とある宿の部屋の一室にどこか尋常ならざる空気が漂っていた

部屋には人が六人、見た目だけでも個性的な面々だ
そのうち一人は他の五人の目の前に毅然として立っていた
その皆の視線の中心の一人、シェリアは

「さて、皆、準備はいいかしら」

目の前に立ち並ぶ人の顔色を視線を動かしながら伺い、
少し広めのその部屋で皆に神妙で、真剣な面持ちでそう問いかけた

「おう」
右手で拳を作り、意気込むアスベル
「はい」
淡々と、しかしそれでいて何かを決意するようなヒューバート
「いいぞ」
腕組みをしながら、真剣な面持ちのマリク
「は〜い」
「はーい」
いつものように挙手しながら明るい返事のパスカル
その仕草を真似するソフィ

それぞれの決意表明、若干状況を理解していないのが二名ほど居そうだが
その決意は確かなものだ、きっと
それをしかと受け取り、シェリアは部屋の端に置いてあった物を手に取る

「…いくわよ」

頷きながらゴクリッと思わず固唾を呑んで見守る一同
まるで、目の前に強大な敵がいるような、
いや、それ以上の緊迫感が部屋を支配していた
これまでの旅に今までなかった程の

そんな空気から思わず高ぶりそうになる自身を深呼吸で一旦落ち着け
一同の真剣な眼差しを一身に浴びながらシェリアはキッと目の前を見据え


「えいっ!!」

ゴトッ ガンッ バラバラ ガッシャーン ボトッ ベチョ



旅のお供だった道具袋を、ひっくり返した






「うわぁ…」
「これは…想像以上ですね」

突如として目の前に広がった惨状に兄弟二人して一瞬目を背けたくなった
これから自分たちはこれらと対峙するのか、と思うと気が遠くなりそうだった

「おおー! 前の私の部屋ぐらい凄くなったねー」
「パスカル…その例えもどうかと思うわ」

本当に笑顔を絶やさず楽しそうなパスカル
道具袋をひっくり返した張本人のシェリアも
目の前の惨状に気が遠くなるような思いをしながらも律儀に突っ込む

「しかし、塵も積もれば山となる、とは言うが…」
「塵…山?」
「小さなものでも集まれば大きなものになるって例えだよ、ソフィ」

やれやれ、と頭を少し横に振りながら、古い諺(ことわざ)を持ちだす教官
諺そのものに馴染みがなく意味するところを掴みあぐねるソフィに
アスベルは教育精神を発揮し丁寧に教えた

そもそもなんでこんな事態になっているのかというと
その理由としては至って単純で、
シェリアが道具袋の大掃除をしましょうと皆に持ちかけたのだ
道具袋の整理は主にシェリアが担当しており
根が真面目なシェリアはその整理を辛抱強くずっと欠かさずやっていた
だが、いくら常日頃整理しているとはいえ、溜まるものは溜まる
よくお世話になるグミ類や食材の類はよく消費するので
回転が速くそちらに関しては問題ないのだが
問題は、主に魔物からの戦利品だ

この世界には様々な魔物が存在し、
アスベル達もそんな魔物を相手に多くの戦闘経験を積んできた
その過程で、魔物が落とす、戦利品

中にはとても貴重な武器や、防具の素材となり得る強力なものもある
デュアライズをすれば全く違う素材に化けたりもする
魔物の毛皮や爪などは人間にとって大切な資源でもあるので
店に売ることで旅には欠かせない貴重な資金に換えることも可能だ
だが、長い間旅をしていれば戦利品はあれよこれよと
どんどん溜まり処理できる許容範囲を楽々と超えるのは必然と言える
だったら拾わなきゃいいじゃん、とも思うのだが
一応は命だ、魔物とはいえ生物である
前に進むためとはいえ命を奪ったのは他ならぬ自分達
そんな思いからか無下にできず片っ端から拾ってしまい
しかも何かに使えるかと思いなんとなく取っておいてしまったのだ

