自身の中に封じ込めた、憎しみの心と、ラムダは只管に言葉を交わし合っていた

フォドラの憎しみの心は、ラムダと似ていた
ラムダ自身も、人間という存在を忌避していたからだ
だが、ラムダと違い、フォドラには人間を信じられる要素が絶無だった
ラムダには信用した人間が居た、己の命を省みず、ただ生きろ、と
人の形すら持たない自分に、ただ、それだけの強き願いを持って自分を守った存在が
しかし、フォドラにはそれが無い
ラムダと同じように、良い様に研究材料にされ、都合が悪くなったら、あっさり捨てる選択を取る
しかし、自分を救おうとした存在はいなかった、コーネルのように、救おうとしてくれた唯一の存在すらも無い

ゆえに、説得は、難航だった

それでも、アスベル・ラントという存在が身を持って教えた、諦めなければ分かりあえる、という事
底抜けのお人よしの戯言だと、以前の自分なら軽く去なしただろう、生温い理想論、しかし

――生きろ、ラムダ…!
――ラムダ、生きるんだ!

息絶え絶えに、ただ自分に生きろと願ったコーネル
姿形などまるで似ていないというのに、記憶から未だ消えない姿が重なって見えた

『生きろ』という言葉、世界の素晴らしさを知って欲しいと願うが故の言葉
人間など、傲慢で残忍な存在、その認識の遺恨は、内に燻る事は今ではもう無い
人間はそれだけではないと、悟らされてしまった
気付いた時には自分に嘲笑したものだ、まさか、自分が、あの底抜けのお人よしに感化されるなどと
現にこうして今、その底抜けのお人よしと同次元の事を自分がやっているとは、笑えてくるが、悪くは、ない

しばらく言葉を交わして、フォドラの憎しみの心との会話に休憩を挟む事にした
さすがに休むことなく、対話と言う応酬を継続するのは不可能だ
それに、フォドラなりに考えを整理するだけの時間も取るべきだろう、自分も、慣れない事をすれば疲労は溜まる
フォドラの心が鳴りを潜め、一度フォドラとの夢から覚めた時

――ラムダ、聞こえるか?

今となっては非常に聞きなれた声が、無機質な空間内に響いた
まるで図ったかのようなタイミングで呼びかけられ、なにかわからないが、癪に障った
後でそれは、奴に行動が読まれているのか、という他愛のないプライドがもたらしたものだと気付いた

「…何の用だ」

憮然として、そう問い返す
宿主の精神と、ラムダの精神の狭間の空間、気付けば正面に、あの底抜けのお人よしが居た
穢れなど知らない、無垢な空色の瞳が自分を捉えている
瞳の色の事を除けば、あのプロトス1とさほど変わらないと思う、瞳に湛えた光

「ラムダ、起きてくれたのか!」
「こちらの問いかけに答えろ」

途端に満面の笑みを浮かべている宿主に頭が痛くなった
この宿主の思想に感化されたとはいえ、この常に他者に対して非常にワイドにオープンな性格はラムダには重すぎるのだ
それが結果的にラムダを救う事に繋がったというのは否めない辺り、少し憎たらしい

「あ、すまない…じゃあラムダ」

さておき、わざわざ、いつ起きるともしれない存在に呼びかけてきた程だ
よほどの事情でもあるのかと、そう思った矢先

「今から、しりとり、しないか?」

そりゃもう、満面の笑みで、だが裏に誘いに乗ってくれるかどうかの不安を瞳に湛えている宿主
あまりの唐突さに沈黙してしまったのは、頭痛が倍増したからに他ならなかった





「…とうとう本格的に頭がおかしくなったようだな」

アスベルの意識が浮上し、現実へと引き戻された
目の前の鏡に映った自身の左目が、怪しげな光を湛えている
本当に起きてくれたのだ、と改めて実感し、喜色満面となるところだったのだが
同時に内から言葉を紡ぐ前に、嘲りの意を込めたのだろう、
一度息を切ってから、非常に彼らしい容赦の欠片もない無慈悲な言葉という名の刃を持ってして先述の様に述べられ、
うっ、と言葉に詰まったようにアスベルは鏡の前でやや俯いた

「大方、あの時、奴と話していた事を持ちだしたか」
「え、あの会話、聞いてたのか?」
「…ふん、お前達の馬鹿馬鹿しさに虫唾が走ったものだな」

更に追い打ちをかけるように、そうラムダが述べるとアスベルはついに肩を落として撃沈した
だが内では、再びラムダの声が聞けた事に歓喜していた事にラムダは気付かなかった
アスベルの言う、あの会話、とは風機遺跡の奥に居た魔物を退けた後の
かつてラムダを己の身に宿していた、ラムダ曰く『奴』と称したリチャードの忠告紛いのことだ
紛いというだけあって、本人曰く冗談だったらしいが、現在のラムダの宿主は本気にとったのだ

