毎度の事ながら、訳が分からない

何の事かと言うと、非常に類稀なる才に溢れているのに、
反面で非常に類稀なる自由奔放、奇想天外なアンマルチア族の一人、パスカルの事だ
とにかく彼女は常識では計り知れない自由さを持つ
今まで生きた17年間、通して色んな人を見てきたが、
その中でもとりわけ異色の存在であることは言うまでもない、物差しで測れるような人物ではないのだ

仲間内に出だしで述べた感想を抱いた事を報告すれば、
何を今更、と間を置かずして即行で返されるのは百も承知だ
だが思わずには居られない、この心情も察してくれるはずだと
ヒューバートは根拠なき確信の下、はっきりと、そう断言した

そんな危なっかし過ぎる自由さ余って自他省みぬ暴走癖を持つ彼女の監視役は
自分がやらねば、という妙な使命感を密かに内で燃やし
パーティとして行動してきた中で、自分は彼女に対する用心を欠かしたことは無い
その所為か、彼女に対する突っ込みどころをパーティ内で逐一、自分が把握していると自負している
仮に彼女の突っ込み所を思いつく限り挙げろ、と言われたら
他に大差をつけて勝つ事ができると本気で思う、どうしようもなく、むなしい自信だが

彼女に対して常に目を光らせていた、そんな自分
だが、まさか、その自分が、こんな失態を犯すとは一生の不覚だった

「パスカルさん、どこですか!!」

本日は晴天、とっても暖かな気候に恵まれ、
全体的にのほほんとした空気を霧散させんとするような、怒鳴り声が宿に響く
声の主は肩を怒らせながら、捜し歩くヒューバート

いつも彼が身につけている、トレードマークとも言えるアクセサリは、その顔には無かった





眉間に皺寄せて、額には十字の青筋でも浮かんでいそうな彼の様相に
宿内での周囲の人々は微妙に退き、更に奇妙な視線を一身に注いでいることなど露知らず
ボヤけた世界で懸命に彼女を怒りを込めた視線で捜す
大抵において目が悪く、眼鏡をかけている人間は眼鏡を外すと目つきが悪くなる
それは別に機嫌が悪いからとかではなく、単純に見えないから目を無意識に細めてしまうのだ
だがヒューバートはそれに不機嫌というプラスアルファもあるため、更にその視線は鋭くなっている、自覚はあまりないが

「ど、どうしたんだよヒューバート…宿の中でそんな大声出して」

そんな声を非常にかけ辛い彼に近づける勇者等、彼の仲間以外は皆無だった
背後から戸惑いを含んだ声が聞こえ、それを兄の声だと理解し
依然として怒りは抱いたままだったが、罪なき者に向ける程、
今の自分は――あの時の過去の自分と違って、理不尽ではない
なるべく表情を和らげようと、今できる精一杯で努力しつつ、背後を振り返る
刹那、兄は目を丸くした、それもそのはずだ、本来あるはずのものがないのだから

「あれ、眼鏡どうしたんだ?」

自分の怒りの要因に大いに関係している単語が出たことで、思わずまた眉間に皺を寄せてしまった
見るからに不機嫌そうな面持ちに変わってしまったのだろう、兄が若干退いた
常とは違い、兄の輪郭がぼんやりとしているが、表情が心持引き攣った様子は感じた
それでも忌々しげに宿の床を足のつま先で、トントン、と叩きつつ、
手を腰に当てて憤然たる面持ちで、ヒューバートは吐き捨てた

「パスカルさんですよ」
「…は?」

要領を得ない、というように兄は首を傾げた
当たり前だ、まるで説明になっていないのだから
しかし、頭の端でそう冷静に分析しているにも関わらず、爆発寸前の心持がついに高まってしまった
思わず、ドン、と宿が少し揺れるのではと思えるほどに床を強く踏み鳴らし

