万物、時の流れに逆らう事かなわず

それは自然の理で、
この世に存在するものに等しく与えられる

命は永遠のものではない、時間と共にいつかはその命を終える
硬い石だって長い長い年月を経て自然と風化し、やがて消失する
一度起きてしまった過去の事を現在において無かった事に出来ない

これらはその理に基づいた当たり前の事にして絶対の真理

にも関わらず、いや、だから、というべきか
人は時として永遠のもの、変わらぬものを求める
生に縋る者は永遠の命を
愛し合う者達は不変の愛を
しかし実際にそんなものは存在しない
先に述べたように時に逆らう事はできない
不変を求める事は、到底無理なのだ

かといって不変を求める事が愚かな事であるとは限らない
変わって欲しくない
その願いが時として人の強い原動力となりえる

例えば、大切な友達と共に願った、変わらぬ友情


アスベルにとって、それは大切な願いで
変わってしまった、いや変えられてしまった友を助けるための力を手に入れたい
そんな願いが彼をこの旅でゆっくりと、だが確実に強くしていった
もちろん彼が、リチャードがこれまでに起こした所業が彼自身の意思という可能性もある
だが、アスベルは信じていた、あの時誓った友情を、彼の優しさを
万が一、彼自身の意思だとしても、求める強さは変わらない
友を助けるための力、
それは間違った道を進もうとしている友を正すための力にも成り得るのだ

目の前の少女も自分が力を求める大きな理由となっている
子供の頃の自分は本当に傲慢だった、自分には力がある、とそう驕っていた
だが7年前のあの事件で思い知らされた、そんな力など無かった事を
どうしようもなく、無力だったのだと
突如として現れた得体のしれない敵、成す術なく地に伏せられた自分
大切な少女、弟、幼馴染、誰一人守ることも出来ず、
後に自宅のベッドで気がついた時に
父から聞かされた、ソフィが死んだ、という現実

もう大切なものを失いたくない
そんな思いから騎士学校の訓練に全力で打ち込んだ
だが、ソフィは死んだ、二度と会う事はできない
その離恨が与えた心の傷は深く、どんなに訓練に打ち込もうとも
なによりも残酷な事実はどうやっても拭い去る事はできなくて
むしろ拭おうとすればするほど重圧は強くのしかかって
思い出す度に何度も泣きそうになった
叶わないと知りながらも、また会いたい、と何度そう願っただろう

だが、奇跡が起き、アスベルはソフィと再会できた
初めて出会った時と同じ、あの花畑で
当初、またも記憶を失っており、あのソフィと同一人物かはわからなかった
しかし現王リチャード率いるウィンドルによるラント襲撃を退けた際
彼女は幼かったアスベル達の記憶を取り戻した、少女は、ソフィだった
その事実にアスベルは歓喜した、本当に嬉しかった
それと同時に、この少女を今度こそ絶対に守る、
ソフィを守るための力が欲しい、とても強い願いが生まれた
今もその願いは消えることなく、むしろ更に強く願うようになって
そんな願いがアスベルを強くしていくのだ
そして今は仲間達と、もちろんソフィとも一緒に旅をしている
ソフィは変わらず純粋で無垢なままで、7年前と同じだった
本人は周りの人が成長してるのに自分が変わらずなのをひっそり気にしてるようだが
密かに、その事実が嬉しいと感じる事がある、やはりソフィはソフィなんだな、と


ただ、何事にも例外という存在があるわけで

激しく既視感を覚える光景、
こんな時にこういう所は変わってほしいな、と思う

あっちゃー、と顔を覆うアスベル、ソフィは疑問符を浮かべながら
アスベルの真似をするかのように顔を覆っていた
その行動の意味するところは絶対に察していないだろう

――またドアを壊したか

アスベルの視界には更に壊れたドアが静かに横たわっていた




事の始まりとしては数十分前に遡る
時刻としては朝、宿を取ったアスベル達は清々しい朝を迎えた
部屋はそれぞれ一人一部屋、窓から差し込む暖かな光によってアスベルは意識を浮上させた

