軍の野営地から幾分か離れた森の中にある手頃な岩にナバールは一人腰かけていた
彼は喧騒を好まない、何かと騒がしい中に己の身を置きたくないのだ
とはいえ、全く姿が見えなくなるとアリティア軍を率いる王子やらその婚約者の姫君や近衛騎士やらが
血相変えて探し回るため、あまり離れた場所にはいない
ただの人殺しなど放っておけばいいものをと思うのだが
お人よしの塊が多いこの軍にそんな事が通じるはずもない

彼の耳に届くのは僅かに吹く風によって擦れ合う木の葉の音だけだ
遠くから聞こえる野営地の喧騒はその自然の奏でる音にかき消されている
その最中、風に乗ってひらり、と一枚の葉が組んでいた両腕に乗る
別に取るつもりもおきなかったのだが、その後いくら風が吹こうとも頑なに
風に再び乗ろうとしないその葉を次第に煩わしく思い、ついに組んでいた腕を一旦解いて取り払った
すると、その葉は再び風に乗り木々の間へ消えていった
それを見届けてから彼は再び腕を組んだ、その拍子に腰に下げた剣がカチャン、と少しだけ鳴った
軍の野営地では武装解除をしている者もたまにいるが、彼は常に己の武器を外す事はない
死神の異名を共に被る事になった、何人も切ってきた、一薙ぎの剣を彼は離す事はない
本人にその気は更々ないのだが、大陸にはナバールの名はその異名と共に広く知れ渡っている
だからだろう、彼にはあまり人が寄りつく事はない
人殺し――死神の異名、幾多の戦場を潜り抜けてきた者が持つ鋭い眼光
口数が少ないのも相まって、自然と関わろうとする者は少なくなる

だが、最近そんな彼の近寄りがたいオーラを物ともせずに近づいてくる輩というか兵(つわもの)がいる
一人は先に述べたマルスの近衛騎士、何か知らないが、
あなたを更正させてみせます、と高らかに宣言し何かと付き纏わられているのだ
ついこの間、痛めた指について指摘したら、ついに正しい心を取り戻したのですね、とか
猛烈に感動していますと、なにやら喧しく騒ぎ立てて非常に頭の痛い思いをしたものである
そして、もう一人

「あ、居た居た、ナバールさーん!」

成り行きでナバールが助けた踊り子事――フィーナの存在
またか、と眉を潜めたナバールの後ろ姿を目にして追ってきたフィーナはそれに気付く由もなかった
仮に気付いたとしても、彼の元へと走り出す足は止めなかっただろうが



ナバールにとってフィーナに比べれば先ほど話に挙がった近衛騎士などまだマシに思えてくる
近衛騎士という立場上、行軍進路について相談し合ったり、次なる戦場の戦略を練り合ったりする
加えてやたらに人脈が広いのか、軍内部に親しい者が多いらしく、その者達と時間を過ごすのも多いからだ
だが、フィーナはやたらとナバールを探す事が多く、こうして離れた場所に居ようとも目敏く見つけてくる
この軍に身を置いてからというもの、納得したくはないが軍内の人物で最も共に居る人物となっている

「もう、こんなところで一人で居て、つまんなくないの?」
「…」

この問答、もとい、やり取りも何度あったか数える気にもならなかった
その上幾ら沈黙を保とうとしても、頑なにナバールの傍から離れようとしない、先ほどの葉のように

「ねえーナバールさん」
「…」

いつまでも沈黙のままのナバールに不満なのか、
ついにナバールの前に回り込んで少し屈みながら、表情をうかがう始末
表情では不服そうに取れるが、
その瞳の奥には僅かに楽しげな感情を覗かせているような気がするのは気のせいだろうか

「…放っておけ」

視線に耐えかね、無駄だとわかっているが反抗する、何故無駄だとわかっているかというと

「あ、やっと反応してくれた」

どんな形であれ、応えられるのが嬉しいらしい故にどんな反応でも嬉々として喜ぶのだ
常人なら怯んでしまう死神の無起伏無感情な一言もなんのその
あまりに邪魔なようなら切り捨てるという彼の脅しにもどこ吹く風なのだ
不満そうだった表情が一転、嬉しさ満面の様相のフィーナにナバールの頭痛は更に増した

「…何の用だ」

一旦反応を返してしまえば、もはや逃れる術はない、半ば諦めを抱きながら、小さな溜息を一つ吐く
反応をしてしまった故にこういった事態に陥ってるのだが、
かといって反応しないままだと、何らかの反応があるまで何故か傍らに居座り続けるのだ
ナバールにとっては明らかに邪魔なのだが、向こうへ行けといっても最近は通じなくなっている
そんな事が何度もある所為で、ナバールはいつしか自然とその事に関して目を瞑っていた、断じて容認はしてないが
用件を問われ、フィーナはまた一層笑みを深めた、そして

