太陽がまだまだ明るい、一日の内の昼間の事
ユ・リベルテの宿内、エントランスの奥に設けられた憩いの場
そこに並べられたテーブルの一つを女性陣が占領していた

ユ・リベルテを訪れた理由は依頼の関係である
その依頼は大統領直属のもので
今現在ヒューバートはその報告の旨を伝えに大統領の元を訪れている
なにやらアスベルと教官もそれに付き添った様で、
残った女性陣は宿で先に休息を取る事にした
どうせだから、と今日はここに滞在する予定にしたのである
そんなわけで、女性陣は一足先にこうしてテーブルを囲み、
積み重なった旅の疲れの癒しを兼ねての自由行動とさせてもらった

宿に設置してある室用の冷却装置の恩恵か
非常に居心地がよく、快適な空間と清涼感溢れる空気を形成していた
そんな空気を一際居心地良く思わせるのは比較対象があるからだろう
そしてその比較対象は言わずもがな、宿の外――外界
一歩宿の外に出れば、途端に刺すような日差しが襲い
街中はまだ水の原素(エレス)が満ちているため、マシといえるが
ストラタ大砂漠は容赦の欠片もない日差しはもちろんの事
灼熱の空気がそこに足を踏み入れた者を熱烈に歓迎する、ついでに魔物も
砂漠に縁のない者にはとてもたまったものではない、その環境が際立たせるのだ

アスベル達もヒューバートの帰還命令を取り消すための親書を届けに
初めてストラタ大砂漠へと足を踏み入れた時はその熱気に辟易したものである
中でもパスカルは暑いのが本当に駄目なようで、
いつでも活発な彼女が言葉を発する事もままならない状態まで陥れられた事がある

さて、そんなパスカルからしてみれば地獄以外の何物でもない空間から隔離された
この空間ではいつもの元気に溢れた笑顔を振りまいている
実は宿に入った直後、すでに、なんというか死人の目に近い感じだったので
シェリアは人知れず心配な所もあったが、
その憂慮は杞憂のものとなった事に安心し注文した飲み物の入ったグラスを手に取る

グラスの中にはアイスグミジュースと呼ばれる飲料が数個の氷と共に
室内の冷却装置と競うように、ひんやりとした心地よい空気を生み出していた
少し傾けるとカラン、と中の氷同士が冷却感を伴った響きを仲良く生み出す
持ち上げるために触れたグラスもひんやりしていて心地いい、
だがあまりその感覚に浸っていると触れている手の熱が過剰なほど奪われるのも事実
シェリアが触れた手から伝わる感覚に思わず酔いしれていると、手が少しばかり苦痛を訴え始めたので
少しだけグラスの中の液体を口に運んでから、やや急いでテーブルに再びグラスを置いた
離した手の平が少しヒリヒリして暑く感じる、でもその手で腕に触れてみると手は確かに冷たい
矛盾した自分の感覚と小さな失態に、ほんのちょっとだけ苦笑いを零す

ソフィとパスカルも同じものを注文している
だがパスカルのグラスはソフィやシェリアの物と比べると明らかに中の水位が低い
思い起こせば、届いた時に我先にと一気に己に流し込んでいた気がする

――そういえば『生き返る〜!』とか言ってたわね

パスカルにとってはまさしく救われた気持ちだったのだろう
グラスから口を離した時の第一声が先ほどの言葉である
でも大袈裟だとは思わない、実際シェリア自身もそのような事を思ったのだから
声に出したかそうでないか、そこにしか違いはなかったのだ

パスカルがまたグラスを手にとる、シェリアも倣うように同じ事をする
だが行動が一致したのはここまでとなった
シェリアは今度は手にとってすぐにグラスの中の液体を口に運び始めたのに対し
パスカルはグラスを手にしたままある一点を見つめている
視線の向く先が気になり、グラスに口付けたまま同じ方向へと目を向けるシェリア
ソフィもパスカルの視線に気付いたのかその視線の先を追う

偶発的に女性陣の視線を集めたのは、高めの位置に取り付けられた窓
そして窓越しに見える、狭いけど確かな世界の一部

そこには蒼が――空の色が占めていた

だが、それだけである、本当に、それだけ
この灼熱を助長する気かと言わんばかりに雲一つない今日の空
十数秒ほど見つめていたが、何も変化がない
感想を述べろと言われても「良い天気ね」としか言いようがない
時が止まったような切り取られた世界をただ、凝視し続ける事数刻

「パスカル、どうしたの?」

ついにソフィがパスカルを見ながら問いかけた、シェリアは目の前の二人に視線を戻す
パスカルは依然として窓を見たままだ、あの窓に一体何があるというのか

「ん? んとね〜…」

知らずシェリアは身構える、パスカルが窓に――いや、外の景色に目を奪われた理由
今それが本人の口から明かされようとしている
いつのまにか心の中でその理由が知りたい、と強く望んだ故の行動だった
そして、その理由が今、明かされる――

「弟くんがよく見えるな〜って思ってさ」

――はい?

