詩人であるならば「それ」を神様が涙を流している、とでも綺麗に表現するのだろうか

悲しみを抱えながらも、何故か泣けない、
そんな人のために神様は代わりに涙を流してくれる、と

なんとも美しい表現だ
それと引き換えに気障っぽさが増すのは
決して気のせいではないだろうけど

しかし…今自分が見ている「それ」を
神様の涙という表現を借りて言うのならば


――もうこれは号泣ってレベルだな


窓の外には耳を塞いでも聞きとらないのを許さない程の威力で
向こうの景色が霞んで見えなくなる程の豪雨がラントの大地を襲撃していた

書類を処理していた手を一時的に止め、
窓を容赦なく叩き続ける雨音を聞きながら
アスベルは外の様子を見ながら他人事の様にそう思った



雨そのものは、朝にはすでに降り始めていたのだが
今と比較するとその時の雨は比べ物にならないほど穏やかなもので
その時の雨こそ神様の涙、という表現が適切なのではと思うぐらいのものだった

だがそんな穏やかな様相は一変したのはついさっきの事だ
時間帯でいうならば昼を過ぎ、夕方に近くなった頃
いつものように書類の処理を黙々とこなしていると
さっきまで気にならなかった雨音が急に明確に聞こえるようになり
耳を叩く様なその音を怪訝に思い、その場に留まったまま窓の外を眺めたらこの有様である

何故だかわからないが特に自分に危害が及ばないようであれば
なんとなく立ちあがり、窓に歩み寄って外の荒れ模様を観察したくなる
豪雨によって遠目から見ていたのとほとんど変わらぬ
先の見えない景色がアスベルの視界を占める

本当に別に何も面白くないのにも関わらず
そのまま、どこまで遠くが見えるかな、と独り挑戦する
自分でも何をやってるのかサッパリだが、熱心に臨んでしまう
そんな自分に苦笑を零しながらも、その挑戦をやめるつもりは不思議となかった
そして全くもって意味不明な努力を重ねに重ね
アスベルの限界は屋敷の庭にある花壇の花をぼんやりと捉える事で終わる
だが、奇しくもその花は今アスベルの中では特別な存在にあたる花だった

――確かあれは昨日咲いたばかりの…

この豪雨の中でもかろうじて視界に捉えられる白き一輪
それは昨日ソフィが見せてくれた太陽の光を受けて
キラキラと眩しいぐらいに輝くような純白の花だった
それが引き金となり、庭に咲き乱れている花達の事を思い起こす

ソフィは花壇の花達の手入れに余念がなく
手入れを欠かす事はなく、花の一つ一つの存在を誰よりも大事にしており
綺麗に咲いているのを見ては嬉しそうに微笑んでいる光景は
同じくこの屋敷に住んでいるアスベルはもちろん、
フレデリックや、メイド達にも微笑ましくとても暖かなもので
感情に乏しかった頃のソフィを知っているアスベルにとっては
それは同時にとても嬉しいものでもある

そんな花の母さながらのソフィは新しい花が咲いたのを見つけた時
まずアスベルに真っ先に報告に来る
仕事が終わっていて体が空いている状態ならそのまま付き添って一緒にその花を見、
仕事中の時は執務室の窓をコンコンッと控えめに叩いてアスベルを呼んでその旨を伝えるのだ
なるべく仕事の邪魔をしないように、というソフィの配慮だ

仕事中のアスベルにとってはソフィのその報告は早く見てみたいな、という
仕事の後の楽しみを作り出す、いわば一種の原動力のように作用する
だから必ず、一緒に新しく咲いた花を見た後は、
また咲いたらすぐに教えて欲しい、とソフィにそう願うのだ
ソフィ自身もアスベルと共に見るのはとても楽しみであるようだ
報告に来る時はいつも微笑んでいる

