自分に、予測能力が欠けていたのだろうか
ヒューバートは、猛烈に反省と後悔をしていた――いや進行形でしているのが正しい
そして同じく進行形でヒューバートは現在ユ・リベルテを闊歩している
間もなく、町をほんの少しの間だけ出る事になる
一人ではない、なぜなら、横に彼女が――パスカルが居るからだ

やらかした、と言わんばかりに手で顔を覆いながら憂鬱そうに歩くヒューバートとは対照的に
パスカルは小躍りしながら遅くなりがちなヒューバートの歩調に合わせると言う妙に器用な事をしていた



事の始まり、それはなんでもない事だった

今日は依頼の関係により、ユ・リベルテで一泊しよう、とパーティメンバー全員で決定を下し
宿を取った後、各々好き勝手に過ごしていた
ヒューバートもご多分に漏れず、今日という平和な日をどう過ごすか考えていた
近くに来たからという事で、ほとんどついでという形に近いが大統領へ簡易の報告は済ませたし
もうユ・リベルテは馴染みが深すぎて特に行きたい場所もない
養父の家へ顔を出しに行く、というのも、精神的に憚られる

時刻としては昼過ぎてからしばし、といったところだろうか、ほんの少し西に偏り気味であるが
まだまだ太陽は燦々と輝き、本日分の仕事を全うしようとしている

そんな中、ふと喉が渇いたな、と思ったので
特にする事もなかったヒューバートはすぐにそれを実行に移した
宿内で販売しているアイスグミジュースを飲んで、のんびりするのも悪くは無いだろうと、そう思い
早速現地に赴いた、その時『それ』は飛び込んできた

――テーブルに突っ伏した、パスカルの姿が

何故こんな状態になっているのか、考えるまでもない、どうせまた暑さにやられたのだろう
向こうを向いているため表情こそ見えないが、げんなりした表情である事は想像に難くない
ここはスルーを決め込んで、放って置く方がいいかと思ったが、
今日はやけに賑わっているらしく、彼女が突っ伏しているテーブル以外空いていない
なのでその選択肢は切り捨てる事にした、そもそも同じテーブルを囲むのに抵抗がある訳でもない

「パスカルさん、席、いいですか」
「ん〜…?、弟くんか、いいよ〜」

呼びかければ力なく顔を上げて了承の意を示した
彼女のやや影が落ちた様な瞳を見て相当参ってますね、と内心で評した
店員にその場からオーダーを飛ばし、品が届くまでの間はただ黙して待とうと思ったのだが

「弟く〜ん、暑かったよ〜…」
「…そうですか、ご愁傷様です」

さっきよりかは活気を取り戻した表情で話を振られた
無視するのも絵的に不自然なので、適当感満載でとりあえず応対しておく事にした
仮に懇切丁寧に、かつ慈悲深く対応しろと言われても、
もはやここの暑さに慣れてしまった自分には、この辛さは理解できないためそれは難しい話である

「なんか反応が冷たいよ〜」
「暑いのでしょう、冷たくて丁度いいのではありませんか」

しれっとそう述べると「う〜…」と何かもの言いたげな呻きを発して、彼女はまたテーブルに突っ伏した
そうこうしてる内に注文の品が届いた、彼女から一旦視線を外し、
早速一口飲んで喉を潤す、やはり美味しい、文句なく
ついでに彼女の分も頼んでやるべきだったかと思う所もあったが
聞く機会を失してしまったし、こちらから聞くのも、どこか気恥かしさが妨害した
そのままもう二口ほど飲み、ふと、外した視線を彼女に戻す――変わらず、突っ伏している
やれやれ、と思わず頭を抱えたくなる
同じくストラタの暑さになれていないはずの兄達でも、ここまでにはならないというのに
まあ、暑さを寒さにすり替えると立場が逆転するのだが、その事実は無視を決め込む

「…大好物のバナナでも採ってきて、食して、少しは活力を取り戻してはいかがですか」

言葉の中に皮肉を忍ばせて、更に溜息交じりに彼女に言葉を投げつけてやった
そしてまたアイスグミジュースを口に含もうとした刹那、ガバリと彼女が表を上げた
突然の行動に内心で驚いてしまったが、表面には出さず、あくまで冷静に彼女の顔をまじまじと見やる

感想を述べよう――ものすごく、輝いていた

表情もさることながら、目が、瞳が、爛々と、キラキラ――むしろギラギラが相応しいだろうか
今現在のストラタに灼熱の光を注ぐ太陽も顔負けな輝きに、ヒューバートは感じた