唐突に紡がれた意味不明な言動は
冷たいグラスをさっきから掴んだままのシェリアの手の
「痛いから早く離せ」という訴えを明後日の方向へ全力でぶっ飛ばした




ソフィもパスカルの言動の意味するところを掴みあぐねてるらしく小首を傾げて思案に陥っているようだ
そして、シェリアはというと仕草以外はソフィと同じ事をしながら完全に硬直していた
どのぐらい完全かというと、それはシェリアの掲げたグラスの中、アイスグミジュースが語る
決して揺れもせず、水位は地面とほぼ完全に平行を保っている
そんな彫像と良い勝負が出来そうな程の硬直の完成ぶりを褒めるかのように
中の氷がまたカラン、と音を立てたが悲しい事にその賛美は本人に届かないようだ

――ヒューバートが、よく見える?

『弟くん』という代名詞を固有名詞に置換し、シェリアは言葉を反芻する
だが言葉の真意を汲み取ろうとすればするほど
手の隙間から水が零れ流れるようにその姿を掴む事は叶わなくなる
もう一度、窓から外を見る
先ほどと変わらない雲の装飾など完全に忘れた青空が広がっている
幼馴染の姿など、そこには映らない、映るわけがない

「パスカル…ヒューバートは、飛べないわよ…?」

たどたどしい口調になってしまったのは、パスカルの発言に思考回路を疑問符一色で塗り潰されたからだ
当たり前の事だが人は独力で飛べない、それは自然の摂理
仮にヒューバートがユ・リベルテの空を自由に滑空するなどと
天地の定めを蔑ろにする奇奇怪怪極まりない能力を身につけていようものなら腰を抜かす事は必須
そして7年の歳月は人を変えるのに十分かつ残酷な年月なのだと、更に実感する、確実に
それとも…自分の預かり知らぬ所でヒューバートは人知を超えた力を身につけたというのだろうか
だんだん発想が突拍子もない方向へ走りそうになるシェリアの思考
それを止めたのはそうなりそうになった張本人だった

「え、わかってるよ?」

――いや当然と言わんばかりの返答をよこされましても

ただし幾分か理不尽さが目立つ制止をもってして、だった
手が自由にあるならビシッと突っ込みをいれたくなっていた
そこまで考えてようやくグラスを掲げたままだと気付き、一旦グラスを置き
もうすでに痛みすらも感じなくなっていた手を少しだけ擦り合わせた

「…わかってるわよ、そうじゃなくて」
「うんうん、何〜?」

言葉では「わかってる」と言ったが万が一、億が一にも
そういう可能性を考慮した自分がいる事実からその発言は虚偽となるが
これ以上頭で考えるべき事柄を増やしたくない一心から気付かぬふりを決め込む
そしてパスカルはというと自分が理解不能一色で構成された言葉を発した自覚は露ほどにもないらしい
持ち前の天然さが十二分に発揮されているパスカルにシェリアは軽い頭痛を覚えたがめげずに言葉の真意を探る
この頭痛は冷たい物を飲んだからだ、と無理矢理自己暗示をかけて

「空がヒューバートってどういう事なの?」
「ああ、そういうことか〜」

正直この段階で精神的な疲労感が両肩にズッシリと圧し掛かっているような気もするが
それ以上に、パスカルの例えが気になった
時として冷たい雨に晒したり、八つ当たりともとれる雷を落としてくれる事もあるが
今パスカルが見ていた空は蒼天、と称するに相応しい空で負のイメージは浮かびにくい
…炎天下では日差しから全く守ってくれない事にも繋がりもするが
気のせいでなければ窓を見上げていたパスカルは少し微笑んでた、
そこから考えるとおそらく良いイメージであると思われる

それに、シェリアはヒューバートがパスカルに対して特別な感情を抱きつつあるのを察していた

アンマルチアの里前でパスカルに助けられてからというもの
明らかにヒューバートのパスカルへの態度が軟化していた
出会った当初はパスカルに対する不信感を隠そうともしていなかったヒューバートに
内心気が気でなかったシェリアにとってそれは嬉しいものでもあり、
非常に、それはもう強く関心を覚える変化だった、色恋沙汰には聡いと自負している、己だからこそ
知らず胸を占める者が期待へとすり替わるシェリア、
パスカルは残り少しとなっていたグラスの中の液体を飲み干して口を開いた

「弟くんの目や髪の色ってさ、空とそっくりじゃん?」

確認を取るかのような口調で問われ、シェリアは幼馴染の姿を思い返す
まだまだ幼かった昔と成長した今、両方の姿を咄嗟に浮かべる

「…そうね、言われてみれば」

なるほど、というように納得がいった
母方譲りなのだろう、兄とは違う少し色素の薄い青の髪と瞳
それらを空の色、というのは言い得て妙だ

「だから弟くんの事を空って言ったんだ」
「…え、それだけ?」
「うん、そだよ?」

要するに外見から連想しただけと、そういう事だ
至極単純な理由に思わず落胆するが、考えてみればパスカルに色恋沙汰というのが、まず想像がつかない
とにかく天然で自由奔放、あっけらかんとした性格も手伝ってかその印象が更に薄まる
期待をするだけ損だったのかもしれないと豪快に空回りした自身の心中を虚しさが占める、
だが続いて紡がれた言葉にその虚無感はどこかへ消え去った

