魔物との戦闘において、前衛とは率先して自ら勝利への道を切り開き、
パーティーの要であり後衛の盾として、とても大事な役割を果たす
そして後衛は前衛のサポートを受けながら、前衛のサポートをする
強力な術を使うには時間が必要であり、時としてそれは強大な武器となる
その時間を前衛が体を張って稼ぐ事で成し得るのだ
この戦法は強大な敵を相手にする時の定石で、非常に有効な戦法である

「我が奮うは灰燼の剛腕、具現せよ!」

強力な輝術を行使できる人にとっての悩みの種は膨大な詠唱時間だ
しかしその悩みの種が解決すれば、その見返りは非常に大きい

「ブラドフランム!!」

パーティー全員の結束力あってこその強力な攻撃
そう、今現在魔物との戦闘真っ最中だったのだ
全てを灰と化す強力な炎の嵐によって今回戦っていた魔物との勝敗は決した、かに思えた


――…!!

パスカルの背後に魔物が迫っているのにヒューバートは気付き
しまいかけた双剣を手にパスカルの元へ走り出す
そう、まだ終わっていなかったのだ

先ほどから戦闘の理想的な陣形と、そのメリットを語ったが、その反面デメリットがある
後衛に予期せぬ危機が迫ると対処が非常に難しいのである
ヒューバートは気付いていないが、必死の形相で走り出した事に一同は不審に思い、
彼の目線の先を追ってようやく現在の危機に気付いた
だが気付くのが遅すぎたため、今しがた走り出したヒューバートが
一番対処をしやすい立場となってしまっていた
魔物はすでにパスカルのすぐそこに迫っており、
パスカルもはっと後ろを振り返るが、咄嗟に足が動かなかった

――くっ…!

ヒューバートは戦闘に置いて前衛的立場にある事が多いが
銃撃を軸にした中距離戦も得意とするため、
アスベルやソフィよりは若干後ろに居ることも多い
その立場が幸いしたかなんとかパスカルが襲撃される前に自分の銃撃の届く範囲までこれた
しかし今ここにいる面子の中で最も対処をしやすい立場でこそあれど
自分と魔物との間にパスカルを挟む形になっており、射撃ができない
だが、ここで諦める訳にはいかなかった
すでに魔物はパスカルに襲いかかろうとしている、決断の余地は、ない
ヒューバートは双剣を銃形態にして持ち構えつつ、左前方へ力の限りステップを踏んだ
自分の位置をずらすことで魔物との直線上にパスカルがいなくなる
足を地から離す状態になり、ブレそうになる目標をこれまでにない集中力で狙い定め

「スカーレット!!」

放った銃撃は見事魔物へと命中した
とどめを刺すには至らなかったが魔物に大きな隙を生んだ、それだけで十分だった
その隙をついて兄とソフィの前衛組が対処に向かっているのが見えたし、
教官も投刃を手に向かっていった、これで大丈夫だろうと、ほっと息を吐いた

「お、弟くん!!」

だがその瞬間パスカルの慌てたような声が聞こえてきた

――何を案じられる側の人間が僕を案じているんですか

立場が逆だろう、と呆れかえるヒューバート、全く、この人は
そんな思考を余所にパスカルは依然として慌てたままで、後にこう付け加えた

「そっち、川だよ!!」

――えっ

戸惑いの声を脳内で上げながら進行方向を見ると確かに穏やかな水流が目前に迫っていた
受け身を取ろうにも自ら思い切り投げ出してしまった体は勢いが止まる事を知らず


バッシャーン


体を宙に投げ出しながらも驚異の集中力で的確な銃撃を繰り出し、
窮地の仲間を救うという超絶的なファインプレーを決めた文字通り体を張った救世主は
派手な水飛沫を上げ、抵抗する暇なく川の中にその勇姿をくらましていった

後に残った虹がどこか、むなしかった、と魔物を無事駆除した面々は後にそう語ったという






「だ、大丈夫かヒューバート」
「ええ、まあ…」

川は幸いにして浅すぎず深すぎずの丁度いい深さで
兄の問いにすぐ答えられるほど目立った外傷もなくヒューバートは無事生還を果たした
ただメンタル面では結構甚大な傷を負ってしまった
正直、穴があったら入りたいとヒューバートは切実にそう思った

