だいぶ冷え込み、そして深まった、今日の夜
昼間、人々で活気のあるラントも夜の帳が下りれば途端に静寂が訪れ、
家々の窓から垂れるカーテンの隙間から光が零れ出す
それはなにもラントに限った話ではないだろうが…

ともあれ、一旦夜の帳が下りれば、ふと気付いた時には途端に闇が大地を包みこむ
闇と言っても一寸先すら見えなくなり、恐怖を駆り立てるような真っ暗闇ではなく、
だいぶ先の見通しは叶うぐらいのもので、むしろ夜の象徴ともいえる月がキラキラと輝き、
昼間の太陽とは違う優しく包む様な光が大地を仄かに神秘的に照らし出す、心地よい冥闇

ラントの屋敷内では今日の勤務にラストスパートをかけるように
メイド達があちらこちらへと右往左往
最後の大詰めと言うようにその足取りは大変頼もしく、力強いものとなっていた
そんなメイド達の邪魔になってはいけないと、ソフィは一人、屋敷の庭の花壇を見ていた
夜となってから様子をみたくなったのもあるが、月明かりに照らされる花々というのもなかなか綺麗なものだ
ちらっと上空に視線を向けてみる
今夜の月明かりの提供元――月だが、今日は控えめで半分も顔を出していない状態で花影も薄らとしか認められない
ほんの少しだけ残念に思いながらも花壇をぐるっと一周りして、様子を見終えたところで
屋敷の執務室に当たる部屋から光が一切漏れていない事に気付いた

――アスベル、仕事終わったのかな?

執務室に向けていた目を屋敷に向かって右側の二階の窓――アスベルの寝室へと向けてみるが執務室の部屋と状況は同じだった
どこにいるのか何となしに気になってきた、少なくとももう寝てしまったという事はない
時間的には就寝しているのはもうおかしくない時間だが、
寝るときは必ずお休み、と一言かけてくるのが日課となっているはずなのだ、どんなに執務に追われ、疲れていようとも

ソフィは花壇を後にし、屋敷へと再び足を踏み入れた
先ほどよりメイド達の慌ただしさが薄れている事を頭の端で認識しながらも
屋敷に入ってすぐの広間を全体的に見回す
やはり、探し人はいない
念のため、アスベルの寝室へと向かってみる事にした
入って正面の階段を上り、左右に分かれた階段の内右側の階段を続けて上がる
その先にアスベルの寝室がある、幼きアスベル、ヒューバート兄弟二人が使用していた、その部屋が
やがて部屋のドアの前にたどりつき、とりあえずノックをしてみようと緩く拳を作った右手を上げようとした時だった

――?

何やら部屋の中から物音が聞こえてきた、重い物を置く様な音だったり、何かを漁るような音だったり
中途半端に右手を上げたままソフィは不思議そうに首を傾げた、依然として物音は継続している
右手に課した役割を忘れ、ぼんやりと部屋から聞こえてくる不思議一色の不規則メロディーを静聴していると
唐突に足音と思われる音が鮮明に聞こえてくるようになってきた、徐々に何かが扉へと近づいてくる
反射的に扉が開いても大丈夫な位置へとソフィが移動した刹那、ガチャリと扉が開いて

「あ、ここにあったのか」

両手に収まっているなんらかの物体に視線を送りながら探し人――アスベルが姿を現したのだった




「…アスベル?」

アスベルが何をしていたのか、全く理解に及ばない
こてん、と首を傾げるお馴染みの仕草と共に探し人の名を紡ぐと

「あれ、ソフィじゃないか、どうしたんだ?」

声をかけられて初めて傍らに居る事に気付いたようで、
少し驚いたような、意外なような、咄嗟に出た様な質問と共にアスベルは目を丸くする
それに対してソフィは

「…アスベルを探してた」

私の方が聞きたいよ、と内心述べたかったが、ひとまずそう答える事にした

「アスベルこそ何してたの?」

今度はこっちの番、とばかりに先ほどの質疑応答から間を置くことなくそうアスベルに問う
何かを手にしながら出てきただけならまだしも全く理解できない状況があった

「…こんな真っ暗な部屋の中で」

そう、アスベルの背後から扉が開いた事で部屋の様子が伺えるわけだが
部屋の中は広間からの明かりによって照らされる部屋の入口付近を覗いて真っ暗、
それが意味するのはアスベルが一人暗闇の中で何かをしていたという事
部屋の奥すら見えなくなる漆黒の闇の中で一体何をしていたというのだろうか

