見渡すと人数分の黄色の山がそこに不規則に堂々と鎮座していた
その正体はトマトケチャップなどで味付けをしたライスに
薄く伸ばした卵焼きを被せたもの、俗に言うオムライスである
そう、ここはキッチンで
ヒューバートは現在キッチンの入口に立っていたのだ

オムライスはヒューバートの幼い頃からの好物で
今でももちろん好物のままであるが
素直になれない性格が災いして堂々と公言こそできていない
たかが好物の一つを言うだけで何故かどこか気恥かしさが勝ってしまうのだ
兄は甘口のカレーが大好物だと隠す事もなくさらっと言ってのけたというのに
こういう時に兄の性格が若干羨ましくも思う、それこそ口が裂けても言えないが

さて、そんな深層心理では愛してやまぬ大好きな料理が
キッチンに確かにほかほかと出来上がったばかりを主張しており
湯気と若干不格好だが鮮やかな黄色とその下から覗くほんのり赤く染まったライス、
良い香りがその存在を証明しているのだが
ヒューバートの視線は別の方へと向いている
傍目から見ても明らかに呆然としているそんな彼の視線の先とは

「やー弟くん、丁度出来上がったところだよ〜!」

いつもの明るい笑みを浮かべながら、ふーっと額の汗を拭うような仕草をする
アンマルチア族の女性ことパスカルの姿

――なんで彼女がここにいるのだろう

キッチンに未だ残り漂う料理に奮闘していた証の熱気など微塵も感じずに
ヒューバートはただ疑問符を浮かべるのだった



そもそもヒューバートはキッチンに足を運ぶ予定などなかった
では何故ここへ来たのかというと、パスカルを探していたからという理由に尽きる
先にも述べたがパスカルはアンマルチア族の一人
アンマルチア族は技術者としてトップクラスの知識と技術を保有しており
その知識量と言えばその辺りの科学者や技術者を軽く凌駕するといっても決して過言ではない
もちろん彼女自身も平常のどこかのほほんとした雰囲気に似合わず知識の幅は非常に広く
皆彼女の知識量に舌を巻いたものだった
ストラタの科学者では手も足も出なかったストラタの大輝石(バルキネスクリアス)、
大蒼海石(デュープルマル)の不調の原因を一目で見抜き、
その要因を取り除いて瞬く間に修復したとヒューバートは後で仲間に聞き思わず感嘆した事もあった
ザヴェートが大紅蓮石(フォルブランニル)に対して実験を行う事の危険性を提示したのも彼女だった
ただその時は彼女に出会った当初、完全に疑惑の目で見ていたので
何故そんな事を知っている、と彼女に問いただした所で初めて自分がアンマルチア族であると自ら公言したので
何か意図があって隠していたのではと詰め寄ってしまった、正直、今では恥じている
ともあれそんな彼女の広い知識に興味を惹かれ、大輝石の事に関してなど色々と聞いてみたいとそう思ったのだ
ゆえにパスカルを探していたのだが、物事というのは理不尽にも大抵思うように運ばないものであり
普段なら彼女の方から用がなくても何かと出向いてくるにも関わらず
こういう時に限って探すと見つからないのだ
通りがかりの兄、ソフィ、教官に聞いてみるも一様に知らないと返され
途方に暮れていた所、シェリアに聞いてようやく当たりが得られた
キッチンにいる、と何か含みのある笑顔でそう答えられヒューバートはシェリアの態度に疑問を感じながら教えられた場所に足を運んだのだ

ヒューバートが自身の好物に目を向けずパスカルに視線を奪われた理由は二つある
一つ目はおそらくこのオムライスは彼女が作った、つまり料理をしていた、という事実
料理は原則当番制で行っている、だが今日は彼女の当番ではなかったはずなのだ
シェリアが当番でなくともやる事は多々あったのだが、
パスカルは自分が当番でない限りすすんで料理を行う事は絶無だった
二つ目は、なんというか彼女とキッチンの様相がそりゃもう「奮闘してました」と
声なき声で語られている状態だからである
身につけているエプロンには黄色い液体、ようするに卵があちこちに付着
顔や腕とて例外でなく、黄色い斑点ができている、ケチャップと思わしき赤いのも点在
キッチンも壮絶な戦いの後を物語るように調理器具はあちこちに散乱し
米粒やら赤い液体、おそらくケチャップと思われるものも点々としている
以上が理由である、決して彼女に見とれていたという事では断じてない、本当だ

だが理由がなんであれ彼女と視線を合わせたまま
膠着状態を続けてなどいられない、ゆえに

「…パスカルさん、どうしたんですか、これは」

黄色の山々、オムライスの群れを指差してそう問いかけて
状況を動かすことにした、しかし

「え、ライスにケチャップとか色々絡めて、その上に」
「調理過程を聞いてるんじゃありません」

持ち前の天然さが発揮され、早くも出鼻を挫かれる羽目になった
力が抜け、黄色の山々を指差していた指が無意識に落ちる
疑問符を浮かべている彼女が若干憎たらしく思えたが
だがここで脱力ばかりしていても仕方ないので
出来る限り抜けた力を元に戻そうと努力しつつ質問を変えることにした

「何故急にオムライスを作ったのですか」
「お、ちゃんとオムライスに見えてるかな〜?」
「え、ええ、そう…見えますが」
「やった〜」

心底嬉しそうなパスカルに今度はヒューバートが疑問符を浮かべる番になった
たかがちゃんとオムライスであるとわかる、と述べただけで
何故こうも彼女が嬉しそうなのかがわからない
だがここでふと気付く

「…って、違うでしょう」
「ほえ?」
「僕の質問に対する答えになっていません」
「あ、そうか、ごめんごめん」

危うく流されるところだった、彼女自身そんなつもりはなかったのだろうが
質問に対する答え一つ得るために何故こうも時間をかけなければならないのか、と
ヒューバートは気が重くなる

「オムライスって弟くんの好物なんでしょ?」
「な、なんであなたがそれを…!?」

思わずヒューバートは口を噤んだがもう遅い、
明言こそしなかったがはっきりと肯定してしまった
言いようのない羞恥心が湧き上がる
ヒューバートの返事が是であることにパスカルは満足そうに笑みを深めて

「やっぱりそうなんだね、シェリアに聞いたんだけどさ」

――どうせそんな事だろうと思いましたがね

今いる面子で自分の好物をリークするとしたら
幼い頃からの付き合いである兄か幼馴染のシェリアぐらいだ
加えてさっきパスカルの居場所を聞いた時のシェリアのあの妙な笑み
この状況から推測するのにそう難しくはない
だが、また疑問が湧き上がっている、何故

「何故…僕の好物を作ったのですか」

未だ自分に纏わりつく羞恥心を強引に振り払いながらそう問いかけた
自分の好物だから、では突如料理に走る理由にはならない

「御礼だよ〜」
「…は?」

理解不能な単語がパスカルの口から飛び出してきた
御礼、と今確かにそう聞こえた

――御礼…?

御礼、御礼、と念仏のごとく
自身の心中で反芻するが心当たりが全くない
困惑しながら記憶の棚の引き出しを漁るが該当するものが出てこない
どういうことなのか、と一人思案状態に陥っていると

「お姉ちゃんの事で励ましてくれたよね、その御礼」
「!?」

突如ヒューバートにとって赤面必須の記憶を
不意打ちの如く記憶の棚の奥から引っ張り出してくれた
正直あの時の自分の言葉など思い出したくもなかった
突如心から慕っていた姉に拒絶されたパスカル、明らかに悲しみが彼女を取り巻いていて
そんな姉妹を、自分たちの場合は兄弟だが、どこか自分と兄に重ねていた
気付けば口が勝手に動いていて、彼女に気恥かしさを押し込めて言葉を投げかけた
だけど、パスカルとフーリエの関係が自分と兄に重なって
その事で悲しむパスカルを不憫に思った、というのは後にして思えば建前で
本当は、見ていられなかったかもしれない
いつも笑顔を振りまくパスカルからは想像もつかなかった悲哀の表情を

賑やかな人がいるほうが、寒さも紛れますからね

押し込めていた気恥かしさが許容量を超え、無理矢理そういって話を帰結させたが
後で冷静になった自分で考えても苦しすぎる言い訳で、
それどころか逆にそれが気恥かしさに拍車をかける事になって

「弟くん、顔赤いけど…風邪?」

知らず顔が火照っていたらしい、だがその理由など言える訳もなくて

「い、いいえ、キッチンが暑いだけです」
「確かに、ちょっと暑いね〜」

咄嗟の言い訳だったが、納得してくれたようだ
安堵からほっと一息吐く、火照った頬が徐々に熱が引いていく
視線を黄色の山々に移す、熱が引いた自分の頬とは裏腹に
未だその熱を保ち続けているオムライスにヒューバートの目がすっと細められた

「さて、出来上がったのなら皆を呼びましょうか」
「賛成〜じゃああたしも行こうかな」
「いえ、僕一人で行きますから」
「なんで?」

問いかけてくるパスカルにヒューバートは思わずふっと笑みを零す
突如笑った彼にパスカルは少し驚くが、視線に疑問を込めてヒューバートを見続ける
笑みはそのままにその視線に込められたものを受け取り

「その格好で歩きまわるつもりですか?」
「あ…」
「あなたはその格好をどうにかしてください」

ご希望通り答えをお返しし、
その言葉を最後にくるりと背を向けてキッチンを後にするヒューバート
しかしキッチンが見えなくなる数メートル離れたところまできて
ヒューバートは壁に寄りかかりついに吹き出してしまった
言われてからようやく自分の状況に気付いたパスカルの呆然とした表情と状態
何故か酷く滑稽に思えてしまって

――今は笑わせて頂きましょうか

くくっと声を上げずにヒューバートはその場で笑い始めた
彼女が自分の有様をどうにかするだけの時間稼ぎになるだろうと
またも建前であり言い訳でもある事を誰に言うともなく、心で呟きながら




後に全員で食した、ちょっと不格好なオムライスは
確かに美味しい、とヒューバートは思った
思うだけに留めたかったのだが皆が美味しい、と口々に感想を述べるので
ヒューバート自身も心の中だけに留めるはずだった感想を
口頭で伝えざるを得なくなる状況に追い込まれる事となった



さて、彼はその時、その感想を述べられたのか
それともまた素直になれない性格が下手な言い訳をさせたのか

果たして、どちらだろう?



だが、どちらにせよ心の中にある美味しい、という気持ちには建前や言い訳も通じない
だってそれは誤魔化す事もできない確かなもので
建前や言い訳の裏に必ずある、真実――本音


如何に建前や言い訳を並べ立てて隠そうとしても


その存在は決して無にはできないのだから









あとがき

「オムライス国務長官」に吹き出して突発的に書いたもの
ネタなんていつでも突然なんですよ(何

珍しく短めで纏まった話
なんかすっきりしすぎてて
自分でも違和感を感じる有様ってどうよ?

パスカルが料理できるか否かは判断材料がなかったのですが
やや苦手だが出来なくはないという設定でいきました
少なくとも上手そうな印象はなかったので

お読みいただきありがとうございました!
(2010/5/12)
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