(微シリアス注意です)















色が消えていく、
それとも、真っ黒に塗り潰されていくというのが正しいのか

何もかもが視界から消えていく、黒に塗りかえられていく
どんなに鮮やかな色でも、嘲笑うかのように飲みこんでいく――闇

恐怖を、覚えた

これまで当たり前にあったものが、次第に失われていく
大好きな花の色も、大好きな人の顔も、視界から消え失せていく
はっきりしない視界の中、縋るように手を伸ばす、何も、掴めない
なんでもいい、何かを掴みたくて、指も使い懸命に何かを探してもそこには何もない
何をしても緩い拳を作るだけの、意味を成したいのに無意味となる行動

――嫌…

足元から這い上がるように恐怖が己を包み込み、焦りながら懸命に様々な方向に自信の手を巡らす
気付けば視界は黒一色となり、もはや自分が立っているのかすらも危うく感じる中
自分以外の何かを感じたくて、手を伸ばす、それでも、依然として虚しく空を切る
次いで体が芯から冷えていく感覚を覚えた、もう臨界点を軽く超えていた恐怖心が
思わず自分の体をかき抱かせた、自分の存在は、確かにある
だが他の存在を感じない今、その事実はなんの慰めにもならない

「――嫌!!」

もはや悲鳴に近い叫びを上げた
しかし、その瞬間、光が戻り、見慣れた天井が視界に飛び込む
数秒ほど放心状態だったソフィは、改めて自覚した
先ほどまでの、あの悪夢は、以前に味わった恐怖の再現は、夢、だったのだと
自身を覆っている毛布を両手で、きゅっと握りしめた
フワリとした心地良い感覚が手に伝わる、自分以外の何かに、触れる事ができる
心から安堵した、現実ではなかったのだ、と

しかし恐怖心は虚のものとならず、内でソフィの心を不安で渦巻かせていた
光を取り戻した視界の中でも、その光は内の闇を振り払うには至らなかった





光を浴びたい、外の音を聞きたい

寝台から抜け出して、真っ直ぐに窓に近寄った
カーテンを端に追いやり、窓越しに光が飛び込む、しかし窓越しでは、嫌だ
心がどこか急いてしまっているようで、窓の施錠を解くのが酷く煩わしく感じた
カチャリっと音を立てて解錠され、つい常より力を入れて窓を開放してしまった
やや乱暴な扱いを受けてしまったが、窓はギッと少しだけ痛々しい抗議をあげただけで
ソフィの要望に寛大にも応えてくれた、窓を開け放って寸程もなく、少しだけ身を乗り出す

いつものような、暖かな日の光、近くで鳴いているのであろう鳥達の声
今日は少し風が強いのだろうか、どこかで木々が木の葉同士を擦らせ合い、合奏している
続いて大きく深呼吸をしてみた
ラントの恵まれた気候によって、自然をふんだんに感じ取れる空気で胸が一杯になる
そして溜めこんだそれを、少しずつ、それでも一気に吐き出す、安堵の意を忍ばせて
明るい空の色、空の所々に見受けられる白い雲、屋敷の庭には緑、
花壇には自分で育ててきた花達が多種多様な色彩を見せてくれる、光は、失っていない
安堵感から少し力が抜けてしまい、頬を窓の下縁に触れ合わせると、
金属特有のひんやりとした感覚が伝わってくる、心地よかった

だが、いつまでも浸ってる訳にもいかない
朝は起きたらすることがたくさんある、顔を洗ったり、朝食をしっかり摂って、今日一日の活力を得たり等
更にソフィには、更に花の世話もするのが日課となっている、アスベルが領主として執務に臨むように
髪だって、起きぬけでいつものように二つ括りにしていない
若干の気だるさを感じつつも気を取り直し、窓から身を離して部屋を出た、いつもの髪留めを手にして

洗面所で鏡を見ながら、ツインテールを作る
最近ではそのまま下ろしてる事もあるが、たまに前と同じにする事がある
常日頃からしていた髪型であるだけあり、今ではさしたる苦労もせずに結えるようになった
「ソフィ」として生きるようになるまで、髪型というのは単なる形でしかなかったが、
仲間内では次第にトレードマーク的なものとなり、ソフィ自身もなんだか嬉しくなったものだった
当初、慣れない作業に四苦八苦したものだが、シェリアを筆頭に手伝ってもらえて、少しずつ学んだ
偶に、そんな記憶の欠片を拾い上げて寸刻ほど思いを馳せる事があるが
今の状況では、その偶に、という可能性も皆無となっていまった