「綺麗な色だよね〜」
「…え、ヒューバートの髪とか、目の色が?」
「うんうん」

知らず聞き返してしまった、主語は欠落してたが話の流れからしてその想像はつく
でも確認を取りたい、その思いで欠けた言葉のピースが正しいか確かめた、そしてそれは正しかった

「なんかさ、青空って見てて明るい気持ちになれるじゃん、空の色って好きだな〜あたし」
「――そう」

パスカルにしてみれば些細な賛美かもしれない
でもヒューバートのイメージカラーが空で、その色が好きだ、とパスカルが述べたのは事実

――パスカルがヒューバートをどう見てるかはよくわからないけれど

まだ半分ぐらい残っているアイスグミジュースを喉に少しずつ流しこむ
シェリアの視界にはいつもの明るい笑顔のパスカル、
だが視線は宿の出入り口に向いている、その様子には心なしか、誰かを待ちわびている様が見て取れて

――期待はしてもいいんじゃないかしら?

まだまだ先の見えない二人の行く末、現在はそれを窺い知ることはできない
未来を見通す力なんて誰にもないのだから
だがシェリアにはその先には少なくとも光が指しているように思えた
まあこれはあくまで予感であり、この先どうなるかは当人達次第だが
心の中でそっと応援する楽しさは当人達以外の人の特権
これからが楽しみだ、とこっそり抱懐しながら一気にグラスの中のものを飲みきった
いつのまにやらソフィはすでに飲みきっていたようだ
自分とパスカルが話しこんでいる間傍聴体制を貫いていたソフィは黙々と飲んでいたのだろう
それと同時に宿の出入り口の扉が開く音がした、その音に反応して視線を向けると
話題の人物を先頭に男性陣が宿へと帰ってきた
他の仲間が帰ってきたので近くに居た店員に男性陣の分のアイスグミジュースをシェリアが追加注文していると

「おっかえり〜…?」

即刻パスカルがその場で立ちあがり手を振りながら自分達のいる場所を教えようとしたが
その言葉が段々尻すぼみになっていく、そして徐々に目を丸くしていく
パスカルの様子に疑問を抱きシェリアとソフィも席を立って男性陣に視線を向け、そして硬直した

――何、あれ?

咄嗟に言葉にならず心中のみでの呟きとなってしまったシェリア
ヒューバートの手には二対の魚から構成された珍妙なオブジェがその姿を晒していた
そしてその持ち主は言葉にするのも難しいぐらいのかなり複雑そうな面持ち
アスベルと教官はと言うと笑いを堪えるように口に片手を当てながら横を向いている
その様子を見て笑いが移ったようにシェリアも少しだけ肩をふるわせ始める
ソフィに至ってはまた小首を傾げている、そしてパスカルはというと

「わー何それ見せて〜!!」

途端に好奇心に目を輝かせながらヒューバートへ急接近しその手から珍妙なオブジェを奪い取った

「ちょ、パスカルさん甚だ不本意なんですが返してください!」
「お〜面白ーい!!」

途端に騒がしくなる宿内、一行にとってはいつもの日常
取り返したくもない物を取り返そうとするヒューバートと
それを阻止しようとするパスカルの攻防が突如として繰り広げられる
微笑ましい攻防戦を前にとうとう堪え切れなくなりシェリアは笑い始めてしまった
二人の戦いが続く間も二対の魚はパスカルの手に握られている事により踊りまわる

――いつ止めに入るべきかしら

宿に迷惑だから止めなければと思うと同時に
この二人の攻防戦をもう少し見ていたいという気持ちがせめぎ合う、だから

もう少しで注文した物が届くだろう、それまでは――





二人の攻防までも鎮静させる役目も追ったそれが届くまで




あと、もう少し

















あとがき

地味に執筆期間がえらい事になった話
合間合間にちびちびと書いていたので
2週間はかかりました、わお(何
そして相変わらず糖度低い、
今回更にそれに拍車かかった気がします

ヒューバートの持っていた物は「秋ブレード魚」です
どう考えてもサンm(略

しかし大統領はどこでこんなものを入手したんでしょう、ある意味謎なお方
完全に罰という名の遊びになっている辺り面白いお方でもありますね(笑

しかしアイスグミジュースも気になります
ジュースというので液体を想像したんですが、実際どうなんでしょう
グミっていうぐらいだからゲル状でゼリーみたいだったりするんでしょうか?

どちらにせよ美味しそう、実際にあったら飲んでみたいです、是非とも!

お読みいただきありがとうございました!
(2010/8/1)
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