夜の帳が下りた、それが示すは一日の終わり
空には月が輝き、星々が他に負けじと、競うように瞬く
日のある内とは全く異なる夜空と月光の神秘的なベールが世界を覆う

夜も深まれば、己の体を休める者が必然と出てくる
中には、少し夜更かしをする者や、挙句の果てには寝ないで何かに没頭する者と過ごし方は多種多様に及ぶが、
健康上の話では睡眠は大事である、という認識から睡眠を取る者の割合が大きいだろう
その行動は褒められて然るべきものである、反対する者など、おそらく居まい
夜も寝ないまま数日過ごし、最終的に倒れようものなら、周囲からお叱りが飛ぶのは必然だ
誰とて、自分にとって近しい人に無理などしてほしくない、と願うだろうから

故に、睡眠を取るという行為については咎められるべきではない、断じてないのだが

場所を選ばなかった場合、どうだろうか?

「お兄ちゃん、どこー…!」
「お兄ちゃーん…!」

月を背景に、優雅に飛び続けるバンエルティア号の中で
『寝る場所を選ばない』という特異性質を兼ね備える兄を持つ苦労性の妹分達――リリスとシャーリィは、
寝ている者たちの安眠を妨げぬよう、小声で兄の捜索をしているのだった





「どこに居るんだろうね…」
「…ったく、なんで俺が付き合わされなきゃなんねえんだ?」
「だって、ほっとけないでしょ!」
「はあ…早く寝たいぜ」

二人の妹達の後をついていくはリッドとファラ
会話から推測するまでもなく、リッドはいつもの巻き込まれである
欠伸を一つしつつという、なんともやる気のない表情で見渡す彼が探し人を発見できる確率は如何ほどだろうか
しかし、いつもの幼馴染のお節介焼きに悪態をつこうものなら、
拳の一発は飛ぶかもしれないと懸念して、その言葉を飲み込むぐらいには頭は働いているようである、一方

「僕達も巻き込まれちゃったね…」
「僕も正直眠いけど…でも放っておくのも、ちょっと気が引けるよ」
「うん、そうだね…風邪でもひいちゃったら大変だもんね」

更にその後ろからリッドと同様ファラに巻き込まれたエミルとルカ
世話焼き気質のファラに「手伝って」と、要請という名の強制連行されたというのが経緯だ
普段オドオドした性格が災いして、断るという選択肢を選びとる事が叶わなかったのは言うまでもない
しかし、この二名はお人よしの部分も兼ね備えているため、
徐々に妥協していくのはリッドよりは数十倍程早く、今は真剣に行方不明兄二人の捜索を手伝う姿勢である
ちなみにだが捜索メンバーはここまで名が挙がった面々のみで構成されている

バンエルティア号はかなり大きな船だ
メンバーが爆発的に増えた今でも、全員なんだかんだで恙無く生活が出来ているのを考えれば納得がいく
とにかく、何しろ、何といっても、船が大きい、大きすぎる
ある意味で、ギルド・アドリビトムのメンバー達の拠点という名の巨大な一つの家という表現が
過大評価に思えないあたり、その規模を窺い知ることが出来るだろう

だが、それだけに捜索範囲の広さが比例して増すのも事実である
もうメンバーは大分寝静まっているため、各々割り当てられた部屋一つ一つを捜索する必要は、おそらく無い
もしその場に捜索対象――スタン、あるいはセネルが居れば部屋主から知らされるはずである
そもそも捜索をしなければならない、この状況が色々とおかしいのだが、ひとまず置いておく事にする
ともあれ大分それで捜索範囲は絞られ、廊下や食堂、ホール等を探せば言い話で済むはずだった、が

「どこにも…いないね」
「…うん」

下の階層から順繰りに、やがて1Fにたどりついた
1Fのホールを中心に食堂や医務室、またそれぞれに通ずる廊下をもちろん捜したが、いない
控えめに呟いたルカに、エミルが応じた
リリスとシャーリィが申し訳なさそうに顔を俯かせる

「だー!、もうどこに行ったんだよ、あいつら!」
「リ、リッド…皆寝てるから…」

アンジュも就寝してしまったことで無人となったホールにリッドの声がむなしく響いた
食事と睡眠、という二大モットーの内の睡眠がとれない現状についにリッドが怒鳴り出したので、
ルカが皆の安眠を妨げぬよう、恐々とたしなめる
「ああ、悪い」とげんなりした様子でリッドは反省した、そこで逆に怒りだす理不尽な性格ではないのだ