孤島で、ラムダをその身に宿したリチャードによる強襲によって
ソフィは目が見えなくなっていくという深刻な怪我を負った
仲間がフォドラにいけば治る、と何度も励ましてくれたものの
残酷にも時間と共に徐々に狭まり、ボヤけていく世界を目にしていると絶望感に飲み込まれていった
道中で、もう皆に迷惑をかけたくないという一心から諦めようとしたが、皆が諦めなかった
仲間達は希望に縋り続け、自分のために奔走してくれた
アスベルは諦めるな、と仲間内でも一際力強く鼓舞し、ソフィを背負う事を一手に引き受けた
目は見えなくなりつつあったが、アスベルに背負われてる事で、アスベルの暖かさを感じ
背に耳をあててみると、アスベルの声が心地よく響く、心地よさに寝入ってしまった程だ
あの時自身に襲いかかろうとしていた恐怖を退けてくれていた、あの頼もしさは今でも覚えている

そこまで考えて、アスベルに相談してみようか、と思った
しかし、躊躇してしまった
今のアスベルは、ラントの領主だ
ラントの民のために、一分一秒を精一杯尽くしている
アスベルはとても優しい、決して自惚れているわけではないが、もし自分がこんな鬱屈した感情を抱えていると知れれば、
迷うことなくソフィに心を砕き、胸を痛めてしまうだろう
誰にでも分け隔てなく、どんな人物にも献身的に接する、それがアスベル・ラントという存在だから
そしてソフィは、アスベルの重荷になりたくない、力になりたい、と一途に思っている
だから、打ち明ける事が出来る筈もなかった

「おはよう、ソフィ」
「おはよう、アスベル」

朝食の席で、大好きな人の笑顔がソフィの心を少し軽くしてくれる一方で
それと同時に、この笑顔を曇らせたくないという思いが、精神的に追い詰める事となる
グラグラと、アンバランスな心を抱えたまま、ソフィは目の前のトーストにかじりついた
こんがりと狐色に焼いたパンに、バターを塗られて、香ばしい香りがした
ちらっと対面に位置するアスベルに視線を向けると、ソフィと同じようにトーストを食していた
そして同時に、視線がかち合った
アスベルの右目の青と、左目のラムダ存在の証である紫が、ソフィに向けられていた
視線が合う、というのは言葉無くても上手く言えない不思議な力を持つ
一度合わせてしまうと、そのまま目を逸らし、何もなかったようにするのは、何故か憚られるのだ

今だけはソフィにとって、それはやや居心地の悪いものとなってしまっている
適当な話題を振ろうにも、思いつかない、内に抱えるものを表に出さないようにすることで精一杯だったそれを知ってか知らずか、アスベルの方から話を振ってきた

「なあソフィ、最近の花壇の花達の様子はどうだ?」

他愛の無い話なのだろう、至って普通の話だ
だが、その普通の話を振られた事が、今のソフィにとっては安堵するものだった
自然と肩肘を張らずに、答えは用意出来た

「皆元気だよ、最近天気が良いから」
「そういえば此処の所ずっと天気が良いな」

言いながらアスベルはすぐ傍の窓から見える景色に視線を移す
非常に良い天気だった、外は明るく、窓からも光は差し込み、この部屋すらも照らしている

「そうだソフィ、今日の昼に裏山にでも行ってみるか?」
「ラントの裏山?」
「うん、こんなに天気が良いし、ここの所…行ってないから、どうだ?」

――楽しそう

情景を思い浮かべて、ソフィは胸が躍るのを感じた
ここの所、アスベルは領主としての執務に追われる事が多く、
加えて領主という立場から気易く外出等は、あまり出来なくなっていた
全く話が出来ないという訳ではないのだが、稀に、膨大な執務を課せられると
一日中、まともに話す事すら敵わない事もあったりする事もある、故に