「そっか!、ストラタってバナナが名産品だったよね!」
「え、ええ…まあ、その、はい」

気圧されてしまった自分は情けないのだろうか、
客観的に評価しようにも言葉にできない異様な迫力に圧倒されてる今となっては、
正常な判断を下せるわけもなく、ただ応対する事に一心になる他ない

「じゃあ早速採りに行こう!」

思い立ったら行動、どこか兄とソフィに似ているかもしれない、とイメージを少し重ね合わせつつ
先ほどまでの彼女からは想像できない(いつもは本来こうなのだが)元気さを見せつけ、彼女は椅子から立ち上がった
突然の動き出した彼女の時には、いつも通りおいてけぼりをくらっている感覚を覚えたが
今回の事は無理して理解を追う必要もないと判断したので、その場で「お気をつけて」と見送ろうとしたのだが

ガシッ、という擬音がぴったりに腕を掴まれた、もちろん、彼女に

「…は?」
「行くよー弟くん!」
「はあ!?」

突然、卒然、突如、忽如、その他諸々エトセトラ――
『いきなり』という意味を持つ言葉を複数並べ立てても、
到底表現しきれない彼女の唐突さにあっけなく頭は混乱に達し、
いつもなら他の客に迷惑だ、といつもなら冷静に判断できるのだが
つい宿内に響き渡るような素っ頓狂な声を上げてしまった
このどさくさで先ほどまで掲げていたグラスを倒さずに置けただけよくやったと自分で思う
成す術なく連行されていくヒューバートは居合わせた人々から好奇の視線を一手に受けている事を知り
恥ずかしいやら、情けないやらで弁明の言葉すら出ない、そんな彼が唯一出来た事は

「少佐〜とりあえずアイスグミジュースは取っておきますから安心してくださーい」

――ああ、そういえばここは自分の第二の故郷だった

店員からの呼びかけを、拾うことだった
この年齢で少佐、という立場にいるだけあり
ヒューバートの存在はここでは広く知れ渡っている
そんな自分が、よりにもよって第二の故郷において
女性に情けなく引きずられるという醜態を衆目に晒す事になるとは、
次に会ったら何を言われるだろうか、想像したくない

――なにか、大事なものを失った気がします

言いようのない喪失感と共に、宿を後にさせられた
静寂の戻った宿内に居あわせた人々の話題が、
漏れなく先ほどのヒューバートの珍事という話題にシフトしたのは言うまでもないだろう


所変わって、町の外
ここでようやく冒頭の状態から少し時間が経過した所に至る

彼女の目当てのバナナは生憎と町の中にはなく、首都の外に生っているので
町の外――砂漠に出る必要がある
とはいえ、町を出て割とすぐの所に生っているため、魔物と遭遇する危険性は薄いので
特に仲間達に伝える必要もないだろうと判断し、そのまま町を出ることにした
まあ、危険性が薄い、というだけでゼロではないので用心に越した事はないので

「パスカルさん、一応魔物に気を付けてくださいよ」
「はいは〜い!」

ちゃんと聞いてるのだろうか、と念を押したくなったが、やめといた
そうした所で糠に釘、豆腐に鎹だ
それに、一応忠告は届いている、だろう、返事もあったし――

「おお、バナナ発見ー!!」
「――って、やっぱり聞いてないでしょう、貴方は!!」

目的の木から垂れさがる、甘そうな黄色い弧の束を発見した途端に脇目を振らず一直線である
これで用心してるとはお世辞にも言えないし、言わせない、言わせてなるものか
盛大な溜息を一つ吐いて、走り出した彼女を追いかける、どうしてこうなのだ、と悪態を内心でついて
追いついた時にはすでに一房もぎ取っていた、目にも止まらぬ早業である

「あ、弟くんのも採る?」

採ったバナナの束を左脇に抱え、右手でまだ木に残留しているバナナを指差す
彼女にしてみれば、気を遣ったつもりなのだろう、が

――もう僕の忠告の件については完全にスルーですか

もはや彼女の頭からは忠告の「ち」の字すら消え失せているようである
いや、そもそも一瞬でも存在したのかどうかが疑問だが

「…結構です、さあ、早く戻りますよ」

もう説教する気も起きなかった
さっさと退散して、一応取っといてくれているというアイスグミジュースを飲み直そう
先ほどの騒ぎからあまり時間を置かずして戻るのはやや後ろめたいが、完全に無視を決め込んでやろう
くるりと踵を返して、帰路へと急ぐ、一応彼女を置いていかないように歩調は落としておく

