――なぜ、どうしてこんなことに

ヒューバートは考えずにいられなかった、どうしてこうなったというのだ、この状況は何だというのだろう
傍らには兄がじーっと成り行きを、自分を見守っている
いや、『自分を』というのは語弊がある、正しくは『自分達を』だろう
どちらにせよ、その視線には耐えがたい物がある、体が自由ならば今すぐにでも拒止したい所だが
生憎とその前提条件を満たしていない、つまり体の自由が利かないのだ
なぜ体の自由が利かないのか、それは進行形で自分の上に乗っかっている不逞な輩がいるからに他ならない
しかも場所も場所だ、よりにもよってこんなところで、兄だけでなく周りの視線も痛すぎる、恥晒しもいいところだ、だから

「…とにかく退いて頂けませんか、パスカルさん」

自分の背に乗っかる女性に暗欝としながらも、今できる精一杯の力を込めて訴えるのだった




旅の途中でラントへ寄る事にした

目的は羽休めだが、ラントへ行く発端となったのはシェリアの家にあるピアノの件だ
なんでも調子が良くなかったらしく、直すにあたって必要なものがあるとの事で
海辺の洞窟を探したところ無事にその道具を発見
どうせもう近くに来たのだから、と足をそのまま伸ばしてラントで休息を取る事にしたのだ
旅の最中、思わぬ危険に晒される可能性は高いと言えるだろう
そしてそんな場面に遭遇した際に疲労が溜まっていたりすれば非常事態になりかねない
その疲労が僅かであろうとも、それが小さなミスに繋がったりなどの影響を与えないとは言い切る事はできない
故に休息を取れる機会に恵まれたら、よほど急ぎでもない限りは休むのが定番となっていた
事実、旅人の中ではほんの少しのミスで命を落とす者も少なくはないのだ

ラントの屋敷へと足を一度運んですぐにシェリアはピアノを直しに自宅へと急いで行った
案の定すぐに直ったらしく、今日はラントで過ごすという方針を固めたのもあり
シェリアはしばし思い出の詰まったそのピアノを久々に弾いているようだ
ソフィも新しく花の種を見つけた事を思い出したとかでシェリアの家へと赴いている
シェリアの家の前に存在する花壇にその花の種を植えるためである
もうずっと使われてなかったその花壇にソフィの手によって新たな命が無事芽吹いたようで
様子を見にラントへ訪れる度に新しい花が咲き乱れ、
花壇が見違えるように華やかになった事にシェリアはいつも嬉しそうにしていたものである
今回も二人して喜んでいるのだろう、絵面を想像するのはそう難くない

たまに帰る故郷、という事でアスベルはラント内を散歩をしていた、傍らにはヒューバートもいる
折角の機会なのだし、姓は変わっているものの同じくラントを故郷とする弟に
どうせなら一緒に行かないかと誘った所、仕方ありませんね、と渋々と言った様子で承諾してくれたのだ
でもその様子はあくまで表面上の話で、内心では懐古の情が湧いている事をなんとなくアスベルは読みとっていた
ラントを訪れてから、それとなく弟を注視すると結構な確率でラントの街を見回しているのが見て取れた
今こうして街中を歩いている時もヒューバートの視線は一点に定まってはいない
7年の歳月というブランクが空いてしまったが、やはり根底はヒューバートのままなのだろう
もっともそれを指定すれば、思い過ごしです、とか言って
軽く突っぱねられるのは目に見えているので、その様子に頬を緩める程度に留めていた、が

「…さっきから何を気味悪く一人で笑ってるんですか」
「え、あ、いや…何でもない」

なんだかんだで血を分けた弟にとっては、それすら察する事は造作もなかった事らしい
怪訝な様子でジロリと横目で見やられ、咄嗟の事で下手な濁し方をしてしまった事に少し冷や汗ものだったが、
特にそれ以降深く突っ込まれる事はなかった
仕草に出さずに胸を撫で下ろして、なおも歩を進める
表に出そうものなら、また突っ込まれそうだと懸念する姿には兄の威厳など欠片も見られない
だが幸にもその思考に突っ込む者は今ここには誰としていなかった