だからだろう、つい昨日ソフィと一緒に見たその花から目が離せなくなった
ほんの少しだけ雨足が弱まったのか、先ほどより鮮明に視界に映る白
だが余計に雨に晒されて、風も出てきたのか煽られている光景までも映し出し
その花の姿にアスベルの目に不安の色が宿る

そんな心情から再び仕事に手がつけられるはずもなく
そのままアスベルは執務室を後にすることにした
一度休憩しようと、そう称して

執務室のドアノブに手をかけ、ドアを開け放つと視界に紫の髪が映った
この屋敷で紫の髪を持つ人物は一人しかいない
急な出来事に目を丸くして視線をやや下に向けると
同じくやや驚いたようなソフィの表情があった

「ソフィ? どうかしたのか?」

手が中途半端に不自然な形で上がっている辺り
今まさに執務室のドアをノックしようとした所だったのだろう
上げていた手は役目を失ったとばかりに重力に従って下降した
そんなソフィの様子から、何か用があったのだろうと思うが
今外は豪雨であるため、新しく咲いた花を見つけて報告に来たという線は考えにくい
だがわざわざ執務室に来たという事はアスベルに何かしら用があると考える方が自然だ
ひとまず心の内の不安を押し込めて、
アスベルはいつものように微笑を浮かべて話を聞く態勢を取る

「アスベル…お花、大丈夫かな…?」

不安に駆られた様相の気鬱なソフィの声によって
押し込めた不安はすぐにまた心の内を心配の色で染め上げ、
そして花をとても大切にしているソフィの不安が悲しい痛みをも与えた

――同じ心配をしていたんだな

だが同じ所に不安を抱えていたアスベルには咄嗟に元気づけられるような言葉は浮かばず、
そっとソフィの頭を撫でるぐらいしかできなかった
不安に駆られて頼ってきたのだろうソフィに、うまく言えない自分をアスベルは歯痒く思った

「花の様子を中からずっと見ていたのか?」

先ほどの自分と同じように花を見ていたのかと、そう思い訪ねてみると
ソフィは即座にゆるゆると、どこか力無く首を横に振った

「ううん、よく見えなかった、アスベルには見えたの?」

――そうか、雨が少し弱まったのはついさっきだったか

叩きつけるような豪雨がほんの少し弱まったのは
アスベルが執務室を出るほんのちょっと前の事だった
おそらくその頃はソフィは執務室に向かっている途中で、見られてないのだろう
さて、どうするか…アスベルは少し思案する

確かに花の様子は今ならまだ見られるかもしれない
だが雨風に晒されている様子を見せて更に不安に駆られたりしないだろうか?
アスベルはそこに別の不安を感じていたのだ

だがソフィに視線を向けると瞳には隠せない心配の色が見えた
そこには様子が見られるのなら見たい、という
切実な願いが込められているのをアスベルは感じ取った
だから、決心した

「…ああ、こっちにおいで、ソフィ」

閉めかけた執務室のドアを再び開き、ソフィを執務室に招き入れ、
アスベルも再度執務室に足を踏み入れた



パタン、とドアの閉まった無機質な音が無音の執務室に響く
部屋に通されたソフィはすぐに一番近くの庭が見える窓の側へ歩み寄り、外の様子を伺い始める
アスベルも遅れてソフィの後ろに立ち、ソフィに倣って外を見る

――ほんの少しでも雨足が弱まっていれば

そんなアスベルの望みは無情にも叶う事はなく、
先ほど見た光景と同じ光景が広がっていた事にアスベルは密かに落胆する
まだ雨足が強まっていないだけ幸いだったと思うべきかもしれないが
雨足が弱いとは決して言えない強さのままでは、その事実はなんの慰めにもならない

「雨、強いね…」
「…ああ、そうだな」

だが光景が同じという事は煽られている花達の様子が見えるのも変わらない
強い雨と風に打たれる花を見て、ソフィは何を思うのだろうか
ただ少なくとも不安な様子は感じられ、それがアスベルの心にも更なる不安を与える