「でも、本当…どこ行っちゃったんだろ?」

意気揚々と捜索に当たっていたファラも表情に不安の色が出てきた
ふと辺りを見渡すのを止めたファラの視線の先には甲板へと続く扉
それを見て直感的に悪い想像をしてしまい、心内に焦りが生じ始めた

「まさか、甲板で寝ちゃってるんじゃ…!」
「ええ、さすがにそれは風邪ひいちゃうよ!」

なんとかは風邪をひかない、というがそれは迷信だ
捜索対象の兄二人がその「なんとか」であるかは別問題なので、ここでは割愛させて頂く
ともあれ、甲板で寝てしまっている場合本気で体に障りかねない
心配の色を露わにしたファラとルカが甲板へ出ようと、ホールを小走りで駆け抜けようとしたが

「甲板は一応最初に見ました、軽く見渡した感じではいなかったと思います」

シャーリィが二人に待ったをかけた
一応寝てる場所としてマズイ場所候補ワースト1位に挙がったので捜索前にすでに調べたのだ
それを聞いて、すでに二、三歩程走り出したファラとルカの足が止まった、安堵の息と共に

本来なら甲板にセルシウスが居る事が多いため彼女に聞けば良かったのだが、
今は霊峰アブソールの様子が気になるようで、一時的にバンエルティア号からは姿を消している
ちなみに精霊という存在なだけあって、後で迎えに来ずとも、また船に戻れるようだ

「そういえば、体は大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫、ありがとう…リリスさん」

今夜のバンエルティア号は海の上を飛行中である
ゆえに甲板に出れば潮風が容赦なく吹きつけてくるのは必然と言えるのは百も承知だった
しかし兄を心配する気持ちもあり、意を決して甲板を覗き込んだのは良かったものの
体調を崩すのはどうあっても避けられなかったらしく、ホールの甲板入口付近でへたりこんでしまったのだった
同じく兄を捜していたリリスがそれに気付いて、介抱したのは先ほどの事だ

「でも、下の階から捜してて見つからないって事は、もう操舵室か展望室しかないよね」
「だな、もう捜索範囲も広くねえ、さっさと見つけようぜ」

エミルの呟いた現在の状況にリッドが賛同し、いち早く上へと続く梯子を昇りはじめた
普段面倒くさがりな性格こそしてるが、一旦関わったら腹を括る潔さも兼ね備えている面が見て取れる
その背中を見ながら、ファラは少しだけ笑って後を付いていく、他の面々も続々と追尾した
もうすぐ見つかるだろう、と全員が希望を持ち
妹分達は更に兄を次に起こした時の叱り口上を考えながら、
上へと勝手に上がる自動梯子を使い、操舵室へ上って行ったのだった、その後

「…ねえ、本当にどこに居るの?」

ルカが全員の心境を代弁するように呟いた場所は、最上階となる展望室
静寂の中、窓から月の光が差し込んで、非常に心安らぐ雰囲気を醸し出しているはずなのだが
とてもじゃないが、そんな光景に感嘆する気分にはなれなかった
何故なら、此処、展望室にも、合わせて捜索した下の操舵室にも、捜索対象が居なかったのだから

「きっと何処か捜し忘れた場所が…ないよね、多分」
「だと、思うけど…」

ルカが一応部屋を見渡しながら呟き、ファラが自信なさげに答える
先ほども少し触れたが下の階層から順繰りに全員でローラー式の捜索方法を執った
あちこち手分けして探していては、見落としが生じる可能性も膨れ上がるし
いざスタンあるいはセネルを発見した際に、全員に知らせたいときに非常に難儀な事になるからだ

「隠し部屋とかあったりしないよな、この船…」
「ない、と言いきれない辺り厳しいですね…」

もうすぐ眠れるかもしれないと言う希望を見事に打ち砕かれ、精神的に追い詰められたリッドがボヤき、
迷惑をかけてしまっている事に罪悪感をひしひしと感じているリリスが謝罪の心を込めて反応した
海賊、アイフリードの遺産である、バンエルティア号
これだけの規模、そしてルミナシアに普及していない技術を兼ね備えた天駆ける大船
何があっても不思議ではない、もしかしたら、あのアイフリードの子孫であり
バンエルティア号船長である、あの少女すら認知していない何かがあるかもしれない