屋敷から歩き出してそう間もなく、広場へとついた
静かでいて、確かに聞こえるラントの人々の喧騒
すぐそこにある橋の下を流れる川のせせらぎ
耳を良く済ますとシェリアの家から済んだ音色も聞こえてくる
あれからソフィの姿が見えない事を考えるとおそらくシェリアの演奏を傍らで聴いているのだろう
視線を一瞬だけシェリアの家へと向けた後、ふと横を見ると傍らには大きな風車

――風車か

子供の頃に見た時と寸分違わぬ佇まいの風車、通称「守護風伯」
ラントでは粉を挽いたりするのに使われており、ラントの民にとって生活上欠かせぬものとなっている
あれから随分成長した自分の体、広場はあの時に比べて狭く感じたが
この風車の堂々たる姿は成長した今でも過去と変わらぬ感覚を覚えさせる
知らぬ間に目を奪われたアスベルにやや遅れる形でヒューバートもそれに倣った
懐旧の情を現在進行形で湧き出たせる二人を周囲の人々はそっと見守る
このまましばし穏やかな時間が続くかと思われた、が

「うりゃー!!」
「うわああ!?」

ドッシーン、やらドッカーン、やら擬音にするとしたら
そんな強烈な表現が相応しい突進をパスカルがヒューバートに背後から不意打ちの如くかます事により、
その場の雰囲気が亀裂が入る間もなく木っ端微塵に粉砕されたのだった
アスベルの「ああ、ヒューバート!」という声をかろうじて残ってる五感の内の聴覚で微かに聞きとりつつ
ヒューバートは重力に従い地面へと自身が向かっていくのを感じ取っていた

人は石に躓いて転びそうになった時などで倒れそうになった際
時間がスローに感じられ、その間に結構色々な事を考えるらしい
ヒューバートも例外ではなかったらしく、迫りくる地面を前に今するべき事は何かを意外と冷静に考えられた
そしてその結論は――

バンッ!!

――とにかく受け身を取る事だった
両腕で思い切り地面を叩き体を支える、
両腕が当然の如くやや痺れ、次いで徐々に熱を持ち始めたが全身を打つよりは遥かにマシである
そして今もなおヒューバートの背にかかる人一人分の重み、耐えるようにぐっと更に腕に力を込めた

「…」

アスベルが突然の事にどうしたものか考えあぐねている最中、姿勢はそのままにヒューバートは少しずつ体を震わす
別に自分にかかっている重みに耐えかねてるから震えてるわけではない
理由はもちろん、沸々と湧いてきた怒りに他ならない、それ以外に何があるというのだ

「…パスカルさん」

負の感情をふんだんに滲ませ、依然として体を震わせつつ
地面を通り抜け、いっそ星の核(ラスタリア)まで落ちていくのではと思えるほどの低声を発した
横でアスベルが少し跳び上がったが、そんな些細な事を感じ取れる余裕は今のヒューバートにはない
怒りのボルテージの上昇速度が留まることなく加速し、すでに寸刻前にあった冷静さなど怒りの一部と化している

「どったの〜?」

だというのにヒューバートの怒りの矛先は自分のしでかした悪行を欠片程にも悪びれてない能天気な声
それはすでに火が付いている爆弾の導火線をわざわざ短く切って再度着火するような態度と同等である事は言うまでもなく

「――なにやってんですか、あなたはあああ!!!」

それこそ大爆発という表現が似つかわしいほどの激昂を持ってして
ヒューバートは今度はラントの上空に響き渡る怒声を発したのだった

「うわあ!? どうしたの、弟くん?」

――人に体当たりかましといてこれですか…!

