○美味しい生活 | ナノ

八月。立秋を過ぎ、暦の上では秋に突入した日本。けれどお天道様は何が楽しいのか、毎日ギラギラと輝き自己主張に励んでいた。誰もそんな事望んじゃいないというのに。しかも熱帯夜続きで寝苦しい、まさに地獄の日々だ。理由は違うけれど、今なら日の光を嫌う吸血鬼達の気持ちが分かる。太陽ファッキュー。

 そして今日も今日とて、朝から太陽は天高く輝いていたのだけれど、昼頃から雲行きが怪しくなり、いつの間にかバケツをひっくり返したような土砂降りになっていた。暴風が吹き荒れ、横殴りに降る雨が窓ガラスに叩きつけられる。

「うわぁ……今日お泊まり会にして良かったねぇ」
「だな。遊びに行ってたら帰って来れなかった」

 窓の外を見ながら言う私の言葉に、真昼はホッとしたように頷いた。

 吸血鬼による兄弟戦争という波乱万丈な非日常を送っていようが、私達は学生である。絶賛嬉しい夏休みだ。そこで、折角の夏休みなのだから皆で遊ぼうと真昼が提案し「いんじゃね?」「お、いいな」と私と鉄。御園は「ま、まぁ椿の動向は気になるが、気を張ってばかりいても仕方がないからな。貴様らがそこまで僕と遊びたいと言うのなら遊んでやらん事もない」とそわそわしながら語っていた。つまるところ大賛成である。

◆◇◆

「おや……騒がしいと思えば」
「何故、貴様らがいる?」

 鉄、ヒューと一緒に風呂に入り逆上せて今の今まで気絶していた御園と、介抱していたリリイはリビングへ戻ると目をパチクリさせた。

「ゆけーっ鉄!! 全員吹き飛ばすのじゃー!」
「任せろ」
「ちょっ……リヒトってばリアルに攻撃しないで…!! ズルいっスよ!!」
「うるせぇクズネズミ。さっさと死ね」
「生きる!! てか兄さんももうちょい手加減して……ってああっ!! 死んだ!」
「……ロウレスうるせぇ」

 何故なら、今日はコンサートがあるからと誘いを断ったリヒトとロウレスの姿があったからだ。彼ら二人と、胡座をかきその上にヒューを乗せる鉄。そして寝そべるクロは、某大乱闘ゲームで火花を散らしている。優勢なのはやはりクロだ。

「この天候の所為で、会場雨漏りしてコンサート中止になったんだって。だからこっち来たんだと。……あ、終わった」

 最後までロウレスが喧しいままバトルは終了した。結果はメテオやハメ技を決めてブッ飛ばしていたクロが一位。二位は意外にもやり込んでいるらしい鉄で、三位はリヒト。そしてリアルでもゲーム内でも袋叩きにされたロウレスが最下位となった。

「リリイと御園もやる?」
「いえ、私は見てるだけで十分です」
「僕も今はいい」
「そか。じゃあロウレス私と交代ねー」
「ちぇっ……城田真昼ー、今日夕飯何スかー?」

 ロウレスはむくれながら洗面所へ叫ぶ。するとすぐに「冷やし中華ー」と返って来た。真昼は洗濯物を干している最中である。

「ヒヤシチュウカ?」
「あれ、ロウレスも食べた事ないの?」

 首を傾げるロウレスに問いかければ、彼はこくりと頷いた。私はそのままリヒト君へ視線を移す。彼も顰めっ面で首を傾げていた。

 ──冷やし中華とは、冷やした中華麺を使った料理の一種。野菜、叉焼やハム、錦糸卵などの色とりどりの具材を麺にのせ、冷たいかけ汁を掛けて食べる夏の麺料理。

「byウィキペディア……」
「オレがリクエストしたら、ヒューと御園のアニキが食った事ないって言ってよ。それじゃあこの機会に食べようぜ、ってなった」
「ふーん。美味しいんスか?」
「うん。さっぱりしてるし、今日みたいな暑い日にはぴったりだよ」
「おい、デザートはあるのか」
「あー……っと、御園何か持ってきてなかったっけ?」
「行きつけの洋菓子店で買ったケーキがある。選べるよう沢山買ってきたから、轟達も食べれるぞ」

 そんな和やかな会話をしつつも、テレビでは白熱した闘いが繰り広げられている。三人の選択キャラは先程と同じで、鉄はメタナイト、リヒト君はピット、クロはゲーム&ウォッチだ。私は最早相棒と呼んでも過言ではないサムスである。激しさを増すバトルに比例するように、雨音も大きくなっていった。

