唐突であるのは百も承知だ
そしてこんな事を心中で呟いても
状況はなんら変わらない事も十分に理解している

だが、それを理解した上で、あえて言わせてほしい
突如として置かれた自分の状況を理解するためにも
自分の頭を本当に僅かでもいいから鎮静するためにも
一秒でもいい、別の事に頭を働かせたい
まだ別の事を考えてる余裕があるのだという事を実感したいがために


だから、言わせてもらう


――誰か、助けてくれませんか


それはいつだったかソフィの質問に対する返答に対して
対応に困り果てた時の自分の言葉と寸分違わず同じ言葉
だが置かれている状況はその時よりも現在の方が遥かに悪い

自分の膝を遠慮の欠片もなく枕代わりにしている
特徴的な白と赤のコントラストの髪の持ち主

自分の膝にかかる重みは、確かに現実であった




「…」

直視したくない現実のはずなのにヒューバートの視線は自分の膝元に固定される
いや、現実として認めたくないからこその行動なのだろう
自分の見ている光景が幻ではないかと、あるいは夢でも見ているのだろうと
だが先にも述べたように膝にかかる重みは確かにその存在が真実である事を如実に語っている
いくらこれは事実ではない、夢だ、幻だ、と自分に暗示をかけようとするも
実際の自分の感覚がそれを妨害する、現実を見ろと、非常に大きなお世話である
だが自分の感覚に対していくら不平を並べ立てようが、訴えは止まない

それどころか

「ん〜…むにゅ…」

だんだん意識が覚醒してしまい、それに伴い五感が働き始め
ついに自分の耳が彼女の寝息等を聞き取り脳に伝達し始める
本当に、いらない事をしてくれる
ただでさえ、頭の中が混乱まで一歩手前、いや半歩もないぐらいだというのに

かろうじてそんな涙ぐましい抵抗の支えとなっているのが
7年間培ってきた軍人としての矜持
幼少時の甘さを捨て去り、厳しさで雁字搦めにして鍛え上げてきた精神が
この程度で破綻しては立つ瀬がない
そしてもう一つ救いになっているのが
現在進行形で熟睡中のパスカルが向こうを向いていてその表情が伺えない事だ
どうせ涎でも垂らしながらだらしなく寝ているのだろう、と思っているが
直視する勇気は露ほどにもない

だが、まず第一に

――状況が、悪すぎる…!

何しろ場所が場所なのだ
今ここに自分達しか存在しえないならまだ良いが
ここは街中のベンチで公共の場、つまり人々の往来がある
通りがかった者の大半は好奇の視線をまず送ってくる、
しかも場合によっては含みのある笑みを返される事も多々
目が覚めた時からパスカルを直視するだけの度胸はなく
定まらない視線が向く先はというと、人の往来などに向けるしか術はなくなるので
この統計はおそらく間違ってはいない、全くと言っていいほど何の役にも立たないデータだが

その視線一つ一つに対して律儀に「そんな間柄ではない」と目線だけで訴えるが
見知らぬ一般人にそれが通じるかと言われればその可能性はほぼ皆無だろう
その結論に行きつくまでにそう時間はかからず
ほどなくしてヒューバートは力無く必死の抗議を中断した
おそらく再開する目処はたたない

視線をあちこちに泳がせながらも頭では
状況の整理をするために頼りなげだがゆるやかに回転を始めているようだ
先ほどから一応物事を考える頭にはなっている、冷静になっているかはさておき
そこでようやく、どうしてこんな事態になっているのかと考える、だが
なんでこんな事態になっているのかと問われても逆にこちらが聞きたい、
何故こうなっているのかと声を大と言わず特大にして問いかけたくなる、誰でもいいから

それでも説明を要求するというならば、説明しよう
ちょっとベンチに座ってたら転寝をしてしまい、起きたらこうなっていたのだ、以上
説明になっていないと言われようがこれが自分の知る全て
嘘も偽りも微塵もない、全くの真実だ、そもそも偽りを並べても得など一切ない

空を仰ぐと睡魔に身を任せる前に確認した太陽と今の太陽との位置の差は微々たるもの
そこから導きだして考えるとそう時間は経っていないはずである
故に自分の転寝がおそらく短時間のものだと推測するが
その短い間に仲間達に目撃されていないか懸念する
もしこんな光景など目撃されていようものなら、
今すぐにでも特大級の穴を掘って引き籠る、自分の中の羞恥心が消えて無くなるまで

「よう、ヒューバート」

そんな最中自分の左肩にポンッと軽く置かれる手、
非常に聞き覚えのある声が背後から襲いかかった

――ありえない、まだ夢の中だ、そうに違いない、そうだ、これは幻聴なのだ
今考え付く中で最悪の人物に背後から声をかけられてなどいるはずがない
冷静になれ、ヒューバート・オズウェル!

