「…よし、こんなものかな」

とある宿屋の一室でアスベルは
手入れの済んだ剣を窓から差し込む月明かりに照らし、
金属特有の綺麗な光沢が見られた事に満足していた

時間としてはもう深夜
何故こんな時間に手入れなどしているかというと
単純に時間が取れなかったからである、というかそもそもこの宿屋に着いたのが
ほとんど夜中だったのだ、宿に到着するまでは獣道を歩き通しの戦闘連続
当然のことながらパーティ全員が疲労状態だった、パスカルは変わらず元気そうだったが

そんなこんなで到着した宿屋でまずした事と言えば入浴である
先にも述べた荒行をしてくればボロボロになるのは必然であり、
全身が汚れるのは当たり前だし、夜は冷え込んで寒かったしで体を温めたいのもあり
シェリアなんかは荷物を部屋に置いたら素早くお風呂場へ直行したものである
ついでにめったに風呂に入りたがらないパスカルの首根っこを掴んで
(パスカルがごねてシェリアがキレたのは言うまでもない)
その後から続くように全員がお風呂場へと次々と足を運んで行ったのだ

それが終わったら今度は食事である
全員空腹である事は一致したらしく、先にお風呂から上がったシェリアが
宿の厨房を借り、すでに全員の分の遅めの夕食の準備に取り掛かっていたのを
見たアスベル達は口々に感謝を述べたものである
ほどなくして料理は出来上がり、一行はシェリアの料理に舌鼓を打った
いつになく空腹の状態で食べたのもあり、皆いつもより顔を綻ばせ、
談笑しながら食事の手を進めていった

そんな賑やかな食卓を囲んだ後、時間としてはもう真夜中で
それぞれ休息を得るため宛がわれた部屋へ次々と入って行った
もちろんアスベルも例外ではなかった
かなり遅い時間だったというのに人数分の部屋が空いていたらしく、
一人一部屋で宿を取ったのだ

アスベルも早々に寝てしまうつもりだった、ベッドに突っ伏し、
そのまま睡魔に身を委ねようとした瞬間思い出したのだ、剣の手入れをしてない事に
明日もう一日は滞在する予定であるので
明日やればいいかとも思ったのだが錆になったりするのは困る
一旦気になり始めたのがいけなかったのか、
眠気こそあれど寝る気になれなくなってしまった
仕方なしに重い体を起こし、剣の手入れを始めたのだ、そして今に至る

「さて寝るか…」

剣を鞘にしまい、手入れ時に用いる道具も片付け、今度こそ寝ようとした、その時だった
コンコンッと部屋のドアを控えめにノックする音が聞こえたのは

「アスベル、起きてる?」

直後ドアの向こうから声が聞こえた、ドア越しなので少しくぐもっているが、
ソフィの声だとわかった、寝そうになった意識がやや覚醒する

「ソフィ? 起きてる、入ってもいいぞ」

そういうが否や控えめにドアが開かれ、ソフィが中に入ってきた
就寝前だからか、いつもはツインテールにしている髪はほどかれ、そのまま下ろしている
髪型一つでどこかいつもと違う雰囲気を感じさせるのにアスベルは密かに驚いた

――そういえば、女は髪型で化けるってシェリアに言われたような…

昔の幼馴染の言葉を思い出すと同時になるほど、と一人アスベルは納得した

「アスベル、お願いがあるの」

そんな思考を打ち消すソフィ、アスベルもその言葉によって意識がソフィへと戻される

「お願い? 何だ?」
「一緒に寝てほしいの」

思わず、え、と言葉が漏れる、唐突すぎる、
とりあえず理由を聞いてみようと思い、急にどうした、とソフィに聞いてみると

「なんだか眠れないの…眠れないときシェリアに一緒に寝てもらうんだけど、
シェリアはもう寝てる、どうしようと思ったらアスベルの部屋から物音が聞こえて、
まだ起きてるみたいだったから、アスベルにお願いできないかなって」

そういう事か、と事情を理解する半面、さて受け入れていいものかとやや悩む
仮にも男女が同じベッドで寝るのはいかがなものかと思う面があるからだ
普段アスベルはソフィに対して父親的な位置づけで接してこそいるが
元々は互いになんの血縁関係もない、
若干年齢差はあるものの一応は年頃の男女なのである
うーん、とアスベルが頭を悩ませていると

「…ダメ?」

目を伏せ、控えめに、それでいて残念そうな声がソフィから発せられた
元来アスベルは困った人を放っておけるような性格でも性分でもない、親しい人なら尚更だ
そんな中でソフィはアスベルにとって一際大切な存在である、
ゆえにソフィを悲しませる事だけはどうしても彼にはできない
この時点でアスベルの答えは一つしかなかった

「…わかった、おいで、ソフィ」

結局アスベルが折れた、これでいいんだろうか、とまだ心に迷いがあったが
許しを得たことで顔を明るくさせているソフィを目の当たりにして、
まあいいか、とその思考に区切りをつけることにした
アスベルの許可が下りたことでソフィはやや足早にアスベルの元に近づく
アスベルがベッドの奥側に寄り、寝られるスペースを確保する
その開けられたスペースにソフィがそっと体を滑り込ませる
ソフィがベッドに横たわったのを確認すると、アスベルは自分とソフィに布団を被せた

――しかし…ちょっと狭いな

ソフィが小柄な方であるとはいえ、元々今共有しているベッドは一人用である
人二人が並んで寝るのは若干キツイ、とはいえ今更どうしようもないので
なるべくソフィに広いスペースを使わせてあげようという親心のようなものから来る配慮から
アスベルはもう少しベッドの端に身を寄せ、背を向けようとした、その時だった

「ソ、ソフィ?」

急にソフィがくっついてきた、何事か、とソフィの方を見れば
どうしたの、と問うような目を向けてきた、聞きたいのはこっちなんだが、
とアスベルは心の中で突っ込みをいれつつ、行動の意味を問う

「いや、その…急にくっついてきたから」
「シェリアと寝た時、シェリアがこうしてくれた、なんだか安心できたから」
「…」

こういう時にソフィは世間離れしてるな、とアスベルは思う
同性や親とかにならともかく、異性に軽々しく取る行動ではない

――記憶喪失ってそういう事も抜け落ちるのだろうか…

ともあれ、ここは一応咎めておくべきだろう
そう思ったので諭すような口調で
ソフィにやんわりと忠告する事にした

「ソフィ、あまりこういう事はするものじゃないぞ」
「なんで?」
「その、異性に軽々しく抱きつくのは良くないんだ」
「どうして?」
「…」

なんだろう、この少女は記憶喪失うんぬん以前に根本的な物が抜け落ちてる気がした
しかしアスベル自身も何故よろしくないのかをうまく説明できる自信がない
なので、そういうものなんだ、と論理もへったくれもない結論で無理に締めくくるが
それに対してわかった、と納得するソフィに
アスベルは内心ほっとしたと同時に少し自分が情けなく感じた
ふと気付くとソフィの腕の力が弱まってきていた、
咎められたことでやめたほうがいいと思ったのだろう
だが、さっきの行動の意味は安心できるから、とソフィは言っていた
好ましくはないだろうが、自分がその安心感を与えられるのなら与えてあげたい
そんな思いからアスベルはもうほとんど力の入ってないソフィの腕をやんわりと止めた
予想しなかった制止にソフィはやや驚いた表情でアスベルの顔を見る
そんなソフィにアスベルは優しく笑みを浮かべた

「まあ…今回は構わない、でも今後気をつけるんだぞ?」
「…うん」

そういうと、ソフィは嬉しそうな顔をしてアスベルの胸に顔を埋め、
すぐにソフィの力が強まっていった
さっきよりも強い力が込められている気がする
しかし、痛くはない、むしろどこか心地良い不思議な感覚をアスベルは覚えた
そんな感覚に目を細め、アスベルもやんわりとソフィに腕をまわした
アスベルのその行動にソフィが少し顔を上げ、アスベルの顔を見る
だがそれも束の間の事だった、ソフィの瞼が少しずつ下りていき、
それに比例するかのように持ちあげた顔もゆるゆると下りていく
窓から差し込む月の明かりによって照らされて輝く
綺麗な紫の髪をアスベルはソフィに回した手で頭を撫でながらそっと梳いた

「お休み、ソフィ」
「うん…お休み、アスベル」

その言葉を最後にソフィの意識は夢の世界へ旅立った
穏やかな寝息を立てて寝る様子にアスベルはまたそっと笑みをこぼし
ソフィに回した腕の力をほんの少し強め、ほどなくして意識を手放した

彼女に安心感を与えるための行動のはずが、
逆に彼女の方からとても温かくなる何かをもらってしまったな、と
そんな事を、思いながら








あとがき

初アスソフィです

やはり書いてて楽しかった、ほのぼの最高!
親と娘のような関係でありながらも
確かな深い絆があるこの二人が大好きです
自分的には少し甘くしたつもり…で、すが…
うん、甘くないですな(苦笑

そういえばアスベル達って宿で部屋はどういう風に取ってるのでしょう?
今回は一人一部屋って設定でしたが、
チャットにてソフィがパスカルの寝ながら輝術詠唱を妨害した事もありましたし
教官と寝る前にごき○んよう的なフリートークをしてるとの話もありますし
全員同じ部屋だったり、部屋を分けたりしてるんですかね

お読みいただき、ありがとうございました!
(2010/4/14)
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