「僕の眼鏡を持ちだしたんですよ! パスカルさんが!!」

倒置法で犯人の名を強調しながら、兄ことアスベルに声をついに張り上げた
「うわ!?」と兄が思わず後退りした事実にもついに気付かぬほど、彼は怒り心頭に発していた
周囲の事などすでに頭から抜け落ちた状態で、ヒューバートは、なおも言葉を続ける

「パスカルさんには常識と言うものが完全に欠けています!
他人の者を勝手同然に持ちだすなんて一体何考えてんですか!」

一気に捲し立てるヒューバートにアスベルも思わず言葉を失ってしまった
とりあえず落ち着けねば、と口を開こうとした時

「しかもなんですか、この置き手紙は!」

言うが否や、どこから取りだしたのか、一枚の紙を晒すように目の前に提示され
条件反射的に思わず受け取り、話の筋から察するにパスカルが書いたのであろう置き手紙を見てみると

『おとうとくん めがねをすこし かりてくね』

手紙の内容を示す文字総数、その数18文字
もし彼女がヒューバートの事を名前で呼ぶのだと仮定したら上手い事、五七五の完成だ
そして素晴らしいぐらいに、いっそ拍手を送りたくなるぐらい簡潔な文章だった
しかも手紙の字はもう、適当に書いちゃいました感満載で、所々結構崩れた字体
それでも一応読める辺り、ヒューバートが読む事は一応考慮したのだろうが
思わずアスベルも苦笑いを浮かべてしまった、が

「用件を述べるなら最低でも30文字以上で!、しかも全部平仮名ってどれだけ適当なんですか!!」
「ヒューバート、突っ込み所がおかしくなっていってるぞ」

怒り余ってあらぬ方向に向いてしまいそうな弟にも思わず苦笑いを浮かべてしまった
30文字も本当に必要なんだろうか、と自覚なしに持ち合わせてる天然な部分で真剣に考えつつも
冷静に自分から弟へ突っ込みを贈り、とりあえず落ち着け、と彼に呼びかけ
ここ、宿の中だし、と後にそう付け足すと、
急速に頭を冷やしたのかヒューバートも己の行動を恥じたようで、小さく、すみません、と謝罪した

ひとまず冷静さを取り戻した弟とアスベルは近くの空いた小さな丸い木製のテーブルを囲む事にした
丸テーブルには備え付けで4つの椅子が等間隔で置いてあった
互いに正面から向き合う形で座るように、その内の2つの椅子を選んで、腰を下ろす
そのテーブルは丁度窓際に置いてあり、すぐ側の窓から差し込んでくる日の光が、なんとも暖かい
今まで日の光を受けていた椅子とテーブルにもほんわりと優しい暖かみがあった

「で、一体何があったんだ? 詳しく教えてくれないか」
「詳しく、という程、語る事がないんですが、まあわかりました」

アスベルは両手を組み、テーブルの上に置いて、彼の説明を待ち
ヒューバートは両腕と足を組みながら、説明内容を頭の中で組み立て、口を開いた

「さっき部屋で、仮眠を取っていたんですが――」

ヒューバートは目が悪く、彼の日常生活に眼鏡はもう欠かせない物となっていた
とはいえ、寝る時には用が無く、かつ邪魔であることから普通なら外す人が多いだろう
ご多分に漏れずヒューバートもその一人で、寝る場合は近くの適当な所に眼鏡を置いて意識を手放す

何かと世界のため、ということであちこち飛び回るパーティに身を置いているだけあり
日毎にたまる疲労感は、なかなかに相当なものだ
加えてヒューバートはストラタ軍の少佐というそれなりに高官であり、
時折大統領に近況の報告のための書状などを書いたりなど軍務をこなさなければならない事も多々ある
体力には自信がある方だが、それでも誰しも限界というものはある
ただでさえ、主に悪戯好きな教官や、先ほど話に挙がったパスカルの不可測行動によって
基本的に真面目気質のヒューバートはそれら騒動に確実に振り回される側であり
精神的に疲れる思いをなかなかに数多く積み上げている
それでもめげず、自分を強く持っている自分はよくやっていると自画自賛してもいいと思う
だからこそ、こういった平和な時は確実に騒動に対処できるように休める時は休むことにしている
本気で、むなしい理由なのは目を瞑る事にする、考えたら負けだ
一応、純粋過ぎて、提示されたものをそのまま受け止めがちなソフィを懸念する所もあるのだ
もっともソフィに関しては兄がちゃんと見ている、と思うのだが、その兄は兄で妙に天然な所があり、
二人して騒動の種になり得る可能性も密かに秘めていると思うので、その点に関しても自分は懸念している