「大丈夫かな…?」

花達から視線を外すことなく、ソフィは独り言の様に呟いた
だがその言葉の先はアスベルに向いている、
そして彼の言葉を欲している事も容易に読み取れる、だが

――どういう言葉をかけてやればいいのだろう

視線をソフィに移しながらアスベルは思い悩む
大丈夫、と声をかけるのは簡単だ、だが自分でも納得のいかないそんな言葉で
ソフィにとって救いになるとは到底思えない
もちろん自分も庭の花達が心配なのは紛れもない真実だが
その花達を精一杯育ててきたソフィの心配は自分のそれよりももっと大きいはずなのだから

そこまで考えて、アスベルはふと自身の思考を反芻した

――そうか、そうじゃないか

そっとアスベルはソフィの両肩に両手を乗せた
その感触にソフィが視線をアスベルの方へ向けるとアスベルは微笑を浮かべていた

「きっと…いや、絶対大丈夫だ」

自信に満ち溢れたアスベルの言葉にソフィは心が軽くなるのを感じた
だが心の奥底にある不安までは拭いきれない
実際ソフィの瞳から不安の色は和らいだものの消えてはいない
だがアスベルは変わらず微笑を浮かべながらソフィの瞳を真っ直ぐに見ながら言葉を続けた

「あの花達は誰が育てたんだ?」

唐突に紡がれる質問、咄嗟の事で言葉に詰まったがソフィは答えを返す

「…私」
「うん、そうだよな」

アスベルは頷きながら、ソフィの肩に置いた手の力を若干強めた
突然の問答の意味する所を掴み取れず、ソフィが疑問符を浮かべる

「あの花達はソフィが育てたんだ、頑張って、育てたんだよな」
「…うん」
「なら大丈夫、一生懸命ソフィが育てたんだ、だから花達が雨風に負けるわけがない」

そうだ、ソフィは花達を慈しんで、大切にしてきた
そんな花達ならきっと、ソフィの思いに応えてくれる

「俺はソフィの育てた花達を信じてるよ」

不安でやや伏せられていたソフィの目が見開かれる
アスベルは視線を窓から見える花達に移す
あの時、ソフィに言葉では応えなかった事をよかったと、そう思いながら

依然として雨風は止む事を知らないままだ
しかし、見える範囲内に限られるが
倒れてしまっている花は未だどこにも見受けられない
度重なる自然の猛威にも負けず、ただその場にたくましくある様子には
どこか頼もしさを覚えさせた

ソフィの肩に乗せたままのアスベルの手にソフィの手が重なった
また視線をソフィへと向けると今のアスベルと同様に
どこか自信に満ちた笑顔を向けていた

「うん、私も、信じる」

ソフィの瞳の奥にちらついていた不安は、もうそこにはない事に
アスベルは心に引っかかっていた重みが落ちた様な感覚を覚えた
それと同時に思い出した事一つ

「あ、仕事…終わって無かったっけ」

やや苦笑いを浮かべながら机を振り返ると
ラント領主の机の上にはまだ未処理の仕事が手をつけられるのを今か今かと待ちわびていた
しかし、ここで気付く

「じゃあ私、部屋出てるね」
「――いや、ここに居ていいよ、そこまで多くないから」

嘘ではない、確かにまだ残っているが
今頃になってどこまで仕上げたかを確認すると、
思いのほか進んでおり残りの仕事はあまり無い
どれぐらい残ってるのか、と聞かれると
なんでこのまま終わらせなかったんだと自分に聞きたくなるぐらいの量
今から手をつければものの数分で片が付くだろう
とっとと仕上げようとソフィを窓付近に残して再び椅子に座りなおした
結構長い間椅子から離れていたのを熱の感じられない椅子が語っている