頭はこれだけの自己防衛論を述べるだけの超回転を成し遂げているというのに
その精神面は異常ともいえるほどの混乱をきたしており、全身に嫌な汗が滲む
恐る恐る自分の左肩に視線を向けると黒いグローブをした右手をその視界に捉えた
それを確認すると同時に発汗量が2、3倍に倍化したような錯覚を覚える
擬音として表現するならギギギッという感じでヒューバートはそのまま左肩越しに背後を振り返ると

いっそ憎たらしくなるぐらいに面白そうな表情を浮かべている教官の姿がそこにあった

「〜〜〜!!?」

声にならぬ叫びを上げるヒューバート、
ついにかろうじて混乱の手前で踏みとどまっていた精神はあっけなく白旗を振ったのだった

「どうした、声になってないぞ」

顎にもう片方の手をあてがい、それすらも面白そうに見物する教官
だが傍目から見れば大笑いするのを無理に抑え込んでいる表情なのは見て取れる
何しろ肩は若干震えているし顔が完全にひくついているのだ
旅仲間という間柄ならわかって当然の様相は
混乱の極みを達したヒューバートには微塵にも感じ取る事は叶わず

「な、なんであなたがここにいるんですか」

何か反論を、とやっとの思いで掘り出した言葉を絞り出すので精一杯だった
ヒューバートの左肩に置いた手をどけ、その場に屈み
ベンチの背もたれ部分の上に両腕を組んだ状態で乗せて、マリクは律儀に答える

「俗に言う散歩というやつだ」

宿にそのまま引き籠っててください、と心中で呟き
ヒューバートは己を鎮めるために溜息を一つつき、憮然としたように腕を組む
再び顔を前に向けて目を閉じながら

「…でしたら、とっとと継続してはいかがですか、ここに立ち止まってないで」

指で自分の腕を忌々しげに叩きながらそう推奨する、だが立ち去る気配は見せない
それどころかまだ会話を続けて楽しんでやると
意思表示をするかのようにヒューバートを煽るような返答をよこす

「面白そうな光景を目の当たりにしたら、そりゃ立ち止まるものだろう?」
「どこが面白そうなんですか」
「全部だな」
「真顔で言わないでください」

振り返らずともわかる、今頃憎たらしい程の真面目顔をしているに違いない、声色からも判別できる
言葉のキャッチボールをする度に、ヒューバートの怒りのボルテージが上がっていくのは決して気のせいではない
いつのまにか組んでいたはずの腕は解かれており、右手が握り拳を形成し
これ以上余計な事を言おうものなら、内に込められた怒りの感情が爆発するぞと訴える
そんな彼の心情を察したかは定かではないが、ベンチの背もたれ部分に手をかけて
マリクが再び立ちあがり、半歩分程の距離を取る
最もヒューバートの怒りに触れるぐらいで怯む様な精神の持ち主でないため
心情を察したと仮定したとしても恐れはまず抱かないだろうが

「まあ、これ以上邪魔するのも悪いからな、そろそろ行くとするか」
「ええ、そうしてください、そのまま世界の果てまで行っても構いませんよ」

嫌味感をふんだんに醸し出しつつ辛辣に返すヒューバート、だが

「なんだ、邪魔だったという事は否定しないんだな」
「なっ…」

音速ともいえる速さで再び背後を振り返るヒューバート
動揺に満ちた表情についに耐えきれず笑い始める教官

「ぶっくく…」
「あなたという人は…」

今すぐにでも立ちあがり双剣の錆にしてやりたい衝動に駆られるも
行動が制約されてる以上それは叶わない
ゆえにその意思を込めた事により殺気に満ちた視線を
集中砲火のごとく容赦なく浴びせるも
やはりどこ吹く風というように飄々としてる教官にヒューバートの怒りは更に募る
だがそんな臨界点をとっくにぶっちぎったはずの怒気は
次に紡がれた教官の言葉でどこかへ吹っ飛ぶ

「先ほどから大声を出さないのはパスカルのためなのだろう?」

――今、何と言った?