まあ一旦その可能性は置いておき、リリスはシャーリィの様子を窺うように、目配せをする
同じように申し訳ない気持ちで一杯のシャーリィがその表情を見て、リリスにそっと耳打ちをした
それに対し「そうですね…」と小声で同感の意を示し、二人は揃って口を開いた

「あの、もうこれ以上付き合わせてしまうのも申し訳ないので、皆さんはどうぞ寝てください」
「後は私達の方でなんとかしますから」

二人揃って捜索に協力してくれたメンバーに、続けて「ありがとう」と感謝を述べ、
各々の部屋に戻るよう促したが

「リリス、シャーリィ…でも…」

ファラが渋るように言葉を発した
その言葉は同じく捜索に協力していた他の面々の心境でもあった
ルカは元来の優しい性格から、リッドはもう乗りかかった船だと半分は割り切っていた
せめてもう少し協力しようと、その意を伝えようとしたその時

「ねえ、ちょっと、いい…かな?」

展望室に来てからというものずっと言葉を発していなかったエミルが唐突に声を上げた
それによって自然と他の面々の注目を浴びる事になってしまい、
自分で呼びかけておきながら心が落ち着かなくなってしまいそうになった

「どうかしましたか?」
「あ、えっと…その…」

ここにマルタが居ようものなら「男ならはっきりする!」と確実に忠告が飛んだだろう
リリスの問い返しにオドオドするエミルを見ながらルカはそんな感想を抱き、
同時に「何を訴えたいかわからないけど、頑張って」とシンパシーからのエールを贈ったのだった
エミル自身、自分がうろたえていてもどうしようもないのはわかっているので、
しっかりしろ、と自分を叱責して、意を決して口を開いた

「船のだいぶ先の所に…何か見える気がするんだけど…あれ、何だろ?」
「ん、船の先?」

展望室に上がって正面にある広い窓を、厳密には外の景色を指差しながらエミルがそう言うと
元は猟師であったため、視力に自信のあるリッドが窓をいち早く覗き込んだ
それにつられるように、私も僕もと言うように部屋に居た面々が続々と窓を覗き込んでいく
そして、一同硬直

「おい、あれ…スタンとセネルじゃねえか?」

遠目からなのではっきりとは視認できないが、バンエルティア号の甲板を構成する緑の床に
長い金髪らしきものと、白い短髪らしきものが潮風に晒されて揺らめいている
船の先端部分にある縁(へり)の所に引っかかるように、
丁度ホールから甲板から見渡した時の死角部分にある、その一角に、それはあった
ここから確認できるのがほんの一部分でしかないが、妹分達は確信した、間違いなく、兄だと、その刹那

「「お、お兄ちゃーーーーん!!!」」

妹達の絶叫が船内に木霊したのだった
ルカやファラ、第一発見者のエミルも顔から血の気が引いた
今現在バンエルティア号は絶賛飛行中、この高さから落ちようものなら、命の保証はない
睡眠が永眠にとって代わるかもしれない、笑えない話である

さすがにおそらく現在進行形で爆睡中と思わしき兄達が
何時落ちるともしれないこの状況では流石に形振り構ってられず、
捜索メンバー一同で緊急事態という事でアドリビトムの要人達を申し訳ないながらも起こす事にしたのだった

結果として、スタン、セネルの両名は無事で済んだ
チャットが適当な所にバンエルティア号を一時着陸させ、
スタンとセネル両名の救出という名の回収作業は着陸してからということになり、
その間に落下されては敵わないので、天使の羽根による飛行能力を持つコレットが二人の安全を着陸まで確保して
無事、お騒がせ兄二人は回収されたのだった
その後リリスとシャーリィが未だ眠り続ける兄達に代わり、メンバー全員に謝罪を述べたのは言うまでもない
後で強制的に起こした兄達にアンジュからお叱りが飛んだのも愚問というものだろう
それからというもの、夜間はセルシウス以外の甲板への出入りは原則禁止となったとかなってないとか





睡眠は大事です、しかし寝る場所はちゃんと選びましょう













あとがき

主な登場人物もっと絞ればよかったと途中で後悔
そんな初マイソロ3話、初っ端からずっこけた感(汗

あと書いてて思いましたが
エミルとルカ、台詞だけじゃ区別つかん…!

ちょっとグダグダになった感があります
次はもっと話をスマートにしよう…

お読みいただきありがとうございました!
(2011/4/10)
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