だが、そんな後々の不確定な事態に備えるべく取った行動が隙を生む事になるとは思わなかった

案の定、全く気付かぬうちにパスカルにあっけなく眼鏡を持ちだされてしまった
そして今に至る、という訳だ

「なんというか…災難、だな」
「ええ、本当に…!」

経緯を振り返り、現在に戻ってきた所で、
ひとまず労いの言葉をかけるとヒューバートはまた苛立たしげな様子を見せる
どういった言葉をかけるべきかアスベルが一人思案していると

「兄さん、パスカルさんがどこに居るか知っていますか」
「あーえっと…ソフィと買い出しに行ってる、みたい、で」

流れからして当然な質問がヒューバートの口から発せられ、
ひとまず答えるも、アスベルの言葉が段々尻すぼみになっていく
こちらの答えを聞いていくうちに、どんどん悪い仮説が色濃くなっていき
ヒューバートはまた表情に苛立ちを見せつつあるからだ

「…それはつまり、パスカルさん、僕の眼鏡を外に持ち出しているかもって事ですか」
「…そういうことに、なるな」

ああ、これはまた大爆発かな、とアスベルは内心で用心していると
予想に反してヒューバートは、重々しい溜息を一つ吐いただけだった
予測と差異の生じた反応に思わずアスベルは目を丸くした

「ヒューバート?」
「もう怒るのも疲れました、怒鳴っても意味がないのは僕自身わかっています」

自分がどんな行動を起こそうとも、騒動のキーパーソンである彼女が戻らない事には状況はまず動かない
それに、今こうして兄に話していて、わかった事がある

「それに、不思議ですね、話していると妙に冷静になれました」
「…そうか、ならよかったよ」

話す事で、楽になるという話があるが、それは真実らしい
先刻までこれでもかと怒りを募らせていたというのに、今はあまりそれを感じない
もし今目の前に張本人が出てきたとしても――まあ多少の怒りは当然抱くだろうが、
またこの人は、と先ほどよりは軽い気持ちで向き合えそうである
言葉の裏に、暗に感謝の言葉を忍ばせてそう言うと、それを受け取ったかのようにアスベルは微笑んだ
一転してのどかなムードに包まれた、ほんわかした雰囲気の中、アスベルはふと思い至る

「でもなんでパスカル、お前の眼鏡を持ちだしたんだろうな?」

唐突な疑問だった、しかしヒューバートは間を置くことなく答える、
わかりきっている、答えをそのまま

「あの人の考えることなんて、僕にはわかりませんよ」

左手の平を見せて――呆れを含んだ仕草と、声色でそう応じるも
依然として兄は考えこむ仕草をして、続けて言葉を紡ぐ

「いや俺にもわかんないけどさ、流石に悪意で他人の物を持ち出したりしないと思うんだよ」
「…そうでしょうか」

表面上ではささやかに反論を零したヒューバートだったが
内心では、密かに兄の意見に賛同した
普段の行動が自由過ぎ、かつ己に正直過ぎて影に隠れがちだが、彼女は決して悪人ではない
妙な所で常識が欠落しているだけで、パスカルの根本は善だ、そして裏が無い
出会ってからというもの、すっかり長くなった旅を通して、それは嫌でもわかった
それでも今回の騒ぎの被害者というベールで本心を隠そうとするのは彼の性格故か

自分の本心を誤魔化したいという、その思いが表面に現れたのか、
ずれてもいない眼鏡を直そうとして、はっとした、今はその眼鏡がないのだ
思わずそのまま、眼鏡のブリッジを持ち上げようとした手は眉間に当たってしまい、
やってしまってから、しまったと思った
案の定、兄が自分の失態を見て、どこか微笑ましそうにしているのを朧げに読み取った
それでも、そのまま黙りこくっているのも癪なので
「何を笑ってるんですか」と少し不機嫌な様相でそう述べると、
兄は「ご、ごめん」と寸を置かず返ってきた、兄の威厳皆無である
ささやかな攻防を兄弟で繰り広げていたその、刹那

「ヤッホー!」

バンッ!、と突如近くの窓が不意打ちよろしくいきなり開放、話の渦中にあった人物が顔を覗かせた
突然の乱入者の介入に、兄弟揃って同時に飛び上がるというシンクロナイズを発揮した所で
ヒューバートは彼女が出掛け前に起こした騒動に関して光の速さで思い起こし、彼女に詰め寄ろうとした、が

「パスカルさん、あなた…何、してるんですか」
「ああ、これの事?」

彼女の顔を見た瞬間、色々と吹き飛んだ
パスカルの顔に、普段ないはずのものが、そこにあった、言わずもがな、ヒューバートの眼鏡だ

――なぜ、自分の眼鏡を彼女がかけているのか
いやそもそも、眼鏡はかけるものであり、それが一般にして普通の用途であり
彼女の使用法は全くもって普通の扱い方であり変な所は一切ない、
むしろそれ以外にどう使い道があるというのか
そもそも彼女が持ちだしたからには彼女が使っててもなんら不思議な話ではないのだが

妙な所で頭の中を何かがグルグルと駆け巡るヒューバート、イコール絶賛混乱中
そんなヒューバートを見てパスカルは

「そうだ、これ返さなくちゃね、はい、弟くん」

言うがいなや、借り物をひょいっと外して、何事もなかったかのように、
それでも、大事に扱うように、耳にかける部分のフレームも丁寧に折りたたんで差し出された

「あ、はい…では、なくてですね!!」

思わず手を差し出して受け取ってから、あやうく何かに勝手に流されそうになった状況を払拭すべく
受け取ったそれを素早くかけ直し、クリアになった視界で真っ直ぐに彼女を見据える
「ほえ?」と間の抜けた声を発した彼女の窃盗紛い行動をついに問い詰めようとした、が
その脇でひょいっとパスカルと共に買い出しに出ていたソフィが窓から中を覗き込んできて
「ただいま」と述べられ、思わず少しどもりながらも「おかえりなさい、ソフィ」と返し、
隣の兄も「おかえり」と笑みと共に歓迎し

「アスベル、買い物終わったよ」
「御苦労様ソフィ、ちゃんと買い物出来たか?」
「うん、しっかりお買い物出来たよ」
「そっか、えらいぞ」

宿の中から窓の外へ手を伸ばして、ソフィの頭を撫でるアスベル
感触が心地良いのか、ソフィは目を細める
すぐ脇でヒューバートがパスカルに詰め寄ろうとしている事など
どこ吹く風というように穏やかな空気を平然と形成しており、
こんなに近いというのに、目に見えない何かの境界線を、ヒューバートは感じた

そんな様相を見ていると、窓を挟んで問い詰めを行うとするほど
なにかわからないものに切羽詰まっていた自分が馬鹿の様に思えてきた、なのでこう述べる事にした

「…とりあえず二人とも中に入ってはいかがですか」

二人が断る筈もなく、すぐそこの宿の出入り口から宿へ入ってきた
ソフィとパスカルが腰かけたことで丁度二つ分空いていた席が埋まり、満席となる
ひとまず場が落ち着いたところで、ヒューバートは、軽く深呼吸してから、追及を開始した

「パスカルさん、単刀直入にお伺いします」
「ん、何〜?」
「何故、僕の眼鏡を持ちだしたんですか、何か理由でも?」

もう、怒鳴る気は失せていた
先ほど兄と会話していた事もあるが、必然と成り行きを見守る兄とソフィが一種の鎮静剤となっていた
まさか二人の前で怒鳴り散らす訳にもいくまい
先ほどからずっと聞きたかった質問をようやく彼女に投げつけられ、あとは答えを受け取るだけだ
問いかけられ、少し考える仕草を見せた彼女、やがて口を開いた
いよいよか、と何故か少し身構え、さあ来い、とばかりに気構えをもバッチリして、そして

「弟くんを連れていきたいな〜って思ってさ」
「…は?」

ヒューバートにとって大暴投に等しい答えが返ってきた
当然ながら真意受け止め損ね、彼女の言葉がその辺に転がってしまった
真向かいの兄も言葉の真意がわからないらしく、首を傾げていた
だがパスカルの対面に居る少女、ソフィは何か掴み取っているようで、
続けて言葉を発したのはこの少女となった、とんでもない要訳と、共に

「あのね、パスカルはヒューバートと買い物したかったんだって」
「…はあ!?」

いきなり、何を言い出すのだろうか
まさか単に目が悪いのを矯正するためのアクセサリでしかない物は
何やら想像を遥か斜めにぶっちぎる話への関与品となっていた

――なぜ、一体、何がどうなって、そんな話に

本当に、訳がわからない
話の発端から結論までに至る過程の部分を完全にすっ飛ばしてしまっている
起承転結の「起」と「結」しかない状況だ
しかも、なんなのだ、自分と買い物がしたい、とは
それでは、まるで――何とかの、誘いみたいでは

「と、とりあえず、それが何故、僕の眼鏡を持ちだす事に繋がるんですか」

脳裏で思い浮かべそうになった疑問を気合いでぶん投げて、事の真意を問う
話の切り返しとしては不自然極まりないが、全力で無視することにする
パスカルは、それに気にかけることなく、ほんのちょっとだけ考える仕草をして

「あたし、今日買い物当番だったんだけどさ〜やっぱり一人で行ってもつまんないじゃん?」
「まあ、そうだな、一人じゃちょっと寂しいよな」

パスカルの言葉に兄が賛同する
相槌を打つのすら困難な混乱一歩手前の自分にとっては、
話の相の手を兄が取ってくれたのは密かにありがたかった、傍受に専念出来るからだ
と、精神的に若干油断していた瞬間

「んでさ、誰を誘うかな〜って考えたら、まず弟くんが浮かんだんだ」
「!? な、何故ですか?」

パスカルは軽くヒューバートにとっての爆弾を放りこんできた
普段の彼女から考えて、真っ先にソフィが浮かぶと思うというのに、何故
思わず裏返りそうな声で、問い返せば「さあ?」と軽い返事が返ってきた
明確が理由を得られなかったのに、何故か落胆し、
そして、真っ先に候補に挙がったのが自分である事に、嬉しさを感じ、
彼女のこれだけの言動で心が揺らされてるのに、戸惑いを覚える

「それで行ってみたんだけどさ〜…弟くん爆睡してるんだもん」
「…まあ、疲れていたので」
「んで、その時横の机に弟くんの眼鏡があるのを見つけてさ、弟くんの代わりにしてみたの」
「つまり、僕の眼鏡を、僕の代理にしたと?」
「うん、そういうことになるかな」

――眼鏡が、人の代理って、ありえません

やっぱりわからない、と机に両肘をついて頭を抱える
本当に良い意味でも悪い意味でも突拍子のない発想をする人だ、世の哲学者も顔負けだろう
結局理解不能のまま話は終結するのか、と思いきや

「でもやっぱり、何か物足りなかったんだよね〜」
「…はい?」

頭を抱えたまま、完膚無きに機能停止に追い込まれた思考回路は当然働くことなく、
ほとんど反射的に顔をあげると、そこには楽しげな光を瞳に宿らせたパスカルの顔
羞恥と、言語化不可能の危機感を覚え、思わず立ち上がった刹那
ガッシリと、右腕を掴まれ、彼女は高らかに空いている方の右腕を勇ましく掲げて

「って訳で、外に行こー!」
「は、はあ!?」

力強く、ぐいっと引っ張られ、蹈鞴(たたら)を踏む事も叶わず、
彼女に引かれるまま、足もされるがままに動かされ、
その勢いのまま、どんどん宿の出入り口が近くなっていく、何がなんだかわからず
呆然としている兄とソフィに言葉を発する前に目で助けを求めるも

「いってらっしゃい、ヒューバート、パスカル」
「あー…えっと、楽しんで来いよ〜」
「ソフィ、何を言って…! 兄さんもなんで流され気味に見送ってるんですか!」

笑顔で手を振って見送るソフィ、兄も呆然としていた表情を瞬時に笑顔に切り替え、同様に手を振って見送る
さながら親子のように同じ動作、雰囲気に、抗いようのない物を感じつつ
その感覚は正しかったようで、ヒューバートは宿の外へと成す術もなく連行、拉致されたのだった
その時点でヒューバートはもう諦めの境地に入っていた、しかし

「ほら、行こうよ、弟くん!」

こんなに、楽しげな彼女を見て、それもいいかもしれない、と考える自分は、なんとも現金だ
それでも、仕方ないですね、と、これ見よがしに溜息をついて、
引き摺られる形だった足を、今度は自分の意思で動かす
いつか、あなたの隣も悪くありません、と告げたいと、その気になればすぐにでも出来る事が
自分にとっては非常に遠いものに感じ、自嘲した
だが、無意識に、つい先刻まで鋭かった視線は、とても和らいだものとなっている事に、彼は気付いていない
彼女に付き添う事を悪くないと思っている自分の本心が周囲にだだ漏れである事に気付かぬまま、歩む

「えへへー」
「…なんですか、その笑いは」

宿から大分遠ざかった頃、急に笑い始めた彼女を訝しげに見やると、
輝くような笑顔を向けられた、反射的に背けたくなったがそれは気合いで制した、何故か、わからないが

「なんかさ、やっぱ、本人の方が断然良いよね!」
「…!」

反則だ、と思う
こんなにも開けっぴろげで、自分の本心を迷わず、真っ直ぐにぶつけてくる
些細な本心すらまとも曝け出せない自分が卑小な存在だと思えてならない、だから、せめて

「パスカルさん、ちょっといいですか」
「ん?」

先ほどからずっと右腕を引っ張り続ける彼女の左手をそっと剥がして
その手を、右手で今度はこっちが取った、彼女がしたように、ガッシリと

「へ?」
「随分好き放題に引っ張ってくれましたね、だから今度は僕の番です」

相変わらず、言葉の上で本心は出せない、精々言葉の裏に、行きますか、と暗に込めるぐらいが関の山だ
だから今は態度で可能な限り示そうと思う、傍から見れば、そっけなく映るかもしれない、
でも自分達の場合は、これぐらいの軽口を叩くぐらいで丁度良い、少なくとも、今は

「うん!」

だって、彼女は、こんなにも明るい笑みを浮かべているのだから




「パスカルとヒューバート、楽しんでるかな?」
「うん、きっと楽しんでるさ」

彼らをパスカルが開け放ったままの窓から見送っていたアスベルとソフィは、ふと、そう呟いた


優しく包む、穏やかで柔らかな風と共に


さあ、共に行こう












あとがき

11111HIT、藤華 様のリクエストで
「ヒュパスでヒューバートの眼鏡の取り合い、ほのぼのor甘々」
とのことで書かせて頂きました
リクエスト、ありがとうございます!

眼鏡の取り合い、に…なったのか…コレ…?
多分に逸れてしまった感じもします、ごめんなさい!

しかも日記で甘いのにも近づけてみるとか言っておきながら…甘くない!
とりあえず、愛は詰め込みました!(逃げ台詞)

ああ、二人の距離が縮まるのは、いつ(遠い目

リクエストいただきありがとうございました!
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