「ナバールさんへの恩返しを」
「いらん」

皆まで言わせることなく速攻でフィーナの言葉を切り捨てた
今回は何をするつもりか知らないが、どうせロクなことではないからだ
どうにも盗賊から助けてもらった恩返しとの名目であれこれ仕掛けてくるのだ
事あるごとに不要だと伝えているのだが彼女曰くそれは納得いかないらしい
しかも恩返しと言う名の遊びにしかナバールには思えなかった
この間など恩返しと称し、髪型をいじられた、即刻解いたのは言うまでもない

「最後まで言わせてよ、まだ途中なのに」
「…」

今度は途端に脹れっ面である、常時無表情のナバールに対し、
コロコロの表情が変わるフィーナは非常に感情豊かだ
とにかくこれ以上口を挟むと却って五月蠅くなりそうなので、ナバールは一旦沈黙を決め込む事にした
そんなナバールの心情など露知らずフィーナはまた先ほどの言葉を繰り返す

「今ナバールさんへの恩返しをしてるのよ」

しかし次いで飛び出してきた言葉はナバールにとって予想外のものとなった
先ほど後ろから近づいた時にまたしても髪型を弄られたかと思ったが、
人の気配を読むのに長けているナバールなら、それはいくらなんでも気付くはずである
言葉の真意を汲み取れず、表情には出さないまでもナバールは疑問を抱く事になった
だがどういう事かわざわざ聞いてやるのもどこか面倒だったし何か癪だった、なので

「…そうか」

と、これだけ返した
まさかあっさりと流されるとは思わなかったらしくフィーナは肩透かしを食らった感覚を覚えたが
自分としてもまだ詳細は語るつもりはなかった、まだ自分の胸の内に秘めておこうと思っていたからだ
だがどういう事かと問われたら、内緒、とでも言って煙に巻いてみようと
密かに目論んでいたフィーナにとっては些か不服だった、逆に自分が煙に巻かれた感覚に囚われて
仮にそうしたらそうしたでナバールは一切気にしないだろう事はわかっていた、彼はそういう人物だ
ささやかな悪戯のつもりでしかなかったが、だからこそ、実行できなかった事が歯痒かった

おもむろに再びナバールの背後にフィーナが回り込み始めた
また髪型をいじられるのではとナバールは背後の気配やその動きを機敏に読み取ろうとするが
ポスッと背中に走った軽い衝撃によって一瞬だけ中断した
しばし様子を伺うもナバールの背後の気配はほとんど動かない、僅かな身じろぎ程度しかしていない

「何をしている」
「べっつにー」

突如自身の背に背を預けてきたフィーナに少しだけナバールは眉をひそめていた
戦場に長く身を置いてきた故に自分の背後に人の気配、というのは落ち着かないものだ
しかし、いつものフィーナにしてはかなり大人しめである
色々とまた口喧しく騒ぎ立てられるよりは良い、そう結論付けて

「…勝手にしろ」

背後の気配を許すのと引き換えに静寂を得るのを彼は選択した
するとほんの少しだけ背中にかかる圧力が増した気がしたが、
藪を突いて蛇を出す必要もないのでそれに関しても無視を決め込む事にした

――先は長そうだなあ〜

再び押し黙ったナバールの背に背を預けながら自分の考えた恩返しの件についてフィーナは思案していた
彼は依然として無表情、無愛想でその道のりはまだまだ長い事を実感する、
しかしフィーナの表情はまたどこか楽しげなものへと変わっていた

――でも、あっさり終わっちゃうと楽しくないもんね

彼が他人に対して無関心であるからこそ、楽しみなのだ
少しずつ少しずつ成し遂げていくのも悪くはない、時間はまだたくさんある
これからも、まだまだ彼には付いていくと決めたのだから
だから今は折角許された背に身を委ねて、たまにはのんびりするのも良い

先ほどからずっと自分達を包んでいる柔らかな風の心地よさを感じながらフィーナは意識を手放した



まだまだ長い道のり、行く末はまだまだ見えない


でも行きつく先ばかり見据えないで、一歩ずつ行こう



その過程にだってたくさんの楽しみがあるのだから













あとがき

FEのCPでとりわけ大好きな二人
支援会話が面白すぎです、特にツインテにされたナバール(笑
フィーナのいう恩返しの件については支援会話3を参照です
今回のFEにしっかり支援会話あって嬉しかったなあ…
キャラの意外な一面とか垣間見る事が出来て凄く好きなんです

グランドエンディングではナバールについていこうとする
フィーナの様子が垣間見られます、この分なら一緒に去ったのかもとか妄想
そういや、サムトーどうしたんだろ、教えを請いたいとか言ってましたよね?

FEは行軍中の合間とか、戦争後後日談とかで話を膨らませやすいですね
思いのほかスムーズに書けました、よかったよかった

お読みいただきありがとうございました!
(2010/9/11)
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