「…何を、言って」
「いつものお前なら遠慮なく大声で俺を怒鳴りつけてるはずだ、それをしないという事はそういう事じゃないのか?」
「そんなわけないでしょう」
「ではお前は何故、パスカルを起こさない?」
「…それ、は」

言われてみればその通りだ、そもそもの騒ぎの張本人はパスカルで、
彼女を叩き起こしてしまえばそれで済む話のはずなのだ
だがこれまでの自分の思考を思い返すと彼女を起こすという選択肢が出た覚えがない
まさか自分は、いや、そんなはずは、ない

「思いつかなかったのか?」
「…ええ、そうですね、そうです、思いつかなかっただけです」

そうだ、あの時は頭が混乱していた、だからこんな簡単な事も思いつかなかっただけだ
そう結論付けようとし、目の前にぶらさがった解決の糸口、教官の言葉を掴み取ろうとする
だが、その糸口を提示したはずの教官の次の言葉がその糸を容易く断ってしまう

「なら起こしたらどうだ」
「…」

――どうした、何故動かない?

自分で自分の体にヒューバートは問いかけた
彼女を起こせばいい、それだけのはずなのに体は縫いとめられたかのように動く兆しを見せない

「ま、これが答えってやつだな」

そんなヒューバートに満足いったように一つ頷きその場から立ち去ろうとするマリク
だが完全に立ち去る前に足を再び止めてヒューバートの方へ半分だけ体を向けた

「まあ、若い内は悩んだりするのは付き物だがな、時には思い切る事も重要だぞ?」
「…大きなお世話です」

その返事にフッと薄く笑い、マリクは今度こそその場を後にした


「大きな、お世話ですよ」

同じ言葉を二度呟く、誰にいうともなく
当たり前だ、これは独り言なのだから

――それにしても、いつまで寝てる気ですか、あなたは

それほど大きな声量で会話していた訳ではないとはいえ
依然として夢の中の住民であり続けるパスカルをやや恨みがましく見据える
だが直後少し目が細められたのは彼自身の意識下の事なのだろうか

「ん〜…」

そんな時他人の膝の上で落ちることなく器用に寝がえりを打つパスカル
そして彼女の寝顔がヒューバートの眼下に晒される
不意の出来事であったので意図せず写りこんでしまった寝顔を
視界から追いだすために即座に外方を向く
自分の予測していた事と非常に相違の生じた現実からも目を背けるためにも

――もうしばらくは、寝かせて差し上げますよ

また少し動揺しそうになった精神を即刻立てなおし
眼鏡のブリッジを一度持ち上げて、腕を組む
いつの間にか人の往来が少なくなってきた中、
そのままそこに居座り続ける事をヒューバートは決定した

数刻するとヒューバートも再びパスカルと同じように意識を手放した
先ほどの自分が彼女を起こす事が出来なかった理由までも
そのまま夢の世界へひっそりと持っていく事にした

双方とも眠りについた表情はとても穏やかなもので

さっきより西に傾いた太陽の柔らかな光と
撫でるような風が二人をずっと包んでいた







余談だがその後教官のリークによって仲間内にこの事がしっかりと知れ渡り
その事実を知ったヒューバートが今度こそ双剣を手に
逃亡を図る教官と追いかけっこをする事になるのだった


これも余談だが、パスカルがあのような行動を取った理由は

「弟くんの膝で寝ると心地よさそうだったから」

という理由だったらしい、そして実際心地よかったようだ
故にその後もパスカルがヒューバートに「また膝貸して〜」と
ヒューバートを追いかけまわしたとかそうでないとか













あとがき

ヒュパスです
パスカルほとんど喋ってないけどヒュパスです(力説

パスカルは普通にこういう事平気でしそうなイメージです
とにかく気にしないというか

でも地味に書いてて楽しかったのが教官だったりする(笑
良い味出してるわーこの人
砕けた感じの人が大好きです、やっぱり面白いし


お読みいただきありがとうございました!
(2010/6/9)
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