「でも、アスベル…お仕事は?」
「幸い今日はそれほど多く無さそうで、来客の予定も無いんだ、大丈夫だよ」

おそらく大丈夫だとは思うのだが、念のため突っ込んで聞いてみた
今朝、自分と取り付けた約束のために、アスベルが無理をする羽目になるのはソフィとしては本意ではない
すぐに無茶をする、それがアスベルに対するソフィの見解であるからこそ

「…うん、わかった、行こうアスベル」
「ああ、俺もなるべく早く、仕事終わらせてくるから」

賛同の意を示した途端、ソフィにとって不安要素ともとれる発言が飛び出した
なるべく早く終わらせる、それは裏を返せば少し無理をする、とも取れる

「アスベル、無茶は駄目だからね」

念のために釘を刺しておく事にした、別に信用していない訳ではないのだが
ソフィ自身のためにも、アスベルのためにも、損な事ではあるまい

「わかってるよ、じゃあ終わったら迎えに行くから」

アスベルは笑いながら、まだ残っているトーストにかじりついた
ひとまず自分の忠告は胸に留まったと判断して、ソフィもアスベルに倣ってトーストを食べ進めた
先ほどよりは美味しいと感じるトーストに、少し顔を綻ばせた

それから昼を過ぎ、昼食も終えた頃
ソフィは朝食後から行っている花の世話に未だ勤しんでいた、
だいぶ終わりは近いものの、時間がかかり過ぎではないか、とも思われるかもしれないが
屋敷の庭にある花壇には、様々な花が所狭しと並び咲いており、
ソフィにとっては、その花一本一本が大切なので、
花壇にある花の一本一本を丁寧かつ丹念に見ているのだから、時間がかかるのも当然だった
『花の母』という呼び名は伊達ではない、そこらの町の花屋も顔負けな入れ込みである
そんなソフィが作り上げた華やかな花壇はメイド達内でも密かに人気があり、
メイド達も、純粋無垢そのものとも言えるソフィに好感を持ってくれているらしく
たまに休憩という事で、屋敷のメイド達が庭へ来る事もある
時折訪れるメイドとのささやかな会話も、ソフィにとっては楽しみの一つだった

楽しい時間を過ごしながら、ソフィは程なくして作業を終えた
花壇際にしゃがんでいた状態から立ちあがり、花の世話が終わった事を確認するように周囲をざっと見回す
そして執務室に目を向ける、アスベルはまだ執務をこなしているのだろうか、と
さりげなく遠目から窓を介して執務室を覗き込むと、机に座って何かの書類を向き合っているアスベルの様子が窺えた
元より、自分の方が早く終わる、と思っていたソフィは、それにどう思ったりする事もなく
アスベルを待とう、と一度屋敷の中へと戻った、手も洗う必要がある

「ソフィ様、少々よろしいですか」
「フレデリック、どうしたの?」
「アスベル様から言伝を…ああ、申し訳ありません、手を洗われてからで結構ですので」

その直後、ラント家の老執事に呼び止められたが手に土が付着している事に気付いたのだろう、
失礼を働いたと思ったらしく、両手をややアワアワと振って、取り繕う
礼儀等には疎いソフィにとって、今回の様なフレデリックの行動は不可思議なものとして映るのだが
アスベルからの伝言、と聞いて疑問符を倍増しにしつつ、
ひとまず洗面所へ向かう事にした、軽く急ぎ足で歩く、小走りかどうかの微妙な境目
冷たい水でしっかりと手を洗う、これは大事な事だと、仲間からはよく念を押されたものだ

「フレデリック、手を洗ってきたよ」
「失礼しました、それで、アスベル様からの言伝なのですが」

戻ると、フレデリックは先ほどの場所で待っていた
ソフィが声をかけると、謝罪の意を込めたのだろう、軽く頭を下げてから本題を切りだしてきた

「『少し遅くなるだろうから、先に裏山に行ってても構わない』との事です」
「…うん、わかった、ありがとうフレデリック」
「はい、確かに、お伝えいたしました、それでは」

再び一礼して、フレデリックがその場を後にする
ソフィはすぐそこの執務室へと続く扉を一瞥してから、外へ出た
アスベルになにがあったか、事情は聞くまでもない
おそらく、何か不測の執務が舞い込んだのだろう、
さして不思議な事ではない、これまでにも幾度もあったのだから