しかし、何か違和感を覚えた、彼女が付いてきている気配が微塵もしない
ヒューバートが歩みを止めても、後ろから砂漠の砂を踏みしめる音が聞こえない
何事かと振り向いて、目を丸くした

パスカルがバナナの木から離れてないのである

まだ採ろうかどうか悩んでいるのだろうか、という憶測を立て
もう一度バナナの木へ――厳密には彼女の元へ歩み寄る
ヒューバートが近くに来ても彼女の視線はバナナの木に向いたままである
どこか平常とは違った雰囲気を感じ、怪訝に思いつつ声をかけようとした、その時

「…暑いよ〜弟くん」
「…やっぱり、パスカルさんはパスカルさんでしたね」

一瞬だけでも何かあったのだろうかと心配した自分が馬鹿に思えてきた
とりあえず、そんな疲れ切った怒りは足元の砂を踏みしめることで昇華しておくことにする

パスカルは、木陰に入っていた
多分、日の当たる所を歩くのが嫌になったのだろう
おそらく日が当らないだけ、まだ涼しいのだろうが
しかし、ここは砂漠、日が直接は当らなくとも
灼熱の砂漠が足元から熱気を間接的に、かつ確実に伝えてくる

「本当に暑さから逃れたいなら、さっさと帰る方が数万倍マシだと思いますが」
「む〜…やっぱり?」
「というか、町までそんなに距離ないでしょう、来る時と同じくらいにさっさと、とっとと帰れば終わりです」

振り返れば首都が見える、その程度の距離でしかない
正直、ヒューバート自身もとっとと戻りたいため、些細な事で立ち往生している彼女が少々もどかしい

そんな中、ふと一つの提案が脳内に降ってきた、まるで何かに囁かれたかのように

――これなら、納得してくれるかもしれません

悪くない考えだ、と密かに自画自賛し、空を仰ぎ、太陽の位置を確認する
覚悟を決めたのだろう、いよいよ木陰から出ようとしたパスカルを一旦手で制した
「弟くん?」と目を丸くする彼女を尻目に、ヒューバートは彼女の傍らに立つ

彼女の方へ、自分の影が伸びるように

「…僕の影にでも入ってください、無いよりはマシでしょうから」

時間帯的に幸いした
もう少し時間が早ければ太陽の位置が高く、影があまり伸びずに役に立たなかっただろう
まあ、そんな本来なら心底どうでもいい幸いを喜ぶ気もない、とっとと帰ろう、魔物が来ないとも限らない

「おお、弟くんありがとー!」
「なっ…!!」

その焦りからか、失念していた
そう、影に入るという事は、ほぼ密着にも等しくなる事を

「ちょ、パスカルさん!」
「ん、どったの?」
「いえ…その…なんでもありません」

だが自分から言い出した手前、彼女の行動に文句は言えない
思わず異を唱えそうになったのだが、慌てて取り繕った
不思議そうに無垢な光をその瞳に宿して、パスカルはヒューバートを見上げてくる

――暑さにやられたのは、僕の方だったのかもしれませんね

こんな単純過ぎる墓穴を掘った事と言い、どうやら今日の自分には冷静さがやや欠けているようだ
もうこのさい散々「慣れた」と豪語していた暑さの所為という事にしておこう

「…帰りましょう、ちなみに貴方のペースに合わせるつもりはないので、ご自分で合わせてください」
「はいはーい!」

嫌味のつもりだったのだが、彼女には通じなかったようだ
だが、もうそんな事はどうでもいい
今日はあまり物事を考えないようにしよう、全てをこの暑さの所為にしてしまおう

さっきから頬が火照った感覚がするのも、
不整脈というわけでもないのに動悸が激しくなってる気がするのも、
すぐ隣に居る彼女を、なんとなしに意識してしまうのも


全て、この暑さの所為だ













あとがき

久々のヒュパス、本編中仕様
思ったより筆が進んで驚きました

しかーし!
これ当初は拍手御礼文のつもりで書いてました
ですが気付くと異様な長さになり、
もうこれは一つの作品にしてしまえ!
という行き当たりばったりな文章でもあります
…いいのか、私、うん、いいんだ(おい

久々のヒュパス、という事で書いてて楽しかったです

お読みいただきありがとうございました!
(2011/6/19)
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