「くだらぬ、我がそのような幼稚な事を何故せねばならない」
「た、確かに幼稚かもしれないけど、きっと楽しいと思うぞ?」

内に言葉を投げかければラムダには伝わるというのに、ついに思わず、実際に声に出してしまった
第三者から見れば鏡に映る自分に向かって会話しているという、かなり痛々しい光景が出来上がっているのだが
ここはラント家の屋敷内であり、そんな怪しさ絶賛展開中のアスベルの人となりは屋敷内に居る者なら全員熟知しているので、
たまたま通りすがったメイド等は何か事情があるのだろう、と密かに察し、そっとその場を後にしてくれていた
長い時を経て築き上げてきた自分の体裁が、現在どれほど自分の名誉を守っているかなど露知らず
アスベルはラムダとの会話に没頭していく

「くだらん、そもそも、それだけの用件で我を呼んだのか」

相変わらず、頭がおめでたい奴だ、と更なる追い打ちをかけ、早々に退散しようと思った矢先

「ちょっと、待ってくれよ」

冷静さを幾分か取り戻し、再び内に語りかける会話の仕方に戻しつつも、
やや焦るような、そして言葉の端に不平を含んだ声で、呼びとめられた
なにかしら雰囲気が変わった事に気づき、思い留まる
何故自分がこの程度で留まる事を選び、宿主の言葉に耳を傾けようとしたのかは、わからないが

「俺にとっては『それだけ』と言える軽い話じゃない」
「…」

真剣味を帯びた声色に、再び飛ばしかけた意識を掴み戻す
そして、自身の中に生まれた、ある心模様

「…話せ」
「…ん?」
「話せ、お前の話とやらを、どんな詭弁を振りかざすのか、聞いてやらんこともない」

俄かに、興味を惹かれた
鏡の中の宿主が弾けたように顔を上げて、やや驚いたような表情をしているのが映る
相変わらず表情の忙しい奴だ、と内心で冷評しつつ、なおも呆然としている宿主に
「言わぬのならまた眠らせてもらうぞ」と暗に突っつくと慌てたように言葉を紡ぎ始めた

「お前と――ラムダと、もっと一緒に過ごしたいんだよ、俺は」
「あれほど言葉を十分交わしただろう、まだ足りないというのか、お前は」

ラムダとしては、これでもか、という程言葉を交わしたつもりでいた
自身の行く先に不安を抱えるプロトス1――ソフィと如何に接していけばいいのか
宿主のこれから迫られる重大な問題を小馬鹿にするようで、心の奥底では、密かに楽しみと化し、
後から、自分の方から語りかけていた事が多かった事に気づいた、受け身的ではなく、自発的に
ただ憎しみに囚われていた頃の自分から考えれば、言葉を交わす事など到底あり得ないはずだった
それでも自分としてはもう十分だと思えるほどに、言葉を交わしたと思う、しかし

「ああ、足りない、全然足りないんだよ」

はっきりと、断言され、否定された
自分の中で何かが跳ね、いつもの皮肉さえ出ず、言葉に詰まったのは、何故なのか

「というか、多分永遠に足りないと思う」
「…何故だ」

いつの間にか、言葉を続きを無意識に急かしていた事に気付いた瞬間、自分に驚いた
そんなラムダの胸中を知ってか知らずか、アスベルは言葉を続ける

「だってさ、もったいないじゃないか」

視線を鏡から外し、一度言葉を切り、
洗面所を出て、屋敷の入口正面にある階段を上がり、
家族の――父親の描かれた肖像画の前で、その足を止め、話を続け始めた

「折角お互いに今を生きてる、言葉を交わすには、その前提が必要だ」

視線は眼前にある肖像画の父――前領主を見ていた
ラムダもアスベルの目を通して、その姿を見てみる
威厳ある佇まいを感じさせる、同じ領主でもお前とは違うな、と内心で酷評した

「裏を返せば、この世に居なければ二度と話す事なんて、出来やしないんだ」
「…」

同感を、覚えた
つい先ほどの冷評などどこかへ吹っ飛び、いつもの皮肉めいた台詞の一つも浮かばなかった
ラムダとて、二度と言葉を交わす事の出来ない、自分を守ると誓い、いなくなった存在がいるのだから
ぐっとアスベルは握り拳に力を込めた、悲しき、怒りの自責

「だから言葉を交わす事に、『十分』なんてないんだ」
「…話す事など、すぐに尽きると思うが?」
「そんなこと、ないさ」

徐にアスベルは背を振り返る、階下でメイド達や、老執事が右往左往している
アスベルの存在に気づいたものが、会釈や、軽い挨拶を投げかけてきた
それに対し、軽く手を上げて答えたり、こちらも簡単な挨拶を投げ返す、双方とも、笑顔で