――なんて無様なのだ、自分は

体中から水滴をポタポタと垂らしつつ、川中に佇むヒューバートは自己嫌悪に陥る
正直あの時の狙いすました銃撃は自分でもよくやったと思った、これは誇ってもいいだろう
だが、問題はその後だ
自分がいつだったか好んで読んでいた漫画での主人公はそれはもう憧れを抱くほど
華麗に、そして鮮やかに窮地に陥った仲間を助けていた
子供心ながらに自分はそんなヒーロー的存在に憧れていた
そして自分もそんな存在になりたい、と思ったのは過去に限った話ではない
決して表には出さないが今でも密かにそう思っている
だが、実態はどうだ、助け出すまでには行きついたものの、
そのまま川にダイブするという醜態を晒してしまった
なまじ、格好付けた後ゆえにそれだけ余計に無様さが際立つという理不尽な現実
これで自己嫌悪に陥らずしてどうするというのか、思わずほんの少し泣きたくなる

「ねぇ、ヒューバート、とりあえず川から上がりましょう?」
「…はい」

確かにこのまま川にいると風邪をひきかねない、これ以上醜態を晒すのはゴメンだ
シェリアの呼びかけに応じ、
バシャバシャと川を仲間がいる岸の方へ歩き、自分の体を川から上げる

「はい、タオル、体をちゃんと拭いてね」
「ありがとうございます、シェリア」

淡々とタオルを受け取り、自分の体を拭き始める
ひとまず今は何も考えない事にしよう、とそう決意して

「あれ、教官はどこにいったの?」

キョロキョロと周りを見渡すソフィ、だがすぐに探していた人物は目の前に姿を現した

「呼んだか?」
「教官、どこに行っていたんですか?」
「とりあえず、体を冷やさんために火に当たった方がいいだろうと思ってな、待ってろ今…」

腕には急いで集めてきたのだろう小さな薪の束がある
こういう時の行動力は教官さながらである

「あ、待って待って、あたしがやるよ」

輝術で火を起こそうとしたのだろう、そんなマリクを制止し、パスカルが名乗りをあげる

「やっぱ、元はと言えば、あたしの所為だしさ、これぐらいはやらせてよ」

言うが否や、火の輝術の詠唱に入るパスカル
だが心持ち、パスカルにいつもの元気さがないわね、とシェリアは思った
ある種、女の感だったのだろう

「うりゃっ!」

やがてボッと小さな火が起き、薪に着火する
薪に点いた小さな火は徐々に大きくなり、次第にその姿を大きくしていく

「よっし、うまくいった! 弟くん、早くあたりなよ」
「すみません、助かります」
「ううん、むしろこっちが謝るべきだよ、ごめんね、弟くん」

早速火の側に座り込み、暖を取るヒューバート
パスカルも少し離れた所に座り込み、火の様子を見ながら薪を入れていく
やはり、パスカルがいつもより元気がない、と
シェリアは他の面々にはわからなかったパスカルの機微を察し
一人口端を持ち上げる、これはいい流れかもしれない
そんな男女間の仲に非常に関心のあるシェリアの取る行動は一つしかなかった

「アスベル、ソフィ、教官、少し早いけど向こうで野営の準備でもしましょう」

突如持ちだされた提案にパスカルは眼をしばたたせてシェリアの方を見、
ヒューバートも思わず、えっ、と心中で呟き、顔を上げると
そんな呟きを知ることも無く意味ありげに火を囲むこちらを見るシェリア
明らかに、何かを企んでいる顔だ

――こ、この人は…!

知らずヒューバートは戦慄を覚えた
毎度の事ながら本当にそういう事に関心が深いというか鋭いというか
このまま流されるとパスカルとしばらく二人きりにされてしまう
それは自分が危ない、主に心臓が
だが、ここで止めるにしても何を言えばいいのか、さっぱりわからなかった
自分の頭を無理矢理フル回転させながら、
状況打開の言葉を探すヒューバートだがそれは叶わず

シェリアの視線を追いながら、なるほどな、とマリクは納得し

「そうだな、よし、いくぞアスベル、ソフィ」
「え、でもヒューバートは…」
「いいの?」

残り二名を野営の準備へと促す、が
やはりというか予想通りというか、そういう事に疎い二名は困惑する
内心、少しは察しなさいよ、と文句を垂れつつ、シェリアはそれを表面に出さずに

「パスカルに任せときましょ、ほら行くの!」
「あ、ああ…? わかった」
「パスカル、ヒューバート、またねー」
「あ、はいは〜い、任されたよ〜」

疎い二名の背中を押し強制退場させる
マリクもその後に続く、律儀に手を振り返すパスカル

結局、流されてしまった
さっき流されずに済んだ川に流されるのと引き換えにしてもいい、
流れるスピードが割に合わないというのなら、
もうあの川が激流だった事にしてくれても構わない
だからこの状況に流されなかった事にして欲しい、と妙な願いをするヒューバート
だがどう足掻こうが現在を変えることなど出来もしないわけで
パチッパチッと音を立てて燃え続ける火を見るしか、彼には道は残されてなかった
何かを誤魔化すために眼鏡を外し、もらったタオルで頻りに自分の顔を拭く
こうすれば、自分の表情ぐらいは隠せそうだから
あわよくばこのままやり過ごせるかもしれないと思った矢先

「ねえ、弟くん」

――ここで話を振ってくれましたか

状況としては話を振られない方が無理があるのは重々承知してるが
あの兄と比べればそれなりにそういう事に関心がある身からしてみれば
彼女から話を振らないで欲しかった、だが応対しないわけにもいかず
何でしょうか、と出来るだけ平常通りに返す

「ありがとね、助かったよ」
「…いえ、気にしないでください、油断してた僕…達にも非はありますので」

なにか気恥かしくて僕、ではなく僕達、と言い換える
ただでさえ、いつもの元気そうな口調は鳴りを潜めて
実年齢相応な落ち着いた声色に不覚にも心臓が高鳴ってしまったのだから
眼鏡をかけてない事に、密かに良かったとヒューバートは思った
眼鏡を外していれば景色にはややフィルターがかかったようにぼやけて
彼女の方を見ても、はっきりとは見えなくなる、それが救いだった

「寒かったりしない? 火強める?」
「いえ、丁度いいです」
「そっか」

会話が続かない
彼自身、自分の返答がそれ以上発展させてない事はわかっているが
かといって彼女とまともに会話をするのは気恥かしさが勝ってできない
そのはずなのに、何故だかわからないが
どこか寂しげに感じた彼女の言葉を聞いた瞬間気付けば彼は言葉を紡ぎだしていた

「百戦錬磨の達人でも、一瞬の油断が命取りになる事もある」
「へ?」
「あなたが油断した事に負い目を感じているのなら気になさらないでください、と言いたいんです」

それは何時ぞやに自分の失態をフォローされた時の教官の言葉だった
自分でも驚くぐらい淀みなく自然に話せたと、そう思った
そのまま、気付けばまた口を開いてて

「仲間が、危なかったんですよ?」
「あ…」

今度は以前彼女から言われた言葉に似た言葉を紡ぐ
呆けたような声が彼女から発せられ
その後やや沈黙があってから、ありがとね、とそう返された
続けて、そういえば、といつもの笑顔を浮かべながら

「なんか前にも同じような事があったね〜」
「不本意ながらも、あの時は今と立場が逆でしたが」

過去の話に思いを馳せ始めるパスカル
ヒューバートにしてみれば女性に助けられたという、少々情けない話でもあったが
それと同時に仲間の存在と温かな彼女の優しさに触れた時でもあったので
あながち無かった事にしたい過去ではない、二つの理由の内
前者についてはまだしも、後者については口が裂けても言えないが

「あの時助けておいててちょっと擦りむいたっけ、格好付かなかったな〜」
「…まだあなたの方が十分マシな気がしますがね」

あの時は彼女は軽い擦り傷を負う、という事になったが
自分ときた日にはそのまま川に華麗にダイブしてしまった
なんであの時川じゃない方にステップを踏まなかったのかと今でも思う
自暴自棄になりながらも彼女にそう言うと

「でもさ、それだけあたしのために必死になってくれたんでしょ?」
「…はあ!?」

とんでもない切り返しをされた、思わず顔が熱くなる

だが実際はそうだ、本当に、必死だった
あの時、パスカルに魔物が背後から今にも襲いかかりそうな所を見た時の
血筋が凍るような錯覚、気付いたら無我夢中で走り出していた、自分の足
でもそれでいて頭の中では、彼女を守りたい、傷つけたくない、と
強く、強く、それだけを願っていて

――大切なものを、守りたい!

兄の声でそのまま脳裏で再生されるいつだったか兄が発した言葉
その言葉にひどく親しみを覚えながら引き金(トリガー)を引いた
あの時放った彼女を救えた銃撃
その一発を放った自分の手がとても誇らしく思えて
彼女を守れて、良かったと心から安堵して

――い、言えるわけがない…!

思い返せば思い返すほど熱くなる自分の頬、高まる鼓動
静まれ、静まれ、と願えば願うほどそれは叶わぬものとなって

「お〜い、弟く〜ん?」
「…!!!?」

いつしか至近距離まで顔を近づけていた彼女にも気付かず
あまりの驚きに声にならぬ叫びを上げて座ったまま器用に後ろへ跳ぶヒューバート

「どったの?」
「な、なんでもありません」

そう?、とそのまま自分の近くに再び腰を下ろすパスカル
思考の渦にのまれたばかりに狭まった彼女との距離

「んで、必死だったんだよね?」
「…!? あ、その…えっと…はい」

蒸し返される話題、どもりながらも、今の自分に出来る精一杯の肯定
パスカルとの距離を妙に意識してしまい、ヒューバートの頭が
ますますまともな思考が出来そうになくなりかけたその時

「同じだったよ、あたしもあの時必死だった」
「…え?」

混乱の極みに達そうとした頭を瞬時に戻す彼女の落ち着いた声
どこか不思議と聞き入ってしまう響きを持っていて

「あたしが弟くんを助けた時、私も少し怪我しちゃったのを覚えてる?」
「…はい」

本当に軽い怪我だったとはいえ、傷は傷
ヒューバートにとっては紛れもなく自分が与えてしまったのと同等だった
かなり浅い傷だったようで、今はもう痕は残ってないらしいが
己の内にある罪悪感はいつまでも拭えなかった

「あの傷ちょっと誇らしかったんだ、助けた証、名誉の負傷だったから」

自分とは全く真逆のイメージを語るパスカルにヒューバートは驚く
あの時の傷を、パスカルはそう思っていたとは

「弟くんはあの時、あたしの事を他人を助けておきながら情けないと思った?」
「…いいえ、思いません」

思うはずがない、心の底からの本音だ
情けないなんて思っちゃいけないし、思うつもりもない、思いたくない
そう返すと彼女はその答えが得られるのを確信してたように頷いて

「あたしも同じ、弟くんは川にそのまま突っ込んだのを情けなく思ってるみたいだけど」


「情けなくなんてない、むしろ、格好良かったよ」


その声には嘘をついてる感じなど微塵もなくて
思わずヒューバートはタオルで顔を覆った
こんな顔、見せることなど出来ないから

「ありがとう…ございます」

それだけ発するのが精一杯で
未だ水分を含んだ自分の服がさっきまでとは違うように見えた

「なんかさ、仲間っていいよね、助け合いって、いいよね!」

次いで発せられたパスカルの声はいつもの元気さを表面に出した声で
そう無邪気に笑っていつの間にか大分暗くなった空を見上げるパスカル
そしてヒューバートも、いつの間にか自然と笑みを浮かべ

「…そうですね」

――いい、ものですね


外していた眼鏡をつけ、パスカルが見ている空を仰ぎ見る

不思議と、心は落ち着いていた
同じ空を見上げている時間が、とても心地よかった





後にパスカルと寄り添って空を見上げていた所をシェリアにしっかりと目撃され
ヒューバートが彼女に質問攻めにあったのは言うまでもない













あとがき

ヒュパス二作目、本当に甘くできないな私…
これでも甘く、甘く、と念じながら書いたんですよ…?(汗

無駄に長さだけある有様になった感じですが
ヒュパスかけて良かったと思ってます
これでいいのか自分

本当に精進あるのみ、だなぁ…頑張ろう

ちなみにヒューバートがパスカルを助けるため左前方にステップを踏んだのは
スカーレットの技を出す時の癖があったためという妙な裏設定
(打つ時に対象を中心として少し左へ回り込むので)

お読みいただきありがとうございました!
(2010/4/21)
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -