゃうなんて……何だか、悲しいよね……」

 何も言わなかったが、スウィートが心の中で賛同した。
 するとしばらくして、シルドが気付いたようにスウィートとシアオを見た。

「お前ら……俺のいう事を信用するのか?」

「じゃあシルドは嘘を言ってるの?」

「いや、そうじゃなくてだな……」

 シルドの問いにスウィートが首を傾げながら聞くと、シルドはバツ悪そうに言葉を濁した。スウィートは頭に疑問符をつけたままだ。
 何といえばいいのか、といった感じだ。
 するとシアオが少し顔を上に向けながら手を顎にあて、考えるような素振りをしながら口を開いた。

「うーん……。半分くらい、かな……?」

 つまり完全に信用はしていないという事。それが分かるとシルドはすぐに2匹に背を向けた。

「前にも言ったはずだ。信用できなければ一緒にいても意味がない、と。じゃあな」

(ちょっ、なんてせっかちな……!!)

「あ、待ってよ!!」

 すぐに出発しようとするシルドを、シアオが引き止めた。シルドは顔だけ後ろをむく。

「……なんだ」

「信じないとも言ってない! 正直言うと、僕らは何が何だかよく分からなくて……。シルドの話をきかせてほしいんだ。
 確かにシルドのことをまだ疑っているところもあるけど……でもシルドのいう事は納得がいくっていうか、何というか筋が通ってる気がするっていうか……」

 上手く言葉がまとまらないらしい。シアオは目線を上にむかせながら、一生懸命に言葉を考えていた。
 見かねたスウィートが口を開く。

「私たちは少しでも情報がほしい……。だから、シルドの知っている事を教えてもらいたいの。未来のことや、シルドが私たちの時代に来た理由も」

 スウィートは真っ直ぐ、シルドから目を離さずに言った。シルドも目線をはずさず見ている。

「俺のいう事が……全てデタラメだったらどうする?」

「大丈夫。鵜呑(うの)みにはしない。自分で判断するよ」

 シアオも真っ直ぐシルドを見据えながら言った。すると

「……いいだろう。ついて来い」

 静かにシルドは言い、そして歩いていった。
 スウィートとシアオは互いに顔を見て、そして頷いてから、シルドの後を追った。

 未来での真実――本当のことを知るまであと僅か。




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