ラントの裏山は、相変わらず、たくましい命で溢れていた
季節に左右されず、様々な花達が一面をほとんど埋め尽くしていた
花を潰したくは無いので、花が咲いていない箇所を見つけて、そこに座り込み、耳を澄ます
波の音が聞こえる――ほぼ一定のリズムを刻みし、漣の刻む音
風を感じる――海際だからか、優しかったり、ほんの少し強く吹きつけたりする
自然の中に居る、そう実感するにはこれ以上ない場所だった
気付けばソフィはその場に横になっていた、視界が青い空で満たされ、
風に乗って、すぐ傍らの植物の匂いを少しだけ感じる、心地良かった
アスベルを待たなければ、と思いつつも、意識は段々と薄らいでいき、眠りに、誘われていった――


――あれ?

はっきりしない意識の中、ソフィは辺りを見渡す
真っ暗、だった

――また、この夢…?

何故、また見なければならないのだろう
折角アスベルや、フレデリック、メイド達、自分の育てた花々と触れ合い、光を感じたのに
こんな残酷な闇を、また思い出さなければならない?

――もう、嫌だよ…

あの時と同じように、数え切れない程の「嫌」がソフィを埋め尽くす
前に手を伸ばす、それでも、やっぱり触れられない、何も無い、あるのは闇だけだ
夢ならば、早く覚めたい
そう思っているのに、目の前の闇は払われない、光を取り戻さない、何故

まさか、現実だと言うのか

その懸念はソフィの恐怖心を激しく煽りたてた
もっと前に手を伸ばす、何も掴めなくても、諦めない、諦めたくないだが虚しく空を切った手の数が増えるだけ、不安を更に募らせた
ついに、また叫びを上げそうになった、刹那

「ソフィ、どうしたんだ!!」

ガッと、今まで空を切っていた右手を何かに掴まれた
それをきっかけにソフィの意識が覚醒し、目を見開く
何時の間にこんなに時間が過ぎたのだろう、もう夕方を示す茜色の空
そして、天に向かって突き出したソフィの右手を誰かが力強く掴んでいた、視線だけ右に映す

「大丈夫か?」
「アス、ベル…?」

心配の色を露わにしたアスベルの顔が見えた
いつもの白を基調としたコートを身に纏い、父親譲りの茶髪、自分にとって、最も大事な人

「…アスベル」

思わず、もう一度名を呟く、握られた手に伝わる暖かさは虚の物ではない
きゅっと握られた手を握り返した、間違いなくアスベルの手を握れている

「良かった…」

そう呟くソフィに、事態の把握が出来ていないアスベルだったが、
何かしら恐怖を感じていた事はわかったので、安心させるように空いている左手でソフィの頭を撫でた


「――そうだったのか」
「…うん」

その後、お互いに向き合うように座り込んで、
落ち着きを取り戻したソフィから事の様を聞き、アスベルの胸が痛んだ
それと同時に、やや悲しみを覚えた、ソフィの取った、行動に対して

「誰にも――俺にも、言おうとはしなかったんだな」
「…アスベルの邪魔は、したくなかったから」

理由も全て聞いた、アスベルの枷になりたくはなかったと
でも、そんな事は、間違っている
ソフィにとっても、アスベルにとっても、残酷な気遣いだ

新しい花が咲いたらこっそり教える、という習慣があるが、それとはまるで話が違う
新しい花が咲いたという報告はアスベルの励みに繋がる、本人もそう言っていた
だが今回はアスベルの気持ちの暗くさせるだけのものにしかならない
真の意味で、邪魔になる、それがソフィの弁だった

でも、そんなのは、違う

「ソフィ、俺はお前を邪魔だなんて絶対に思ったりしない」

言い聞かせるようにソフィの両肩に手を置き、
真っ直ぐに向き合ってアスベルは言葉を続ける

「お前なりに気を遣ってくれたのはわかる、だけどその所為でソフィが傷付くのはもっと辛い」

言葉だけの――上辺だけの言葉でない事はソフィにもよくわかる
現に、こうして見ているだけでも辛くなる、アスベルの悲哀の表情が眼前にあるのだから
そして、それをさせてしまっているのは、自分であるのだと思い知り、胸が痛む
笑っていて欲しい、と願う人にこの悲しみを与えたのは、間違いなく自分だ
こんな顔をさせるために、取った行動じゃ、なかったのに