大声を出したことでやや怒りを削げ落とす事が出来たものの、
依然として怒り心頭に発したままのヒューバートには変わらず自分の悪行を全く理解していないパスカルにより
折角削ぐ事が出来た怒りが急ピッチで補充されていく

「どうしたじゃありません!! いきなり体当たりされたら誰でも怒るでしょう普通!」
「え、あれ? 弟くん怒ってるの?」
「当たり前です!!」

伏せていた顔を上げて、ぐりんっと音がしそうな勢いで振りかえり、背に乗り上げたままのパスカルを睨む
パスカルはというと状況が理解できないといった風にやや困惑した表情を見せている
その様相に少しだけヒューバートの頭が冷えた、依然として怒りは収まらないが

「なんですか、あなたは…まさかこんなことをして僕が喜ぶとでも思ったんですか?」
「うん」
「…あなたという人は…!」

前々から常識から少し外れた人だとは思っていた、
だがいくらなんでもいきなり他人に体当たりかます行為が
人を喜ばせる行為だと認識する思考回路は一片たりとも、いや毛先ほどにも理解に及ばない
怒り余って本気で頭を抱えそうになった、が

「だって教官に『ヒューバートに体当たりしてやると泣いて喜ぶぞ』とか言われたから」

――今すぐにでも殴りに行きたい

瞬時に怒りのベクトル先はパスカルから逸れ、今この場にはいないパーティ内の最年長者へと向けられる
とりあえず後でシメあげる事を頭の中の記憶領域に最重要にして最優先項目として濃く刻み込んでおいた
どうにもあの教官はソフィに妙な知識を植えつけたりなど
色々とヒューバートの頭を悩ませる事が数えるのも面倒なぐらいにあった

「…退いてください」

ところで先ほど述べたようにパスカルに一点集中砲火で怒りを浴びせていたが、大部分が教官へと逸れた
だがパスカルに対しての怒りが収束したわけではない
大体信じる方も信じる方なのだ、原因は別の人物であれど疑いもせず実行したのは非常に頂けない
故に説教の一つでもしてやろうと思った、だが上に乗っかられたまま説教など絵的に不自然すぎる
退いたら適当な所に正座でもさせてやろうと思ったのだが

「ん〜なんか退きたくないなあ〜」
「は?」

――今なんと言った?

退きたくない、要するに自分の要求を突っぱねたという事だ
折角下火になったパスカルへの怒気がまたしても湧いてきた、あまりの理不尽さにとうとう実力行使に出ようと思ったが

「弟くん、暖かいんだよね〜なんか心地いいな〜」
「――!? ちょ、何してるんですか!」

あろうことか、そのまま乗っかっていたパスカルが更に身を寄せてきた
はう〜、とか気の抜けそうな声と共にその行動は続行される
予期せぬ事態に頭が真っ白に、顔は赤くなりそうだったが、かろうじて視界の端に映った第三者、兄の存在を思い出す
今ここでは兄の存在は打開策になるかもしれないと理由も何もなしに称してその糸口に飛びつこうとした

「に、兄さん、なんとかしてくださ…何してるんですか」

いつのまにやら兄は2歩分ぐらい離れた所で屈みこんでヒューバートとパスカルを遠巻きに見ていた
あまりの不自然な行動の理由が全くわからず、今の状況を思わず忘れ、兄への猜疑心に満たされた
弟の呼びかけに寸刻遅れて応じるようにアスベルは片手だけ上げて

「ああ、俺の事は気にしなくていいからな」

とうとうヒューバートの頭が凍りつきそうになった、
当の本人からは気にするな、と要約すれば我関せずの第三者ポジションでいると明言されたのだ

「ちょ、何を言って」
「この前、未踏の砂漠に依頼で荷物を探しに行っただろ?」

急を要するヒューバートもなんのそので唐突に語られる過去の話
はあ、ととりあえず曖昧な返事をしたが、その返事の有無に関わらず兄の話は続くようだった

「んで、パスカルが急に走り出して、ヒューバートはそれを追っていっただろ」
「…そうですね、それが何か」

まだ記憶としては新しい、思い出すのは造作もない事だった
あの時確か勝手に単独行動をしたパスカルに対して
敵がまだいるかもしれないのに警戒心が薄いと内心で叱咤しつつ、仕方がないのですぐに追いかけた記憶がある

「その時、取り残された俺がさ『意外と二人仲がいいな』って呟いたのを、俺と同じように取り残された教官がそれを聞いてて」

この状況を生み出した張本人の代名詞が出てきた事にヒューバートは眉を潜めた
だが話をここで切らせる訳にもいかず傍聴体制を貫く

「俺の言った『意外と』っていう部分がそうでもないらしくてさ、その後『良く二人を見てみろ』って教官に言われた」

――何を兄さんに吹き込んでるんですかあの人は…!!

