アスベルは部屋のベッドに身を横たえていた
別に体調を崩したからではない、いたって健康そのものだ
では眠いのか、というとそういう訳でもない
窓の外の景色はだいぶ辺りは暗い、つまり夜ではあるのだが
まだ真っ暗というにはほど遠い
ゆえに寝るには早い、そんな時間帯なのだ

では一体何をしているのかというと、何もしていない
あえて言うならば暇を持て余しているのである

もう全員で夕食は終えたし、湯船にも浸かった
剣の手入れもバッチリだ、本当に、何もする事がない

何かあったかなーとアスベルはベッドに身を投げ出しながら頭を捻るが何も出てこない
早すぎるが、いっそもう寝てしまうかとも考えたが
体はまだ睡眠を取れと訴えてこない、目は冴えたままだ

――散歩でもするかな

溜息と共に体を起こす、他に思いつくでもなし
アスベルはその思考に素直に従う事にした

部屋の扉を閉めて部屋を後にし、廊下に出て何の気なしに宿内を歩きだす
廊下はなんだかひっそりとしており、本当に時々人に会う程度でしかなかった
通りがかりに宿の飾りなのであろう観葉植物や絵などが飾られているのを
アスベルはぼんやりと鑑賞、やがてまた歩き出す、という動作を繰り返していた

そんな行動を取り続ける事しばらく、
とある廊下に差し掛かった所で見知った人物を確認し意識がそちらへ持っていかれる

「あれ、教官?」

廊下の向こうにマリクが立っていた、背を向けてるため、こちらには気付いてないようだ
しかし立っている場所がいまいち合点がいかない
今マリクが立っている場所は、確か女性用の浴場の近くだ
どうやら、誰かと何か話してるようだが

――どうかしたんだろうか?

あまりにも場違いである事から
なんだか気になったので声をかけてみる事にし、廊下の奥の方へ歩み寄る
自分の師の元へたどり着くまで残り数歩の距離までアスベルが近づいた所で
マリクが気配に気付いたのかアスベルの方に視線を向ける

「おお、アスベルか」
「教官、どうかしたんですか、こんな」
「丁度良い所へ来たな」

所で、と続けようとした言葉は遮られた、と同時に疑問が湧いた
丁度良い、と確かに今そう言った
何がだろう、そう思い再び口を開こうとした瞬間

「あら、アスベル、いい所に」

浴場からひょいっとシェリアが顔を出したので口を噤む
まただ、何か知らないがタイミングが良かったらしい
頭を上の疑問符が更に増すアスベル、どういう事か今度こそ聞こうとしたら

「任せるぞアスベル、じゃあなシェリア」
「はい、ごゆっくりなさってください」
「え、ちょっ教官?」

そんなアスベルを尻目にマリクは廊下の向かいにある男性用の浴場へと姿を消していってしまった
さっきから聞こうとするタイミングを逃し続けてしまい、何がなんだかわからなくなってきた
三度目の正直だ、そう思いシェリアに聞こうとすると

「ああ、ごめんねアスベル実はね…」
「…うん、何だ?」

またもタイミングを逃した、二度ある事は三度あったらしい、内心些か釈然としないままだが
シェリアの方から説明がありそうな言葉が発せられたので、それは表面に出さず
アスベルはシェリアの言葉に耳を傾ける事にした、それを読み取ったのかシェリアは言葉を続けた

「ソフィの事を頼みたいのよ」
「ソフィ? どうかしたのか?」

唐突に会話に出現する花の名を持つ少女の名、思わぬ所で出てきたソフィの名前に
アスベルは聞き返すと、シェリアはそうなのよ、とそう言って詳細を語りだした

「さっき、パスカルをお風呂に連行して、今しがた閉め入れたんだけど」

連行ときましたか
アスベルは思わず苦笑いを浮かべながら遠い目をしてしまった
どうもパスカルは面倒だからという理由で進んでお風呂へ入ろうとしないようで
事あるごとにシェリアが文字通り首根っこを掴んでお風呂へ連れて行ってるようである
そんな苦労を投影するかのようにシェリアは溜息を一つ吐いた

「あんなだから、なんか見張ってないと不安なのよ、ちゃんと綺麗にしてるか」

半ばちょっと愚痴に近い感じになっているが話は始まったばかりだ
話の腰を折らずにアスベルは適当に相槌を打ちながら傍聴体制を貫く
それでね、とシェリアが話を本題にする前台詞を発した
知らずアスベルもさっきよりやや真剣に耳を傾ける

「さっきソフィがお風呂からあがったの、髪がまだ濡れてるから拭いてあげたいんだけど」
「パスカルを見張っていたい、か?」
「そうなのよ、だから代わりに拭いてあげてもらえないかしら」
「わかった、やるよ」

髪を拭くぐらいなら別に問題はない、アスベルはすぐに了承した
いつだったか、久々に会ったソフィがちゃんと身を清めてない事に
シェリアからちゃんと面倒を見ていたのか、と詰め寄られた事がある
だが、いかんせん仮にもアスベルとソフィは男と女であり
出来る事に限度があるのは仕方ない、とそう返した記憶は今も残っている

「よかった、ソフィ、アスベルに髪を拭いてもらいなさい」
「うん」

シェリアが女性の浴場へと続く部屋の中に向かってそう口にすると
ソフィが部屋から顔を覗かせ、髪を拭くためのタオルをシェリアからもらいながら
アスベルの近くまで歩み寄り、アスベルを見上げる
そんな視線と少し視線を合わせてアスベルは少し微笑み、次いでシェリアに視線を向ける

「教官はこれから入るところでタイミングが悪かったんだな」
「そういう事、アスベルはもう入っていたはずだから、丁度良かったわ」
「やる事がなくて、なんとなく散歩してた所だったからな」
「じゃあ私はパスカルの監視をするから、女の子の髪は優しく拭いてあげてよね?」
「あ、ああ、わかった」

よろしくね、とそう言い残して浴場の方へとシェリアは姿を消していった
これからパスカルはシェリアの厳しい監視がつくのだろう
それを見送り、ソフィの方を見る、ずっとアスベルを見ていたのか視線がかち合う
目線を交わしながら、廊下じゃ冷えるよな、とそう思ったので

「とりあえず俺の部屋に行こうか」
「うん」

アスベルはひとまずソフィを部屋へ連れていくことにした
いつものツインテールでなく下ろしてる濡れた髪はそのままにしておくと床に引きずりそうなので
引きずらない様に髪を持ち上げるようソフィに指示してアスベルは部屋へと先導する
部屋へ到着するのにそう時間はかからなかった
照明となるランプを点けてソフィを部屋へと通す
部屋にあった椅子をソフィの近くへ置き、座るように促すと
コクリと頷き素直に椅子に座った
アスベルも適当な椅子を見つけて髪が拭きやすいように
ソフィの後ろへもう一つ椅子を置いて腰かけた

「タオル、貸してくれるか」
「うん」
差し出されたタオルを受け取り、ソフィの頭を覆うように被せて

――優しく、拭くんだっけか

去り際に幼馴染が残した注意事項を反芻しながらも、こんな風でいいのだろうかと
ポンッポンッとタオルに水を吸わせるようにソフィの髪にタオルを当てる
当然の事ながら女性の髪を拭いた経験などアスベルにはない、それゆえに忠告が飛んできたのだ
だが、ない経験から今やってる拭き方で良いのかどうかの判断など下せるわけもないわけで

「シェリアに髪を拭いてもらう時はこんな感じか?」
「…そうだった気がする」

当の本人に確認を取ったがなんとも曖昧な返事である
大丈夫かな、と一抹の不安を覚えながらも止める訳にも行かずアスベルは作業を続行する
優しく、優しくと胸中で呟きながら
しかし、それにしても

――綺麗な髪だよな

ふとアスベルはそんな事を思った
普段ツインテールの髪型でありながらも髪留めを解くと
ツインテールをした痕跡が残らないほどさらっとした髪質で
色も少女の無垢な紫の瞳とお揃いの紫色で非常によく合っていて
そんな事を思ったからか髪を拭くアスベルの手が意図せず更に優しくなる
アスベルが自分の髪を拭く時にガシガシとやるようなものではなく
掬いあげた髪の一束を丹念に丁寧に、とても大切なものを扱うような手つきで
時間をかけてアスベルはゆっくりとソフィの髪を拭いていた

