「はい、弟くん」
「…はい?」

突如脈絡なく渡された一袋、反射的に受け取る事もかなわず、思わず呆ける
彼女に差し出されたものを一旦頭の片隅に置いておき、
理解の追いついていない思考に急加速をつけ、状況理解に努める

「あの、パスカルさん、突然、なんですか」

数日前に数日後――今日のことだが、会いに来る、と突然便りがあった
大まかに時間指定もされており、その辺り時間は空けられるようにしておいた
単に会いに来る、とだけで肝心の「何をしに」が書かれてない事に、
便りを受け取った当初は、やや呆れたものだが、
手紙に書いてあった日付を意識して、ヒューバートはこっそりと動揺したものだった
彼女がこんな祭り事に関心がある訳が無い、と自己弁護で完結しといたのだが
心の端には、いつまでも希望が燻っていた、馬鹿馬鹿しい、とそんな自分に吐き捨てた

そして今、手紙の予告通りに彼女はストラタに参上し
挨拶を交わすよりも何よりも先に、冒頭の状態に至った
自分の目がおかしくなっていなければ、彼女が今手にしているのは、
今日という日に行われる祭り事に欠かせないアイテムがあるように見える
だが、しかし、遥かに無縁そうな彼女がそれに参加するようには思えない、と無意識の自己防衛を続けていたが

「何って、バレンタインのチョコだよ〜」

あっさりと、彼女の言葉によって自己防衛論という名の壁は、
指で少し突くぐらいの感覚で木端微塵にされたのだった
心の均衡を容易く崩され、ヒューバートは大いに仰天、動転した

「はあ!?」

返事として、失礼極まりない、と頭の片隅で理解しつつも驚きは隠せなかった
普通ならこの辺りで相手は怒りだしそうなものだが、
いつも能天気思考のパスカルは微塵も気にする様子はなく
差し出した物はそのままに、目を白黒させていた
彼女の性格が、密かにありがたかった瞬間だった

「どしたの、弟くん?」
「え、あの、いえ…その…ありがとうございます」

受け取ってから、ようやく現実を受け入れられた
それと同時に、顔がやや熱くなってくる、
不覚にも取り乱した事と、彼女から、チョコをもらったことに
だが、彼女の事だ、特に深い意味はないに決まっている、おそらく世話になった御礼的なものだろう
新たな防衛論を編み出すことで、心を平常に戻した、結果

「それで、教官や兄さんには、もう差し上げたのですか?」
「え、弟くんにだけだよ、それ」

とんでもない地雷を踏んだ、防衛が仇になるとは、思わなかった
おそらく、彼女にとって自分は、余程世話になった人物に当たるのだろうかと
第三の壁を性懲りもなく作り出そうとして、彼女が自分に手渡した袋の口を閉めるべく
やや無作法に結ばれた青いリボンを解き、中からチョコを一つ取りだし

「うりゃー!」
「…!?」

思考に精神を持っていかれてた事でずっと気付かなかった半開きの口に、
彼女の手によってチョコを一つ突っ込まれた
反射的に咀嚼し、飲みこんでから、事態の把握にようやく追いつき、頬が、熱くなった

「どうかな、味は保証するけど」

それでも、彼女の瞳の奥に、僅かな不安の色を見出した事で、妙に冷静になれた
文句なく、美味しかった、しかし素直に口に出すのは自分にとってはなかなかハードルが高いので

「そうですね…では」

彼女がしたようにチョコを一つ取り、彼女の口に一つ放りこんだ
なんとなく、このままだと負けた気がするから、という妙なプライドも手伝っての行動
咀嚼して、飲みこんで、僅かに言葉に詰まった様子を見せた彼女
だが次第に、またいつもの笑みが浮かびあがってきた

「いかがでしたか?」
「…うん、美味しいね!」
「同感です、なかなか上出来なのではないですか」

彼女に一番言いたい事を代弁させる辺り、自分の狡猾さに少し自嘲した
でも、今はこれで容赦願いたい一心だ
会ってから、不測の事態ばかり起きてしまい、彼女に無意識に振り回されてしまっているのだから

今は、常と同じようなやり取りを、交わさせてもらおう







人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -