自分にとって、彼は光だった

自分の両親の顔も知らず、物心ついたときには自分はすでに闇の中にいた
先すらも見えない、漆黒の闇の中では、向かうべき己の道すらも見えなかった

そんな自分にとっての道しるべが、エレミヤ様だった
エレミヤ様の言葉のままに、手を、足を、ただ動かす
その生き方の先に何があるかなども考えなかった、興味もなかった
自分はただ、この方の命に従って動く、まるで人形のような生き方
闇の中、先も見えないままにエレミヤ様の声の方へ、己が生を生きてきた

その生き方に、生まれながら空っぽの心は何も疑問を抱かなかった
彼と、出会うまでは

彼と出会う事で、私は光を知った
闇ばかりだった私の生き方に光を射した
自分にとっては、眩しいと感じたそれが私に抱かせたものは、羨望
射しこんだ一筋の眩い光は闇の中にあった色々なものを私に見せた、私の中に、光が生まれた

暗殺部隊としての仲間とは何かが絶対に違う、仲間というもの
暗殺部隊の仲間たちとの協力とは何かが絶対に違う、協力するということ

暗黒戦争の英雄を暗殺するためにアリティアを訪れた自分
アリティア内で信頼を得るまでの延長線上での人付き合いは、
最初は計画を実行する上でのものとしか考えるつもりは無かった
そんな私が所属した、第七小隊
しかし、アイネという本名をカタリナという名で隠し、己の本当の目的をも隠していた私とは対照的に
第七小隊の皆が自分の本当の名を語り、そして己の目的を隠すことなく揚々と掲げて
そんな彼らと軍師という立場で、名目上協力していた私は、彼らを見ていて思った事がある

全員が、『自分』を持っていた、未来に希望を持っていた

私は命ぜられたままに、ここへ来た
しかし彼らは誰に言われたともなく、自分の意思でここに居る
自分とは真逆の生き方をしている彼らを私はいつしか羨ましく思うようになっていた
気付きたく、なかった
知ってしまえば、辛いだけだった
計画を実行に移す直前、その悲痛は私の目から堪え切れず溢れだしてしまった
すでに闇へと己を溶かした私には、遠すぎる幻想でしかない
それがわかっているから、私は光へと手を伸ばそうとはしなかった
独り、涙していた私に、彼が差し出してくれた手を、取ろうとしなかったように

最終的には英雄王暗殺計画は失敗に終わり、彼らと道を別ってからというもの
再びエレミヤ様の下に帰還してからも、一度見た光は己の内にずっと残っていた
再び闇に覆われ、その光が消えるのを私は無意識に拒んだ
いつも、脳裏の片隅では必ず第七小隊の皆を、
彼を、思い出しては胸が締め付けられるような感覚を覚えた

先にも述べたように計画は失敗に終わったが、エレミヤ様は今でも執拗に英雄王の命を狙っている
彼らとはもう敵同士、次に会う時は、戦場で――命を賭した戦の中だ
その現実は受け入れていた、それでも、迷いがいつまでも己の中に燻っていた
そんな私に業を煮やしたのか、
エレミヤ様はついに私をマルス様と彼の元へと送りこんだ、刺客として

暗殺組織の仲間達と、戦場に立つ
風はそよそよと優しげに吹いているのに、風音が嫌に耳に残る
あれだけ迷い戸惑っていた心は不思議と落ち着いてしまっていた、人形の、様に
それでも、前だけは見据えて、己の武器となる魔道書を片腕でしっかりと抱えていた

やがて、自分たちの前に、彼らが現れた

彼らから見れば自分は間違いなく裏切り者、問答無用でそのまま戦になると私は思っていた
しかしマルス様からは、事情を話して欲しい、戦う以外の道があるはずだ、と迷いなく述べられた
どうして、こんな自分に、そんな言葉をかけるのだろう
それでも心は揺るがず、もう自分達は敵なのだと、自分に言い聞かせた、なのに

「カタリナ…」

自分の偽名を、彼に呼ばれただけで、どうしてこんなに苦しい?
彼と互いの命を賭した戦を繰り広げる事は、覚悟していたはずなのに、どうして?
己の瞳から熱い何かが流れそうになる、その場に崩れたくなる

「クリス…」

それでも、自分は膝を折るわけにはいかないから
そう、これは必然の流れ、彼と戦うのが、自分の道、選んだ、道

「すみません、私は…」

私は、人形、エレミヤ様のために動く、ただの人形
抱えていた魔道書をもう一度、抱え直して、魔道書を持つ手にぐっと力を込めて
暗殺組織の仲間達が、武器を構える、彼らも空気が変わったのを察したのか己の武器に手をかけて

「こうするしかないんです」

私が魔道書を開いたのが始まりの様に、
戦場の時が、針を刻み始めた、どちらかが、倒れるまで
自分の瞳は、彼を――クリスを捉えていた

自分に光を与えてくれた、彼の姿を――





「カタリナ」

再び、アリティア軍に――今度は彼らと同じように自分の意思で、己を置き
あまり人気のない場所で過ごしていた私の背後から、声が聞こえた
片時も、忘れなかった声が
心を躍らせ、背後を振り向くと、そこには彼が居た

「こんにちは、クリス」
「捜したぞ」
「え?」

今になって気付いたが、何か自分を訝しむ様な表情をしている、だがその瞳には優しげな光が見えた
そのまま少しの間、居心地の悪い視線に見やられた後

「どうやら、大丈夫そうだな」
「えっと、何がですか?」

少し張りつめてしまった空気を霧散させるように、彼は、短く息を切って、肩を上下させる
これは、安心している?
そう受け取るも、意味するところがわからず、疑問を口にすると

「セシルから聞いた、随分無茶をしているようだってな」
「セシル…」

第七小隊に、急遽加わった、鉢巻をした勝気な女性の名が挙がる
私にとって、とても大切な、友人と呼べる存在だ

クリスに諭され、マルス様からも、自分がどう償うのか考えるという罰を受け、再びアリティアに身を置いて間もない頃
やはりというか、裏切り者である自分に対して、兵に冷たい視線を送られる事も多かった
セシルも、当初はその一人だった、彼女のあの時の言葉は、痛かった
しかし、アリティアに報いたい、と直向きに自分に出来る限りで頑張って、
とうとう倒れそうになった頃、彼女は言ってくれた
もう認めてるわよ、と
それでも、まだまだ自分は信頼を得られてない、と
もう言う事を利かなくなりそうな体を無理矢理動かそうとしたら、止められた
見ていられない、と悲しそうに、彼女らしくない、切実な声で
ついには、彼女から言ってもらえた、私の事を友人だと、思わず、涙が出た
子供の様に泣きじゃくる私、彼女を困らせているという事実に罪悪感を覚えながらも、涙は止まらなかった
しばしの時を置いて、ようやく落ち着いた頃、彼女から無茶をするな、としっかりと釘を刺された
優しい忠告に、私は素直に頷いた、それ以来私は無理だと思ったら休む事にした、また彼女を困らせては堪らないから

「もうわかっているとは思うが、無茶はするなと、俺からも釘を刺しておこうと思ってな」
「…はい、わかっています」
「もしも、また無茶をしたら今度こそセシルから鉄拳が飛ぶかもしれないぞ」

本人に聞かれようものなら、それこそ鉄拳制裁ものの冗談が発せられ、思わず私は笑った
なんて、楽しく、明るく、穏やかな時なのだろうと、今を密かに噛み締めた

「クリスったら、セシルに聞かれたら怒られますよ?」
「はは、それは遠慮したいな」

こうして他愛のない話を交わす事のできる時が愛おしい、光の中は、こんなにも暖かい
だから、今度はこちらから話を振ってみる事にした、受け身ばかりの会話ではなく

「クリスは、これからどうするんですか?」
「訓練でもしようと思ってる、日課だしな」

そういって、腰から提げている剣の柄に彼が触れる
本来なら、あの時の戦場で私の命を刈りとる筈だった剛剣、私が懇願しても決して振るわなかった一振り
あの時の光景が、急に蘇ってきた

「クリスは…」
「ん?」

気付けば勝手に口が言葉を紡いでいた、こんな話をするべきじゃないと思いながらも

「あの時、最初から私を殺す気がなかったんですか?」
「…ああ、仲間だからな」

暗殺組織の仲間達が次々と彼らによって倒されていく、一方的な戦況
そして、その戦場の中で私の周りだけ、戦場と言う場に相応しくない静寂に包まれていた
私と、目の前に彼が、クリスだけが居て
事前に彼が何か進言したのだろう、彼の仲間達は決して私に向かおうとしてこなかった

なんとも、居心地が良くて、悪い空間だった

まるで自分たちの周りだけ、隔離されたようだった
風はいつのまにか凪いでいて、風音すらも聞こえなくなって、

――カタリナ!

嫌がおうにも、彼の声が耳に響き、胸中に困惑の波紋を与え、心を揺らがせ、悲しき痛みを与える
魔道を行使しようにも、彼の言葉が精神をかき乱す
その度に、戦ってください、と彼に懇願した、それは自分へ言い聞かせるものでもあった
彼とは違う道を歩んでいるのだと自分を戒め、攻撃を放つ
もう半分狙いが滅茶苦茶になりつつある、他者の生命力を劫奪する理の術
数放った内の一発が、彼に当たった瞬間、私の心は悲鳴を上げた

一体、自分は何がしたいのだろう

心の端で、妙に冷静な部分がそう疑問を抱いた
自分を説得しようとする彼を退け、攻撃を放ち、彼を倒そうとしているのに、嫌だと心で叫ぶ自分も居て
そして、無意識に悟った

自分は、彼の手によって倒されたいのだと

悟った瞬間、彼を傷つけてしまった事を憂う一方で、これでいい、と思った
彼も、これで危機感を覚えるだろう、主君のために、倒れるわけにはいかないはずだから
魔道の行使をやめ、後は彼の剣にかかるだけだ、と彼の一薙ぎを待ち詫びる、が

――カタリナ、話を聞いてくれ!

なおも、武器を手にしようとしない彼、こんな自分に言葉をかけてくる、彼
先ほど悟った境地など、一瞬で飛んで行ってしまった、もう、限界だった
もうボロボロな心は見えない血を流し続けていた、悲愴感が容赦なく己を貫いて
魔道書をついに取り落とし、瞳からは熱い物が流れそうになり、力の抜けそうになる膝を保つのに精一杯だった
その時も、彼は言った、自分を、仲間だと
そして、あの時と同じように、手を差し伸べられる
しかし、もう自分は別の道を歩んでしまった、彼の道を、仲間達を裏切ったのだ
彼の手を取る資格なんてない、そう言い聞かせて、頑なに手を取ろうとしなかった私の手を、ついに彼に取られた

――どんな事があっても、俺はお前の味方だ

迷いなく、そう述べた彼の手と、言葉の暖かさは、今も覚えている
もう全く止められも止めようともしない涙で前は碌に見えず、言葉にもならない声で彼の名をただ呼んだ、あの時


「――今でも、思い出せます」

光の中に入る事を許してくれた、彼の言葉は鮮明に残っている

「私、あの時の事を、あの時抱いた心を絶対に忘れません」
「…そうか」

胸の前で手を組んで、そう述べると、彼は優しい笑みを浮かべた
組んだ手に込めた力を、そっと更に強くする、思い出すたびに、深く、深く心に刻みつけるために

「マルス様から言い渡された、罰、考えたか?」

あの後、彼の主君から言い渡された罰、その事についても私は思考を巡らしている
もう自分は人形ではないのだと、実感できるそれが、嬉しくもあった

「まだ、ちゃんとした答えは言えません」

未だ明確な部分と、朧げな部分が混ざり合って、答えは見えていない

「アリティアのために力を尽くす、その思いはありますが、何かが足りない気がするんです」

今は、少しでもアリティア軍の勝利の糧となれるよう日々心得ているが
まだ何かが欠けていると、そう思えてならなかった、その旨を彼に伝えてみた

「なるほどな、確かに、欠けているな」
「…え?」

予想外だった、まるでそれが何かわかっているといわんばかりの反応を彼がよこしたからだ
思わず逸りそうになる自身を抑え、真意を問う

「クリスは、わかるんですか?」
「ああ、だが…答えられん、マルス様はお前に『自分で考えろ』と、それが罰だと仰っていたからな」
「あ…」

そうだった、自分で考える事が、罰だと言い渡されていた
彼の口から答えを聞いてしまっては、罰にならない

「そうでしたね…すみません」
「いや、謝る事もないと思うんだが、そうだな…これぐらいならば、構わないだろうか」

クリスが唐突に何かを思案し始めた、後で私は、それは慎重に言葉を吟味していたのだと気付いた
ややあって、考えがまとまった様で、一つ頷いてから彼は口を開いた

「マルス様からの罰の内容をよく思い出せ、マルス様は『アリティアのため』とは一言も仰ってない」
「え、どういう事です…って聞いちゃいけないんでしたね」
「ああ、これ以上は言えないな、だが」

一旦言葉を切って、真っ直ぐに私の目を見る、思わず胸が高鳴りそうになる
幸い、すでに胸の前にある両手で、ぐっと胸を抑えた、それでも耳だけはしっかりと傾けて

「一人で考えてわからないなら、俺も一緒に考えてやる」

頼もしい、言葉をもらえた、心が歓喜で震えた

「…ありがとう、クリス」

でもそれを上手く言葉にすることは出来ないから、せめてありったけの思いを込めて、礼を述べた
さて、と彼は話を切り替えるように一息吐いて

「訓練に行くか、カタリナもどうだ?」
「はい、クリスがよければ付き合います」
「ああ、良いに決まっている、俺から言いだしたんだしな」
「ふふ、そうでしたね」

彼はすでに訓練用に武器を持っているが、私の武器である魔道書は今、手元にはない
なので一旦軍の輸送隊へと赴いて、手頃な魔道書をもらおう、と彼と共にそちらへ歩き出した

彼から言われた、私がまだ見えていない罰の死角が気になるが、
今は彼との訓練に打ち込もうと歩く、自分の足で


彼と出会うまで、ずっと知らなかった、光の中を、歩いていきたい















あとがき

紫影 様リクエストのFE小説です!
ジャンルとCPは管理人にお任せとのことで
新・紋章よりクリス×カタリナでお送りさせて頂きました!
クリス(♂)に関してはデフォ設定です(見た目とか)
カタリナ視点でやってみました、いかがでしょう?

同じクリス×カタリナ好きとの事で、
半分テンションがヤバかったです(笑
ぽつん、とあるFE小説の感想まで頂けた事に歓喜しました、本気で
本当、ありがとうございます!

クリスの言う、カタリナの見えていない罰とは
カタリナ自身が幸せになる道を見ていない事です

前日編の終了時に、マルスはクリスに「彼女を助けて欲しい」と願っていましたので
単純にアリティアに償うばかりを望んではいないんじゃないかと私は思いました
カタリナ説得の章ではマルスも自ら「訳を聞かせて欲しい」とも言っていますしね
マルスは万人の幸福を願う理想論者なので…
周りから見れば、かなり甘く映ってしまうでしょうけど

リクエストいただきありがとうございました!
(2011/1/30)
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