「でもアスベルは一応仕事中だよ?」
「大丈夫、すぐに仕事中じゃ無くなるからさ」
「…うん、わかった」

また仕事に手をつけて間もない時から見えている仕事の終わり目
でもほんの少しだけ仕事の処理をするその手を早める
アスベルの許可こそあれど、仕事とそうでないときの線引きをしているソフィは
多少の居心地の悪さを感じているはずだ、早く解放してやろうと、そう思って

――とか楽観的に考えていたら
仕事の終わるかどうかのものすごいギリギリの所で
フレデリックがお茶を手に執務室を訪れて二人して少し焦ったのは、また別の話となる
あえてここで少し語るならば
入室してきたフレデリックに対して仕事は今丁度終えた所を、
少し前に終えたと仕事の完了時間を些か鯖読んで報告したアスベルの機転で
どうにか悟られずに済んだらしい、実際の所それでいいのかどうかはさておき



そんな小さな騒動のあった日の翌朝、屋敷の2階の寝室で
アスベルは自室のベッドからその身を起こした
起きて早々にベッドから抜け、窓から外の様子を見ると
結局昨日の雨はあれから一日中止む事を知らず降り続けたのだが
大荒れだった空模様はそんな事など知らんと言わんばかりの快晴となっていた
窓から差し込んでくる日の光を気持ちよく受けながら
アスベルが庭を見下ろすとソフィの姿をその目に捉えた
その姿を確認すると同時にアスベルは素早く身支度を整え、
部屋を後にして屋敷の階段をいそいそと駆け降りた

ギッ、という音を立てて少しずつ玄関の扉を開く
外の玄関前の石段には昨日雨の爪跡と思わしき小さな水たまりが点在していた
ほんの少し濡れている状態が実はかなり滑りやすい
滑らないように気をつけながらアスベルは些か慎重に庭へと歩みを進めた
そして歩みを進める過程で庭の花壇を見まわす
そしてアスベルは嬉しそうに笑顔を浮かべ、
すでにこちらに気付いているソフィに軽く手を上げて挨拶を交わす

「おはよう、ソフィ」
「おはよう、アスベル」

ソフィの表情もアスベルに劣らず嬉しそうな表情だ
それもそのはずだ、なぜなら

――やっぱり、応えてくれたんだな

どの花も花弁から滴を滴らせながら、しっかりとその身を立たせていた
昨日の自然の猛威に負けなかった姿が、確かにそこにある

「よかったな、ソフィ」

花達が無事で、そう意味を込めてソフィに言葉をかけると

「『よかった』、なんて思ってないよ」

変わらず笑顔のままソフィはそう返した
突然の事に疑問符を浮かべるアスベルに

「だって、『信じてた』から」

より一層笑みを深め、そう嬉しさを零すソフィ
零れた嬉しさはアスベルへと注がれ、アスベルもより一層笑みを深めた

「そうだったな」

花壇の側に屈み、今まさに花弁から滴り落ちようとする雫の下に
アスベルは自分の手を添えた

寸刻置いてアスベルの手の中で弾けたその雫は太陽の光を受けて燦然と輝く
だがその雫を今まで支えていた花も強く輝いているようにアスベルには感じた


その強い輝きは、ソフィが与えた



とても強い、綺麗な生命の光










あとがき

もとは梅雨ネタのつもりで書いたもの
しかし単なる嵐か台風が来たかのような
ネタになった気がしないでもない(汗

ED後話です
二人一緒に暮らしてるみたいで妄想が膨らみやすい!
距離感とかは相変わらず掴みにくいですが(汗

この話に限った事ではないのですが
「&」寄りの「×」な感覚が拭えませぬ
まあ、そんな所がアスソフィの良い所でもあり
そこもひっくるめて好きですが!

ちょこっと裏話すると
実際地味に難産だったりしました、
水面下では結構書き直してたりします
でも愛ゆえに書き続けましたとも!

お読みいただきありがとうございました!
(2010/6/21)
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