「アスベル」
「ん?」

執務の合間を縫ってとった休憩時間
二階の執務室の上部に位置する部屋をソフィと貸しきって、二人で紅茶を飲んでいた、のどかな時
突如名を呼ばれ、何事かと口にしていたカップを受け皿に戻し
視線を声の方へ移すと、両手で何かを差し出すソフィが映った
釣られるようにソフィの両手に視線を移すと、なにやら黒味の強い茶色が収まった透明な袋

「バレン…タインデー? チョコをあげる日だって聞いたから」
「ああ、なるほど」

バレンタインデーという単語をぎこちなく発音するソフィ、
おそらく初めて聞いてからまだ馴染みのない言葉なのだろう
たどたどしい発音に、微笑ましさを感じてしまうのは仕方ないことだろう

「俺にくれるのか?」
「うん、アスベルに」

流れからして、贈り先は自分なのだと予測はつくのだが、思わず訪ねてしまった
改めて、ソフィが両手に持ったものを、ずいっと更にアスベルの方へ差し出した

「はは、嬉しいな、ありがとう」

大切な少女からの贈り物、嬉しくないわけが無い
作る必要もなく、自然と笑みを浮かべた、
だがソフィが何か緊張したような面持ちになってる事に同時に気付く
不安なような、そんな様子にアスベルは心もち焦燥感を抱いた、何かしてしまったのだろうかと

「どうかしたのか?」
「…ごめんね、上手く作れなくて」
「へ?」
「綺麗な形に、ならなかった」

今更ながら受け取った物を見てみる、そして、そういうことか、と納得がいった
透明な袋にはチョコが数個入っている
しかしどれも、少々いびつで、不揃いな出来上がりとなっている
お菓子などを作る時は料理とはまた違った繊細さが問われるものであり、
チョコを作る時は温度調整も必要だったりと手間が意外とかかるものである
この温度調節に失敗すると、砂糖が表面に浮き出たりして白っぽくなる事があるのだ

でも、肝心なのは見た目の仕上がりではない
少々目を伏せているソフィに、アスベルは朗らかに笑いかける

「大丈夫だ、これはソフィは俺のために作ってくれたんだろう?」
「…うん、アスベルのために作った」
「だったら、しっかりソフィの想いの形は込められてる、失敗なんかじゃない」

袋を開けて、中に入っている『思い』を一つ口に含んだ
ほのかな、丁度いい甘さが口の中に広がり、顔を綻ばせる
美味しいよ、と口をついて出た言葉がソフィの不安を溶かす、良かった、と

「どうせならソフィも食べないか?」
「私も?」
「うん、一緒に食べた方が、更に美味しく感じるだろうから」


形にだって、色々ある
贈り物に込めた気持ちだって、立派な形の一つ

ほのかな甘みに乗せて、共に届けよう
相手への想いは、きっと伝わってくれるから






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