「俺は知っている、そんなのは、誰のためにもならないんだ、誰の…ためにも」
「…!」

大切な事をひた隠しにされる悲しみを、知っているから
父親が自分達兄弟を大切に思うが故にした悲しき秘密の残酷さを、知っているから、伝えたい

「気遣っているから何も言わないなんて、そんなのは、間違ってるんだよ」
「…ごめんなさい、アスベル」

アスベルが父の事を言葉の中に重ねたのは、ソフィにもわかった
それ故に、アスベルの言葉がとても深く、重かった
アスベルの手が両肩から離れても、重みがまだ残っているように感じた

「…それにな」

少し、暗くなった気分を払拭したかったのだろう
心持ち明るい声色でアスベルはまたソフィに語りかけた

「お前は一人じゃない、一人じゃないという事はとても心強い事なんだぞ」

肩の力を抜き、また向き合う形で座り込む、気付けば辺りは大分暗くなっていた
夜空の青と夕空の赤を少し混ざった色の空がアスベルの背後に広がっていた

「…うん、わかるよ」

思い返せば、今自分はたくさんの人達に支えられている
花壇の手入れをしているときの気持ちも、そうだ
自分が花の世話をこれ程までに頑張れるのは、単純に花の世話が好きだという事もあるが
新しい花が咲いたらアスベルと一緒に見て、フレデリックやメイド達には綺麗だ、と称され

見てくれる人が居るから、自分はもっと頑張れている

一生懸命に取り組んで、それが皆に喜ばれる、その事がとても嬉しかった
言いかえれば、それは皆のために、頑張れるという事
アスベルがラントの皆のために領主として日々奮闘しているのと、同じように

それに、勉強こそしているが、まだ人としての知識に乏しい面がある
そんな時は屋敷の皆やラントの皆は惜しまず助けてくれる、暖かい気持ちをくれる
今の自分には色んな人が、手を差し伸べてくれる、それが、どんなに心強いか
そして、ソフィにそんな『今』を与えてくれたアスベルは、もっと心強くて

「アスベルにも、また助けてもらった」

また深い闇へと落ちそうになったソフィを光へと救いあげた手が、そこにある
何度も何度も、ソフィを助けてくれた手がある、一番好きな手が、ある
ソフィはほんの少し身を乗り出して、その手に触れる、アスベルは、少し目を細めた

「ソフィには、ラントの皆が居る、今は離れてるけどヒューバート達も、ラムダも居る、そして、俺も居る」

少し強めの風が二人の脇を過ぎ去った、仄かな潮の香りを残して

「ソフィが俺達の事を思うように、俺達もソフィの事を思っている、だから――遠慮なんて、しないでくれ」

――辛ければ、頼って欲しい、守りたいから

言葉に出さずとも裏に込められた気持ちを感じ取れた
だから、もう一度「ごめんなさい」と言葉が飛び出しそうになったが、寸でで飲みこんだ
アスベルは、その言葉を望んでいないだろうから、今のアスベルが望んでいるのは、きっと

「――うん」

ソフィがアスベルに願うのと同じように、自分が笑顔でいる事であるはずだから
同じだからわかる、もし自分が今アスベルの立場だったらと考えれば、すごく簡単な事
案の定、自分が笑ってみればアスベルも安心したように笑った

「…アスベル、一つだけお願い、していい?」
「ん、なんだ?」

ならば、甘えてみるのもいいだろうか、とも思った
まだ何をお願いしたいのか言ってもいないのに、アスベルは聞きいれる気満々な表情をしている
本当に、わかりやすい、自分だって、逆ならきっとこうなるだろうから
なんだか可笑しくなり、またちょっとだけ笑ってから『お願い』を告げてみれば、アスベルは間髪置かず二つ返事で了承した


