○美味しい生活 | ナノ

「あー!プリンがない!!!」
穏やかな昼下がり、ヘッジホッグコーヒースタンド、通称ハリスタに名前の声が響き渡る。キッチンからホールに戻ると店のドアがバタンと大きな音を立てて閉まったところだった。

店に残っているのはリヒトさん一人(とリヒトさんに抱えられた黒猫一匹)。今日のバイトは私とロウレスの二人。必然的に今外に出て行ったのはロウレスになる。因みに緑の髪の彼は今日はお休みだ。
「猫さん、今日は何の話をしよう?虹の麓の話はしっているか?」
にゃ〜と鳴きながら拘束から逃れようとしている黒猫。そんな素振りを気にもせず、黒猫に話しかけ続ける彼に話を聞いても相手にされないだろう。
はぁ、と一つため息をついてから彼がほっぽり出した仕事を片付けることにした。

あーやっちゃったっス!
名前の叫び声を聞いて慌てて近くのコンビニまで駆けだした。
今から少し前のこと。リヒトがプリンを食べたいと言うので、冷蔵庫に一つ残っていたストックを渡したところ
「なんだこのプリンは!いつもと違って天使がささやくような口触り…!」
相変わらず何を言っているのかはさっぱりだが、うちの店で提供している品物ではないことは伝わってきた。その時はマスターの試作品だったのかな〜あとで謝っとこぐらいにしか思っていなかった。
食べ物の恨みは恐ろしい。というのも彼女が買ってきたショートケーキを、うっかり食べてしまったことがある。その時はこっぴどく叱られて3時間並んでケーキを買いに行った。名前も書かずにバイト先の冷蔵庫に入れっぱなしにしてあるというのもどうかとは思うが、ロウレスの分のチーズケーキを別に用意してあったから一緒に食べたかった…と凹む彼女を見たら言うに言えなかった。
駆け込んだコンビニで手あたり次第プリンをかごに入れていく。果たしてこれで彼女の機嫌は取れるのだろうか。
まぁダメだったらその時考えれば良いっスかね。
そんなことを考えながらハリスタまでひた走るのだった。

がちゃりと店の扉が開きロウレスが息を切らして入ってくる。
「プリン食べちゃって、いや食べたのはリヒたんなんすけど…とにかくごめんっス!」
ガサガサと音をたてて置かれたビニール袋の中には、馴染み深いプッチンプリン、最近流行りのイタリアンプリン、ちょっとお高いプリンアラモードまで、様々な種類のプリンが入っている。

「別に怒ってないから良いよ」
「ほんとっスか!?良かったぁ〜」
へなへなとその場に座り込むロウレスを見て思わず吹き出してしまう。
「なぁに笑ってんスか?こっちは必死だったんスよ?次は何時間並ばなきゃいけないのかって!」
「ごめんって、ふふ…だってさっきリヒトさんが食べたプリンは私が作ったものだもん」
頭にはてなマークを浮かべて首を傾げるロウレスに説明をする。
「この間、イタリアンプリン食べたいって言ってたでしょ?コンビニに行ったんだけど売り切れてたから、自分で作ってみたんだ!上手に出来たからロウレスに食べてもらおうと思って。でも今日はイタリアンプリン売ってたんだね」
「あー…そういえばそんなこと言ったような…。そういう事だったんスね〜あ〜オレ勿体ないことしちゃったな〜このプリンはワーくんとこにでも持っていくっスかね。コンビニより名前が作るプリンの方が食べたいっス!」
「うん、ありがとう。今度また作るから、おいしく出来たら一緒に食べよう」
「リヒたんが食べた奴より飛び切り美味いのを頼むっスよ!」
「はいはい。あ、でもバイトさぼってコンビニ行ったことは許してないからね!今度からは…」

二人の会話がキッチンの中に遠ざかっていく。リヒトの拘束からようやく逃れた黒猫が「やれやれ」とでも言いたそうな顔でにゃーと鳴いた。
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