「朝か…」

体を起こし、ぐっと伸びをする
早々にベッドから体を起こし、窓に近寄り、開け、外の空気を吸い込む

「気持ちいい朝だな」

そんな感想を抱き、早速身支度をする
騎士学校に通っていた当時、訓練で朝が早い事は頻繁に有り、朝には強い方になった
いつもの白いコートを身にまとい、軽く身支度を整えて、部屋を出ようとした時
それは起こった

ガタン

「あれ?」

何故か開かない、鍵がかかっているのだろうか、そう思い見てみる
うん、確かに開いている、というかかけた覚えがない
確認が済み、もう一度開けようと試みる、が結果は同じだった

――これは、まさか

ドアが壊れた
どう考えようがその結論にしか行きつかなかった
突如起こった事態にアスベルは立ちつくす

「まいったな…」

生憎と部屋の出口はこのドアしかない、先ほど開けた窓から一旦出るかとも考えたが
地面は結構下の方にある、そう、ここは1Fではないのだ
側に木とか、足場になるような物があれば別だが、記憶が確かならそれはなかった
八方塞だ、途方にくれるアスベル、その時

「アスベル、起きてる?」

コンコンッとドアをノックする音と声、ソフィだ

「起きてるぞ、ソフィ」

そう返すと、すぐにドアの向こうから返事がきた

「おはよう、アスベル」
「おはよう、ソフィ」

のほほんと呑気に挨拶を交わす二人、ただし、ドア越しに
しばしそのまま沈黙する、時間だけ無意味に過ぎていく
どうにもできず苦笑するアスベル、部屋の前でただ直立するソフィ
声が聞こえたにも関わらず時間が経っても出てこない事に疑問を持ったか
ソフィが問いかけてくる

「アスベル、どうしたの?」
「あーいや、それが…実は」

変わらず苦笑いを浮かべながらアスベルは自分の置かれてる状況を説明する
ソフィがやや戸惑いを含んだ声で聞いてきた

「開かないの?」
「うん、やってごらん」

ガチャガチャッとノブを回す音がドアから聞こえてきた
だがそれまでだった、ドアは変わらず固く通行止めを訴えていた
向こうから開けようとしても無理だったようだ、予想はしてたが

「…本当だね」
「な?」

残念そうなソフィの声にアスベルは軽く返すが事態はそんなに軽い物ではない
どうしたものか、と再び窓の外を見にいくアスベル
何か足場になりそうなものはないか、と一縷の期待を込めて

「アスベル、今ドアから離れてる?」
「ん? ああ、今は窓の近くに…」

そんな中、ドアの向こうのソフィから問いかけがあった
窓の外に足場を探す事に注意力が持っていかれてたアスベルは
ぼんやりと返事しようとした所で、はっとした
非常に覚えのあるやり取りだ、七年前の、あの時と
今置かれてる状況は子供の時に父から与えられた罰で軟禁された時に非常に良く似ている
あれを、再現しようというのなら、この後少女の取る行動といえば

ザッという何かを、いや明らかに床を踏みしめた音がドアの向こうから聞こえてきた
間違いない、やる気だ、本気だ
そこまで考えてアスベルは血の気が引く、いくらなんでもそれは早計では

「ま、待ったソフィ!!」

慌てて制止の声を上げる、ドアの向こうの少女に聞こえるように大声で
だがそんな切羽詰まった制止に対して帰ってきたのは

「えい」

無情な判決が下った証の、少女の台詞とは裏腹に意気込んだように思えない平坦な声

直後、ドゴォッ!、という爽やかな朝に、例えるなら
ストラタ大砂漠にザヴェートの雪の組み合わせ並みに似つかわしくない
物騒な物音を宿中に轟かせアスベルの部屋の出口は開通した、
少女の小さな拳によって、荒っぽく、とってもバイオレンスに
宿の外で数羽の鳥が慌ててどこかへ飛び立ったのは誰が気付いただろう