「――こうするのは、あの時以来かな」
「うん、そうだね」

もう夜の帳が下りていると言ってほぼ差し支えない、
少しだけ明るみのある青い夜空が広がる中二人はラントの裏山を後にした

余談だがアスベルはソフィがうなされるより少し前には裏山に到着していたようだ
突如の急を要する執務を少々手間取りつつも無事片付けて裏山に到着していた時
ソフィは心地良さそうに眠っており、起こすのを忍びなく感じ、
ただ自然を感じながらのんびり過ごすのも悪くないとも思ったので、起こさず見守る選択を取った
それから数刻、ソフィが突如うなされる様子を見せ、
何かただならぬものを感じ取り、ソフィ起こしたというのが経緯である

あれからあんまり長い時間居られなかったが、また来よう、と約束をした
そして二人はラントへの帰路についた、ソフィの『お願い』の下、一人分の足音を立てながら

「しかし、おぶるのが下手と言われた俺が、おんぶをお願いされるとは思わなかったな」

アスベルは軽く笑い飛ばして歩みを進める、その背には、ソフィが居た
そう、ソフィの願いとはこれの事だったのだ
何故こんなお願いをされたのかはアスベルにもなんとなくわかる
ソフィの目が見えなくなった時は、自分はおぶっていた、その事を思い出したのだろう、推察は容易だったが
先述の理由から実際にお願いされた時は密かに瞠目したものだ

「居心地悪かったりしないのか?」

やや後ろ向きの懸念から思わずそう問うと背負っているソフィが首を横に振った気配がした
気配を悟らずとも少し後ろを振り返れば見えるツインテールが揺れているので、なんともわかりやすい

「ううん、むしろ逆だよ――とても心地良い」

声でも、そんなことはない、と述べ、
ソフィはアスベルの肩口から垂らしていた両腕で緩い輪を作って、少しだけ力を込めた
目が見えない中、大好きな人の暖かみを常に感じられたあの時が、どんなに暖かく、安心できただろうか

――このまま寝ちゃうのは悪いかな…?

今日は、やけに夢の世界に誘われやすいらしい、ラントまでの短い距離の間で、また意識が遠のきそうになる
頑張って起きてようと思いつつも、ソフィの瞼は反比例して段々重くなっていく

「…ん?」

急に、アスベルの背中の重みが増した
ラントまでの静まりかえった道中、少し耳を澄ますとソフィの寝息が聞こえてきた
それは規則正しく、とても穏やかなもので
自分のおんぶも、まだ捨てたものじゃないのだろうか、と妙な感慨にふけりつつ
アスベルはラントまでの道を歩き続ける、ただし少しペースを落として
屋敷に着くまでのほんの少しの間をちょっとだけ延ばさせてもらおう

「お休み、ソフィ」

起こさぬように、小声でそう声をかけた、呟くと言ってもいいだろう
そう呼びかけてから、はたとアスベルは思い出す、一つ言おうと思った事を言い逃している事を

「お前の目がまた見えなくなった時は、また全力でお前を守ってみせるからな」

言ってから、寝ている時に言っても意味が無いか、とほんのちょっとだけアスベルは苦笑を零す
でも、まあ構わないだろう、ソフィが起きてから改めて言えばいい話だ
早々に結論付け、再びアスベルは前を見据えて歩き続ける

そんなアスベルが見逃したのも無理は無い

ソフィが夢現の中、その言葉を確かに聞き取り、微笑んでいた事に


きっともう、悪夢は見ない


だって自分は、一人じゃないのだから













あとがき

アスソフィ話、過去最長になりました、わーお

アスベルが暗い話が多かったので、今回はソフィverにしてみました
…いや暗くする必要皆無ですけど(汗
明るい話を書きたいのに何故だ、話が長くなると気付くと落ちるジレンマ

ソフィの目が見えなくなるイベントはもう心が痛みますね
グレイセス何周しても、すぐに治してやると言わんばかりにパパーっと話を進めます
そしてアスベルとソフィの「(俺達は!)負けない!」の掛け合いを見るのが好き(何

系譜編後の描写あまりありませんが、一応系譜編後のつもりで書いてます
二人の支え合いの関係がずっと大好きです!
…あれ、支え合いの描写描こうとするから落ちるのかな?(汗

お読みいただきありがとうございました!
(2011/5/14)
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