「今俺がしていた事は、まあ当然、日常茶飯事だけど」

漠然とアスベルと使用人達のやり取りを傍観していたラムダだったが、
急速に意識がアスベルへとまた向けられる、真摯に耳を傾ける

「お互いに『今』を生きているんだって、そう思える時でもあるんだ」

言うが否や、アスベルは今度は階段を下り始めた
下りきった後もその歩調は一切緩まず、真っ直ぐに歩み続けて

「だから言葉を交わしたい、どんな内容だろうが、どんなに些細な事だろうが」

外界へと続くドアを、アスベルは開け放った
外からの光が遠慮なくアスベルを照らす

「『今日も自分は元気だ』って伝え合う、それが出来る今が、俺には嬉しいんだよ、ラムダ」
「…ふん、他者の死の痛みに今も縛られる、お前らしい言葉だな…だが」
「だが?」

扉を開け放った先で、花壇で花の世話をしているソフィがこちらに視線を向けていた
動作を一時中断し、アスベルの元へと、やや早足で向かってくる

「我も、他者の死の痛みに縛られている、コーネルの死に、な」
「…ラムダ」
「お前と我は、その意味では同じのようだ」

現実と、己の内に神経を等分して注ぐのはやはり慣れないもので
気付くとラムダの言葉に意識を持っていかれて、側に来ていたソフィにアスベルは気付くのが数秒遅れたため、
ソフィの不思議そうな視線とアスベルの視線がかち合った

アスベルの考えとしては、ソフィに今日の花の様子はどうかと聞いて、
今日聞くソフィの話に、過去に聞いた話と同じものなど無いと、だから『話す事は尽きない』、とラムダに説こうとしていた
だが予想だにしなかった切り返しに、アスベルも言葉に詰まってしまった
どうしたものか、と内心しどろもどろになっていると

「…お前との話、悪くはなかった」
「…え?」
「気が向いたら、また話をしてやらん事もない…我はまた少し、眠らせてもらうぞ」

言うが否や、ラムダの意識が途絶えた
こちらからの返事も待たずに、さっさと眠りについてしまったラムダに、
内心で白い目をしてやって、「またな」と聞こえてないかもしれないが、呼びかけた

「アスベル、どうしたの?」

ついに怪訝そうに、言葉の端に心配を色を滲ませているソフィの声に、
アスベルはようやく現実に引き戻された

「あ、ああ、ごめん…ラムダと話してたんだ」
「ラムダ、起きたの?」

目を少し開いて、驚きの表情を見せるソフィ
「また寝ちゃったけどな」と返せば、アスベルと同じように、残念そうな表情を浮かべた
ソフィ曰く、アスベルの預かり知らぬ内に和解したそうで、
ラムダと話がしたかったというソフィの思いはわかる
それが叶えられなかったのが少々残念だったが、でも、問題ない

「大丈夫だよ、ソフィ、また話せる」
「ラムダと? 本当に?」
「うん、ラムダが言ってくれたんだ、また話をしてくれるって」

結局アスベルの提案した「しりとり」の件については今回は見送る形になりそうだが、構わない
生きている限り、また、言葉を交わせるのだから、その時改めて誘えばいい
その時のために、彼が――ラムダが、再び目覚めるまでのこの間に、今の内に

「なあソフィ、ラムダと今度一緒にしりとりでもしないか?」

ラムダと遊ぶ予定を、しっかり立てておく事にしよう
再び提案でもしようものなら「懲りない奴だ」と思われるかもしれないが、構わない
自分は、言い出したら聞かない頑固者なのだから、目の前に居る少女と同じように

「うん、やってみたい、アスベルもやろう?」
「もちろんさ、楽しくなりそうだ、ところでラムダをどう誘えばいいと思う?」
「普通じゃ、駄目なの?」
「はは、やってみたら、軽くあしらわれちゃったよ」

今思い返しても、彼らしい反応だ、今になって笑いがこみあげてきた
考えてみれば、提案した刹那「では、やるか」とラムダが乗ってくるとは思えない
ソフィ自身もその辺りの想像はついたらしい、可笑しかったのか、ソフィも少し笑った

「じゃあ、一緒に考えておこう?」
「そうだな、ラムダがまた起きるまでに考えておこうか」

二人の内に、そう遠くない内に訪れるであろう楽しみに胸を躍らせ
ラムダを遊びに誘う方法を、その日を境に二人で画策し始めたのは言うまでもない


命ある限り、語り合おう、ふれ合おう

折角、今、生きているのだから















あとがき

初系譜編絡みの話を飾ったもの
系譜編のラムダ大好きで、叩き起こしてみました(おい
しかしその実、ラムダの口調に苦しまされてたり

アスベル、ソフィ、ラムダの三人でしりとりする時、
どうすればいいんだろう…?
アスベルに触れてれば会話出来るっぽいですし、
ソフィがアスベルに触れてれば可能かな?
傍から見たら、しりとりが成り立ってなさそうだ(笑
ラムダの声、聞こえませんから

もしもラムダがしりとり参加したら、
ラムダから出る言葉は辛辣な単語が多そうだ、という個人的思いこみ
ラムダが「リンゴ」とか、言うんだろうかと
あと小難しい言葉が飛び出しそう、博識ですよねラムダ

お読みいただきありがとうございました!
(2011/3/28)
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