そんな命を尊ぶ、道徳面でいけば非常に好ましい旅によって
徐々に、だが確実に蓄積された道具袋の中は非常に好ましくない有様になり
ましてや一人でこれを、それも少しの時間でやろうとするのは無理だ
ゆえに大掃除と称し、シェリアは全員に協力を仰いだのだ、それで今に至る


「…どこから手をつけるべきか」

頭を掻きながらアスベルは一人ごちる
もうなんか色々と言葉で言い表せないぐらいの混沌とした有様を目の前のオブジェが晒している

「ちょっと待ってください、シェリア、グミなどは…どうしました」
「さすがにそれは取りだしてあるわ、あと食材もだいたい、あと貴重品とか」

ほっとするヒューバート、その辺の配慮はしていたらしい、
さすがシェリアですね、と思う反面少し気になる台詞が紛れていた

「待ってください、食材を『だいたい』、とは?」
「…正直把握しきれてないのよ、確認できるとこまでは取りだしたけど」
「…」
「仮に見つかったら…少々見るに堪えない状態かもな」
「…とにかく!」

重くなりつつある空気を霧散させるようにシェリアがパシッと両手を合わせる
そんなシェリアの瞳に宿る決意に一同はややネガティヴに陥りそうになった思考を浮上させる

「もう賽は投げられたのよ、後戻りなんて出来ないわ!」

そう言ってシェリアは果敢に混沌の象徴を崩しにかかり始めた
その行動に後押しされるかのように一人、また一人とシェリアに倣い始めた

「アスベル、シェリアのさっきの…さい?」
「すでに始まってしまったんだって意味だよ」

そんな会話を最後についに全員が強敵との熾烈を極めた格闘を開始したのだった
…だが、そう簡単にスムーズにいく筈もなく


――うわぁ! 危ない、即死針じゃないか、コレ
――気をつけろアスベル、う…なんだこの匂いは?
――おお、教官それナットウだ、相変わらずいい匂いだねぇー!
――どこがですか! うっ…相変わらず、臭っ…
――…あ、なんかビンが割れて水が出てるよ
――ソ、ソフィ! 触っちゃだめだ! しかも水って色じゃないし!
――恐らく『危険な液体』の類だな、きっと
――ねぇ…いつのかしら、このミルク
――確かめないでください、お願いですから確かめないでください
――えーっとねー…今からおよそ
――言わないでください! さっきの僕の言葉聞いてましたか、あなたは!?
――あ、ソフィ、これがさっきシェリアが言ってた『賽』だ
――さい…これがそうなの?
――うん、どうしてさっきの言葉の意味がそうなるかっていうとだな
――兄さん、ソフィの教育は後にしてください


どんな時でも賑やかな時はとことん賑やかなのだった


それから時が経つ事数時間
そこまで時間が経つまでの過程でまた色々と騒動が尽きなかったが
一同は非常にカオスでクレイジーでデンジャラスなオブジェとの格闘を終え
一つの丸いテーブルを全員で囲むように、ほとんどの者が背もたれに体を預け
それこそ「疲労してます」と全身で表現しながら椅子に座っていた
整理の過程でいらないと思ったものには見切りをつけ、
そのまま売りに行くなり破棄するなりして、無事に処理した
というかよくあれほどまでに溜めこんだと一同は思う
それほどこの旅が長いものなのだろうとある意味感慨深く思わせそうなものだが
今の一同にとっては疲弊させたものの憎き対象でしかなかった
現在椅子に身を任せてないのは机に突っ伏し違う形で疲労を表現するパスカルと
先ほど途中で見つけた賽(どうやら世間では『宿命と偶然の賽』と呼ばれるらしい)を
何か楽しいのかコロンと机の上で転がすソフィと
疲れているにも関わらずソフィと次の目の当てあいに興じるアスベルぐらいだった

「疲れたよぉ〜…」

変わらず机に突っ伏したままパスカルがぼやく
いつもの元気さの欠片も見せない彼女の様子がどれだけ大変だったかを雄弁に物語っている
ヒューバートもいっそ彼女に倣いテーブルに突っ伏したくなったが
軍人としてはあまりにもだらしないのでそれだけは避けていたが、
半ば根性と意地でそれを保っている状況だ

「これからは、あまり溜めこまないようにしましょう」
「そうね、またこんなのはうんざりだわ」

半ば自分の意識を保つための独り言に過ぎなかったヒューバートの言葉に
疲れ切った表情でシェリアが同意する
すると唐突にアスベルがやや渇いた笑い声をあげた

「はは、整理整頓ってやつか、俺は苦手だったな」
「そういえば兄さんはいつも机が散らかってましたね、何度片付けても時間が戻ったようにすぐにまた物が散乱して」

はぁ、と呆れかえったような溜息をつくヒューバート、
だが過去に思いを馳せる彼の様子は平常より少し柔らかかった
そんな中会話を聞いていた姿勢はそのままにパスカルが頭だけ兄弟の方へ向けた

「なんだ、あたしと似たようなものなんだ、アスベル」
「…そこまで酷くないぞ、俺」

旅の最中、用あってパスカルの部屋へと入った事があるが
その惨状といったら凄まじかった、ソフィ曰く『ゴミ捨て場』と称されるほど
しかもそれだけに済まされず、その部屋を見て当の住人であるパスカルは
あろうことか「片付いている」と言ってのけた
アスベル自身でも整理整頓がなっていないと認めてはいるが
こんな感覚の持ち主に同列で語られたらたまったものではない
だからこそ否定したのだが

「アスベル、『五十歩百歩』って知ってるか?」
「知ってますけど言わないでください、教官」
「アスベル、『ごじっぽひゃっぽ』って何?」
「ソ、ソフィ…」

人をからかうのが案外好きな教官にからかわれ、不平の意を唱えるが
その後純粋すぎる少女の純粋な質問にアスベルはガクッと肩を落とす
シェリアはその様子を見てクスクスと笑う

「どうしました、早く答えてあげてはどうですか?」
「ヒ、ヒューバート、お前、はぁ…」

してやったりと言わんばかりに口端を持ち上げ不敵に笑うヒューバート
パスカルもニヤつきながらこちらを見てるし、諸悪の根源たる教官も同様
シェリアも観念しなさい、と言わんばかりの視線を送っている
味方はゼロ、もう自分が説明するしかないと観念したアスベルは
机に肘をついてソフィを見ながら重い口を開く

「『結局はどっちも変わらない』って意味だよ、ソフィ…」
「そっかー、わかりやすいね」

ゴンッとついに頭をテーブルに打ち付けるアスベル
ソフィのわかりやすい、という言葉は
今回の事例が適切ゆえに理解がしやすかったと言われたのと同義だ
しかも彼女が非常に無垢であることがダメージを倍増させた
真の意味で沈んだアスベルにとうとう笑いが抑えられなくなった一同は
疲れを忘れ腹を抱えて大笑いしたのだった
自分がとどめを刺した事など髪の毛の先ほども知る由もない純粋な少女は
ポンッとアスベルの頭に手を置いた、それが慰めるどころか
逆に追い打ちという名のダメ押しになっている事実にもソフィは気付く事はなかった


――整理整頓、少し頑張ってみよう

人知れず、アスベルは心のうちで密かに、だが硬く決意した



整理整頓は大切です


日頃から常に心がけましょう












あとがき

ノンカプギャグ話を書きたくて書いたもの
ネタにしたものはRPGでは禁句もの(おい
グルーヴィーチャット派生&溜まりまくった素材で
一気にデュアライズしまくってた時に思いついたものです
現実的に考えたら、どこに持ってるんでしょうね

しかし気づけば危険物で満たされてますよね、中身…
これ一歩間違えれば大惨事じゃ済まされないですよね
そこまで考えるのは野暮って物ですけど(笑

そういえば、幼少期にディスカバリーでミルクもらえますが
青年期にこれ持ち越すんでしょうか?
そうなら…リアル7年前の牛乳が爆誕(やめろ

お読みいただきありがとうございました!
(2010/4/18)
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