教官への怒りに倍率補正をかけつつ、今ここにいない忌々しい人物の姿を脳裏に浮かべる
もしこの状況をどこかで見ているのだとしたらまず間違いなくほくそ笑んでいるだろうという判断を下して

「教官の言葉の真意を俺は掴みたいんだ、だからとりあえず見守ってみようかと」

――そしてなんであの出鱈目教官の言葉全面的に信用して受け止めてしまうんですかあなたは!

どうにもあの教官の狂言はこの兄にも通用する事があるらしく、その部分でもヒューバートは頭を痛めていた
兄は本当に素直だ、ヒューバートにとっては過去に捨て去ったもので、そのまっさらな心が時折眩しく見える事もある
一時は家族に捨てられたのだ、という憎しみをぶつけるような真似までしたというのに
それでも欠け値なしに自分の事を大切な弟だ、とはっきりと述べた、アスベルが
本当に甘いですね、とヒューバートは心中で冷評するも、
それが兄なのだ、と自分と違い、7年歳月を経ても全く変わらなかった不変の心を密かに羨ましく思った
だが、それがこういう非常に不要で余計な場面で発揮されると後者の評価は取り消したくなる

先ほどの言葉を最後にそのままその場に居座り続けるアスベルに居心地の悪さを感じながらも
確か今現在そこのシェリアの家にもシェリアやソフィがいる事を妙に冷静な頭の端で思い出した
ここは広場で、シェリアの家から出てきた際、まず広場が目に入ってしまう
そうだとすれば、あの二人が出てきた際にパスカルに乗っかられている現場を見られるのは不可避と言えるだろう
特にシェリアの存在が怖い、彼女は他人の恋愛に関して非常に強い興味を示す
仮にこんな所を見られては後が非常に怖すぎる
そこまで考えてヒューバートは血の引く感覚を覚えた、何が何でもその事態だけは回避したい

「パ、パスカルさん! とにかく退いてください!」
「ん〜あと5分〜…」
「何寝ぼけてる人のお約束的な台詞を吐いてるんですか!、というかあなた寝てたんですか!?」
「じゃあ10分…」
「なんで期限が延びるんですか!!」

そういえばさっきからやけに静かだったと思い起こしながら自分の上からの退去を強く願う
声だけでなく体を少し揺り動かしながら全身全霊全力で訴えるも、光は見えてこない

「うん、やっぱり仲が良いんだな二人とも」
「なんでそうなるんですか!?」

微笑ましくそう感想を述べるアスベルに律儀に突っ込みを飛ばしつつ
ヒューバートは今日、いや今後分の労力をも費やして
涙ぐましい努力を重ねに重ねる羽目となった

結局の所なんとかシェリアに目撃されるという事態にはならなかったようだが
当事者のパスカルはもちろん、アスベルやラントの民達といった目撃者多数といった所から
なんとか解放されたヒューバートが一人一人に口止めして回ったのは言うまでもない



しかしラント内では随一の知名度を誇るアスベル、ヒューバートのラント兄弟のこの珍妙な騒動は
ラントの民にとっては非常に興味を惹くものとなるのは自然の成り行きと言えるだろう

彼らがまた旅へと去った後
案の定、しばらくラント内ではこの話題が持ちきりとなったのは言うまでもない













あとがき

教官暴走話(おい
いや、平気でこういう事やりそうだなーって、
そんな印象があったもので、私の中の教官のイメージはこんな感じ

ヒュパスというより単なるギャグ話になった気もしますが
まあ、気にしない(おい

お読みいただきありがとうございました!
(2010/10/10)
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