開いた、とどこか少しやりとげた感のある顔を覗かせたソフィに
アスベルは今度こそ七年前のあの時とぴったり光景が重なった

思えば、きちんと咎めた覚えがなかった
記憶にある内で、この少女はこれまでに二回ドアを壊した経験がある
一回目は先に述べた七年前つまり子供の時、勝手に裏山にいった罰として軟禁された時
二回目はバロニアにて追手に追われた際、閉ざされた聖堂へ入ろうとした時
最初についてはこれは開けたんじゃなく壊したのだろう、としか言わなかった気がするし
聖堂の時は七年前と同様の事をやらかし、またやったのか、とぼやいただけで
ドアを壊す事は悪い事と言った覚えは皆無だった
しかし、ソフィにしてみればアスベルが部屋から出られなくて困ってると思い
アスベルを助けようと善意からした行動なのだろう
壊れたドアだって、ソフィがやらなくても壊す羽目になった可能性だってある
そう思うと咎める気にはどうしてもなれなかった、しかし最低限言っておくべきだろう
そう思ったので

「あー…うん、ありがとな、ソフィ」
「うん」
「でもな、あまりドアは壊すものじゃない、物は大切にするんだぞ?」
「わかった」

ゆえに助けてもらった感謝と今後のための忠告を込めて
頭を撫でながら軽く咎める事にした、我ながら少し甘いかな、と
アスベルは多少思いこそしたが結局アスベルはソフィに甘いのだった

当然の事ながらその後朝っぱらから突如轟音がしたことで
騒ぎをききつけ仲間達が駆けつけてきたが事態を把握すると共に
皆ソフィの所業に目を丸くしたのだった、無理もない
ソフィのドアクラッシュはアスベルしか知らなかったのだから
とりあえずこのドアどうにかしないとな、とアスベルは一人
床に突っ伏したドアの成れの果てをどこか遠い目で見るのだった

壊したドアに関してはこちらで修理する事にした
宿の主人には事情を説明したところ、咎められるどころか
むしろドアの不具合を詫びられたのだが
主人に聞く事もなく一方的に破壊するという暴挙に出てしまったので
その辺りに少し責任を感じ、アスベルは工具片手にドアの修理をする事にした
手先が器用なパスカルから、代わりにやってあげようか?、と申し出があったが
自分の責(実行犯はソフィだが)は全うしたいという思いからアスベルは大丈夫だ、とやんわりと断った
すると、何かあれば協力するからね〜、とパスカルは言い残してくれた
ありがとな、と去っていくパスカルの背にそう返すと
はいは〜い、と彼女らしい台詞を残していった

さて、とアスベルは一人袖を捲りあげながらまず現状を確認する
幸いにもドアはそこまで破損しておらず
あれだけの轟音を発したにも関わらず原型を留めており
部品を少し新調すればまたドアとして機能してくれそうで少し安心した
この宿、耐久性は抜群なのかもしれない、と妙な評価を与えつつ
アスベルは作業に取り掛かる事にした
ドアの修理などやったこともないが、最低限仕組みは知っている
どのぐらいかかるかはわからないが、やれない事はないだろうと自分を奮い立たせて

「よし、やるか」
「うん」
「…って、うわあ! ソフィ!?」

気合いを込めたら予想しなかった返事がされた事に驚き
アスベルは文字通り飛び上がってしまった、入れた気合いが霧散する
そんなアスベルを余所にソフィはとてとて、とドアに近寄り、自身が破壊したドアを起こした