「ああ…まあ、そりゃ不思議だよな」

抱えてきたものを片手に持ちながら自嘲気味に軽く笑うアスベル
だがちょっと苦笑いを浮かべていた彼の表情はすぐに一変して明るい物へと遷移した

「そうだソフィ、丁度良かった」

ちょっとおいで、というように手招きしながら再び暗闇の支配する部屋へと身を戻していくアスベル
ただでさえ状況がわからないのに丁度良かった、と述べられてソフィの頭で疑問符が乱舞していたが、
ひとまずおとなしくついていく事にした、部屋に足を踏み入れると同時に、
ドアを閉めてくれるかとの要望があったのでそれにも素直に従う
ドアの閉まる音に合わせて暗闇の濃度が更に増す、かろうじて窓から差し込む月明かりが唯一の光
窓は開け放たれていて、やや冷たい空気が部屋を満たしていた、少し揺れるカーテンがその証
さっき見た時は開いてなかったはずの窓に疑問を抱くも、何かを床に置く音が部屋に響いたことで現実に引き戻された
暗闇で良く見えないがアスベルも屈みこんで何かしているようだ
大人しく成り行きを見守るソフィを尻目にアスベルは床に置いた何かをひたすらいじる

「あれ、見失っちゃったな…えーと…あ、あった」

カチッと何かスイッチが入ったような音、と同時にアスベルの屈みこんでいる辺りだけ、ほんわりとした光が照らした
思わず側に歩み寄ってアスベルの手元を覗きこむソフィ、そこには

「ランタン?」
「お、ランタン知ってるんだな」
「うん」

要は簡易の照明器具だ、サイズは持ち運べる程度の大きさでしかないが
点けるとなかなか頼もしい明かりを提供してくれる、光の元となっているのは主にコアの欠片だ
無事点灯した事にアスベルは満足げにランタンから手を離し、部屋の奥の方に行き、何かを探す素振りを見せる

「アスベル、ここで何かするの?」

先ほど答えが得られなかった疑問をもう一度問う
「ああ、そうだったな」と思いだしたように言葉を発しながらアスベルは何かを持ちながらソフィへと歩み寄ってきた

「夜空の観測でもしてみようかなって思ってさ」

そう言いながらソフィはアスベルから持ってきた何かを手渡された
ランタンの光でわかったが、それは一枚の毛布だった、良く見るとアスベルも毛布を一枚持っている
そして再び屈みこんでランタンをいじり始め、ランタンの光量を調節し、だいぶ光を弱めにしてランタンの傍らに座り込んだ
一連の作業を目で追っていたソフィもそれに倣う

「夜空?」
「うん、理由はなくて、単なる思いつきなんだけどな」

二人して座り込んだ目の前には開け放たれた窓、
カーテンが入り込む風によりゆらゆらと踊るように揺れている、少しひんやりした空気が惜しげもなく部屋へと入り込む

「今日の夜空を見てみたか?」
「…月だけ見た」
「星は?」
「よく見てない」

先ほど夜空を見上げたのは月の様子を見るためであったため、他はあまり目に入らなかった
その旨を伝えるとアスベルは、そうか、と相槌を打つ

「じゃあ良く見てみるといい、なかなか綺麗だから」
「…アスベル、良く見えない」

薦められ、いざ窓の方を見るもカーテンが変わらずゆらめいているため
窓の上半分以上が隠れてしまい、とてもじゃないが夜空観測などできない
「あ、そっか」と罰が悪そうに呟きつつ、うっかりな自分に羞恥を感じたのか、
アスベルは自身の頬を少し掻きながら立ち上がる
そのままそそくさと窓に近づき、揺れるカーテンを束ね、窓の端に固定する、するとそこには

「…あ」

夜の象徴とも言えるのは月だけではない事は知っていた、それでも自然と目を奪われた
夜空に無数に散りばめられたかのような小さな宝石のような光達――星々が輝いていた

「星が、たくさん」

満天の星――そう表現するのが相応しい光景が窓から見える切り取られた夜空に広がっていた

星という存在を知らなかったわけではない、旅の間に幾度も見てきた事がある
今見てるような、無数の光が散りばめられた夜空だって見た事もある
それでも、一瞬言葉に詰まるほどの衝撃をうけたのは

「こんなに、あったんだ」

先ほど眺めたというのに、こんなにたくさんの光があったというのに気付かなかったという事実
なぜ気付かなかったのだろうか、こんなにも、明るかったのに

「本当なら裏山とかで見ようかと思ったんだけど、今日は寒いし、夜も遅くなっちゃったしな」

驚いた様子を見せたソフィに、良い物を見せられたかな、と満足そうに笑みを零し
アスベルも先ほどのようにランタンの傍らに座り込んだ

「アスベルはいつ気付いたの?」
「星がたくさんあった事にか?」
「うん」
「ちょっと前に今日の執務を終えた時だ、どのぐらい夜が深まったのかなって思って窓から見て気付いた」

そこまで聞いてふと思った、もしかしたら

「そのとき私、庭に居た?」
「ああ、花壇を見ているのを見かけたな」

さっきこの部屋の窓を見た時開いていなかった理由がようやくわかった
早い話が絶妙なまでのタイミングのズレが生じたのだ
ソフィが花壇を見ている間にアスベルは執務を終え、夜空の観測を思い立ち、寝室へと準備をしに行った
そしてソフィが屋敷に入ると同時にアスベルは窓を開け放ったのだろう

「声かけようとしたんだけど、どうせなら準備できてからのほうがいいかなって思ってさ」

そんなに手間取るものじゃなかったし、と言葉を続けながらアスベルはソフィの手から毛布を取り、
その毛布でソフィの体を包み込み、次いで持ってきたもう一枚の毛布を大雑把に自身に被せた

「毛布がなくても見られるよ?」
「空気が結構冷たいし、風邪をひかないように、だよ」
「…だったら」

言葉を一度切ってソフィはアスベルの毛布を掴んだ
「ソフィ?」と少し戸惑うアスベルを尻目に、
自分にもやってもらったようにアスベルをしっかり毛布で包み込んだ

「アスベルもちゃんとしなきゃ駄目」
「…ごもっともだな」

ソフィにかけられた毛布の端を自身の手で更に引きよせて、アスベルは軽く笑った
また二人して窓から夜空を見上げているとアスベルは思いついたように声を立てた

「ソフィ、星座って知ってるか?」
「せいざ?」
「空にある星を結んでいくと色んな形ができるんだ」

話を聞く内興味を掻きたてられたのか、ソフィは質問を重ねた

「どんな形があるの?」
「あー…鳥とか、犬とかがあったかな…?」

自分で話題提供しといてなんだが、そこまで知ってるわけではない
もしかしたら関連する本が屋敷内のどこかにあるかもしれないが、
今の時間にあちこち探し回ってはメイド達に迷惑だろう
今持ち合わせてる知識としては時期によって見られるものが異なる事と、種類は多彩であるなど抽象的なもので
具体的にどういう形があるのか、などは全くと言っていいほど知らない

「どこにあるのかな?」
「多分、ここからじゃ見つからないかも…というか俺、どこをどう見たらいいかわからないな」

今見ている夜空は窓から見える範囲だけとかなり狭いのに、星はたくさん見えているので
おそらく世間に知られた星座がひとつぐらいは見られるのではないかと思えるが
だがなによりも見つける前提となる知識がない以上探しようがない
墓穴を掘ったかも、と夜空を見て嘆息しつつどうしたものか思案していた時

あ、とソフィが唐突に呟いた

反射的に何事かとソフィに視線を向けるとソフィは右手の人差指で何もない所に何か絵を描く様な仕草をしている
何をしてるのか激しく気になったが、横槍をいれるのは何か気がひけたのでアスベルは成り行きを見守る事にした、
そして次いでソフィの口から紡がれた言葉は

「…眼鏡」
「…うん?」

思わず聞き返してしまった、何故ここでそんな単語が飛び出してきたのか、
反射的に聞こうとした時、ソフィは更に付け足すように呟いた

「ヒューバートの、眼鏡がある」

――どこに?

内心だけの突っ込みをし、窓辺を中心に部屋を見渡すが、
今は遠い地にいる弟の装飾品は見当たらない、そもそも窓辺以外暗くてよくわからない
もう一度ソフィへと視線を移して、アスベルはもしやと一つの考えに至った
ソフィは変わらず窓の外を見ている、ということは

「どこにあるんだ?」

ソフィの後ろへ移動し横から覗きこむようにアスベルも夜空を見る、ソフィの視点になるべく合わせるためだ
えっとね、と一言発してソフィは先ほどと同じように指を動かす
横からみているとわかりにくかったが、今こうしておよそ同じ視点から見て気付いた
その指は夜空の上を――星をなぞっていた

「本当だ、ヒューバートの眼鏡だ」

ソフィによって夜空に描かれた軌跡は確かに弟の眼鏡の形をしていた
少々いびつだが、少しだけ丸みを帯びたレンズの形も忠実に再現されており、
しかもそれらが今ここから見えている星々の中でも明度の高い星で描けているのが驚きだった
眼鏡座なんてものは全く聞いた事はない、ましてや存在などおそらくしないだろうが、
なかなか完成度が高いのではとアスベルは一人評価し、感嘆した

「凄いなソフィ、こんなに狭い範囲でよく見つけたな」

今度ヒューバートに手紙で教えてみようかな、とアスベルは思った
実際やろうものなら「馬鹿ですか、あなたは」と軽く一蹴されそうだが
元々手紙なんて、ましてや家族に送る手紙の内容など些細な事を書き連ねたりするものがほとんどだ
もちろん、ラント家領主とストラタの上位軍人としての立場上の用件を綴る事もあるが
その内容は私事と区別し、しっかりと別々の手紙に書いて送っているので問題はない
それにしても――

「なあ、ソフィ」

そう呼びかけると紫の瞳が即座にこちらを見つめ返してくる

「今度、裏山で夜空を見てみようか、今見ているものよりずっと大きくみえるぞ」
「…うん、見てみたい、もっと色んな形を見つけてみたい」

その瞳に楽しげな光が宿り、アスベルも笑みを浮かべた
どんな形があるかなんて関係なかった
こうして見つけたように、夜空の星々から様々な形がいくらでも生まれるのだ

「アスベルも何か見つかった?」
「んーそうだな…じゃあ、こういうのは――」


もっともっと、たくさんの形を作ってみよう

夜空という名のキャンパスに手を伸ばして作り出す、星々の軌跡で――













あとがき

私の地元にしては珍しく、
それなりに星が見えた日に書こうと決めたものです

オチもヤマもない話に仕上がりました、あう…

かつて一回だけ、修学旅行か何かで満天の星を一度見た事があります
凄かったです、本当…今でも思い出せますよ
できるならもう一度ぐらい見てみたいところですね

…「満天の星空」っていう表現は一応おかしいようです
「天」と「空」が意味上で重複しているからだとか
前に前進する、みたいなのと同じで
そんな無駄知識を発揮してみました(何

お読みいただきありがとうございました!
(2010/11/16)
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