またしばらく時間が経って、ようやくソフィの髪を拭き終わった
ふぅっと一息ついて濡れたタオルを適当に畳む

「終わったぞ、ソフィ」
「ありがとう、アスベル」

振り返りながらソフィが礼を言う、アスベルはそれに笑みを返して
なんの気なしに窓の外を見るとさっき見たときより明らかに真っ暗だった
どうやら気付かぬうちに結構没頭してたらしい
アスベルはそっと立ちあがり、自分の座ってた椅子を片付ける
ソフィもそれに倣い、アスベルの片付けた椅子の隣に自分の座っていた椅子を置く

「アスベルはもう寝るの?」
「うーん、正直まだ眠くないな」

ボスッとベッドに腰かけてソフィの問いにアスベルはそう返した
ソフィもやや考えるかの仕草をした後、アスベルの左隣に腰かけた
アスベルの時のように重さを感じさせないベッドのやんわりとした反発を受けながら

「私もまだ眠くない、まだここにいてもいい?」
「ああ、かまわないさ」

アスベルはそう言って座った体勢からベッドに体を倒し、ベッドから足だけ投げ出す形になる
ソフィも真似をするかのように同じことをする
しばしぼんやりと天井を見るアスベル、ふと左手に何か覆うような感触があるのに気付く
何だろう、そう思い頭だけ持ち上げて自分の左手を見るとソフィの髪が左手を覆うようにかかっていた
それにアスベルはふっと微笑を浮かべた、ああ、やっぱり

「綺麗だよな、ソフィの髪」

クロソフィの花みたいで、とこの少女の名の由来である
鮮やかな紫の花を思い浮かべながら知らず口をついて出た感想
でもアスベルはそれに自分で驚く事はなく
変わらず自分の左手をかかる紫の髪を見つめていた

「アスベルにそう言ってもらえると、なんだか嬉しい」

ソフィもつられたように笑みを浮かべた
はは、と少しだけ笑い声をあげてアスベルはソフィの髪を
頭を持ち上げずとも見える位置までそっと掬いあげる
そんな行動になんなく答える長さの髪、指に絡まる髪を指先だけでそっと遊ぶ
柔らかな感触が心地よく、知らず少し夢中になる
そんな矢先にアスベルの髪に何かが触れた

「ソフィ、どうしたんだ?」

アスベルが自身の髪に意識を向けると触れていたのはソフィの手だった
アスベルがソフィの髪へするようにソフィもアスベルの髪をいじっていた

「アスベルの髪、好きだから」
「俺の?」

突如褒められる自身の髪にアスベルは疑念を抱いた
男である事もありアスベル自身今まで自分の髪になんて特別何か感じた事がないからだ
ソフィの言葉の意味するところが気になり、どうしてだ、とそう問うと

「土の色に似てる」
「土?」

言われてみればアスベルの髪はおそらく父親譲りなのだろう茶髪でそう見えなくもない、
しかし土の色だからなんだというのだろうか
右手で自分の前髪を摘みあげながら、アスベルが言葉の真意を掴めずにいると

「花が咲くためには、自分を支えてくれる存在が必要なの」

少しずつソフィが言葉を紡ぎだした、自分なりに出来る表現をしようと
頑張っているのが見て取れたのでアスベルはソフィの話にただ耳を傾ける

「花は土に支えてもらって、守ってもらって大きくなれる、大切なの」

「私、アスベルにたくさんの事を教えてもらった、たくさん守ってもらった」

「だから今の私があるの、私にとってもアスベルは私を優しく守ってくれてる、土ような存在なの」

だから、土の色をしたアスベルの髪が似合ってて好き
そういってソフィは笑った
アスベルは思わず呆然としてしまった、
それと同時に照れくさい感情が心を占め視線を天井へと戻す
自分の視界をやや覆っている自分の前髪の存在が、
特に意識をする事などなかった自分の茶髪がなんだか嬉しく思えて
この色をくれた父親にこっそりと感謝して

「ありがとな、ソフィ」

そういってアスベルはソフィに照れを隠し通せてない笑みを浮かべた




今まで願ってきたように

土のように守るための存在であり続けたい

花の名をもつ、この少女を、これからもずっと














あとがき

アスソフィ話、今回は個人的に甘めのつもり
髪のいじり合いって結構好きです
なんだか親密な感じがして
アスベルの髪は地面の色みたいだな、というのは
結構前々から思ってました
そうするとヒューバートは髪は空の色に思えてきました
対な感じで良いですね

土ってとても大切ですよね
なかったら前へ進む事もできません、毎日の土台です

お読みいただきありがとうございました!
(2010/4/28)
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