「責任」
「ん?」
「私にも、あるから」

アスベルだけやるのはおかしいから私も手伝う、と自分の責を主張したソフィ
自責の念に駆られ、ちゃんと全うしようとしてる事にアスベルは内心感動した
初めに出会ったころは記憶喪失も手伝ってか物知らずな所も目立ったというのに
ちょっと涙腺が緩み、腕で目元を覆い隠すアスベル
第三者がいたら父親かお前は、と確実に的確な突っ込みを入れられただろうその仕草
(実際パーティでそんなポジションにいる事が多いが)
そんな親馬鹿だか兄馬鹿だかのどちらにしようが保護者な精神大爆発のアスベルに
ソフィはいつもの首を傾げて疑問符を浮かべる仕草を返すのだった
そんな心温まるような、少し呆れかえられそうな光景を繰り広げた二人は程なくして作業に取り掛かった

やや時間をおいて作業は滞りなく終わったが
正直アスベルはソフィが手伝ってくれて助かったと思った
ドアを支えながら蝶番を直す、これは一人では少々厳しかった作業だっただろう
ソフィがドアを支えてくれたことでアスベルは蝶番を直す事に専念できた
かくして現在見た目は元通りになった半開きのドア
だが実際に開閉できるかはまだ試してない

「直ったの?」
「ソフィ、試してみるか?」
「うん」

半開きのドアをノブを掴み引っ張るソフィ、特に力は必要ない
そのまま少しずつ引っ張って、引っ張って

カチャリッ

ドアが閉まった
無事に閉まった事に二人して肩の力を抜いて安堵する

「お、うまく閉まったな」
「これで大丈夫かな?」
「いや、今度は開けてみないとな、閉まったままじゃ意味がないし」

そっか、とソフィはまた少し緊張したような面持ちに戻る
アスベルも同様である、今度はアスベルがノブに手をかける

――このまま閉まったまま開かなくなってたらどうしよう

そんな不安に駆られるアスベル
もしそうなってしまったら手荒だがもう一度壊す事になるかもしれない
ぐっと無事に開いてくれ、と願いを込めつつ力を込めると

ギィッ、という音を立てて再び中の部屋の様相を覗かせてくれた

「よっし、大丈夫だ!」
「やったね、アスベル」

今度こそ心から安堵して二人は破顔して抱き合った
よかったよかった、と心底から喜びを表現して
辺りには感動の空気で満ち溢れていた

「ソフィ、二人で閉めようか」
「二人で?」

体を離し、アスベルがまた半開きになったドアのノブに
手をかけながらそう言うとソフィが首を傾げた
ああ、とアスベルは頷き

「俺とソフィが二人で直したんだ、最後も二人で締めくくらないか?」
「うん、わかった」

ソフィがわざと空けたドアノブの部分に手をかけたのを見て
アスベルはそっと引っ張った

さっきと同じように少しずつ引っ張られていくドア
だが先ほどの不安に駆られながらとは違う心持で

やがてドアは再び閉まった、同時にドアノブから手を離す

「ありがとな、ソフィ」
「ありがとう、アスベル」

互いに助け合った、その意味からどちらともなく感謝を述べる二人
さて、皆の所へ行こうかと共に歩き出す、仲間達の元へ




一見、別のドアと変わらぬそのドアは
深い絆でつながった二人のそれぞれの責任と
互いを想う心がたくさんつまってて

これからも旅人を迎え入れるのだろう



時に逆らう事が叶わなくとも

願わくは 永久(とわ)に


旅人に休息と安心を与える

やすらぎの時間へと導く扉とならんことを










あとがき

ソフィに「ドアクラッシャー」の称号がない事が不思議でなりませぬ(真面目

いや、地味にあってもいいんじゃないかと本気で思ってます
「ドアブレイカー」とか、
いやいっそ「ドアジェノサイダー」とかどうでしょ?

そんな願望が暴走したネタでした
しかし宿屋ネタ多いな自分、いいんだ、書きやすいから

ちなみにジェノサイド(genocide)は根絶やし的な意味です
なんか辞書引いたら結構物騒な単語が出てきたんで
表現は軟らかくしてます(汗
知りたい方は検索かけるか、辞書をお引きください

お読みいただきありがとうございました!
(2010/4/24)
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