「いいねぇ! 盛り上がって参りましたぁ!」
「「うるせぇ」」
「名前のアネキはこれやるとキャラ変わるよな」
「天気も相まってテンション変なんだわすまんね」

 「はいメテオー!」とメタナイトをステージから飛ばした時だった。カッと窓の外が光る。そして間髪入れずこれでもかという雷鳴が轟き、部屋にある全ての明かりが消えた。

「ひっ……ななな何だっ!!?」
「御園! 落ち着いてください!」
「何じゃ!? 敵襲か!!?」
「あっこら、ヒュー。暴れんな」
「停電か……」
「だなー。いつ復旧すんだこれ……」
「タイミング悪っ!! 今回絶対一位だったのに……!!」
「アンタ呑気っスね!!」

「みんな大丈夫か!! 今懐中電灯持ってく……ってわぁー!!?」

 洗面所の方からガシャーンッという音に続いて、重量のあるものが落ちる音が聞こえた。恐らく無闇に歩き回り、何かにぶつかった挙げ句転けたのだろう。容易にその姿が想像出来て笑ってしまった。そして真昼の事を本気で心配しているのは「城田!!? 大丈夫か!?」と未だに若干テンパっている御園だけだった。

「真昼ー? 生きてるー?」
「……返事ねぇな」
「え、死んだ?」
「黙祷」
「お前らヒデーな」
「気を失ってしまったんでしょうか……」
「マジか。せめて懐中電灯持ってきて欲しかった。クロどこにあるか知らないでしょ」
「知らねー……」
「貴様らもう少し城田を心配しろっ!!」

 ついに真面目な御園がキレた。仕方がない。私は立ち上がり、お前の主人探しにいくぞとクロの服を引っ張る。ポケットからはスマホを取り出して電源を付けた。これを頼りにすれば歩けるだろう。クロは「えー……」と面倒臭そうに渋ったが、溜め息を吐いてその重い腰を上げた。

 小さな灯りを便りに一歩を踏み出す。刹那、目の前で明かりがついて、暗闇に青白い顔が浮かび上がった。私、御園、ロウレスの大絶叫が響き渡る。すると目の前からも「わぁぁぁぁあ!!?」と悲鳴が上がった。

「は、え……まひ………おまっ…驚かすな馬鹿!!」
「痛っ!!」

 誰だか理解した瞬間、私は懐中電灯で顔を照らし立っていた真昼の頭を殴った。後ろからは「へ…? 城田真昼……?」「何だ、真昼のアニキか。ビビった……」という声が聞こえる。

「いるならいるって言えよ……マジ向き合えねー……」
「わ、悪い……あまりにも酷い言われようだったから驚かしてやろうかと……」
「ホントだよ! 御園なんか泣いちゃったんだから!!」
「なっ…違うぞ!! これは目にゴミが入っただけで……違うからなっ!!」

 本当に泣いちゃったらしい。

◆◇◆

「で、何するんスか?」

 懐中電灯をテーブルの真ん中に置いて、ついでに水の入ったペットボトルで光を乱反射させて辺りを照らした。テーブルの回り囲む皆の顔が青白く見え、つい先程私は「何これ怖っ」と誰もが思ったであろう感想を溢した。

「何するっつってもなー」
「真っ暗だし駄弁るしかなくない?」
「電気が使えなくなると本当に何も出来ないですね」
「早く復旧しないかな……冷蔵庫の中身が痛んじまう」
「お前こんな時でも主夫か……」
「ケーキは大丈夫か?」
「ケーキは大丈夫かの!?」
「貴様ら……恐らく大丈夫だろう。保冷剤が入っているから」

 「そうか」「なら安心じゃ」とリヒト君とヒューは安心したような声を出す。心配するところが違う。

「じゃあ! 何か良い雰囲気だし、怖い話しないっスか?」

 いい事思いついた、という風にロウレスは提案する。それに食いついたのは真昼と御園だ。勿論、面白がってではない。

「っ…こんな時に不謹慎だ!! それにっ……そういう話をすると幽霊が寄ってくると聞いた事がある!! 祟られるぞ!!」
「そうだよ! それに、ほら……女子がいるんだぞ!! 名前だって嫌だよな!!?」
「そうだね、嫌かな。そうそう、怖い話じゃないんだけど、こないだ私、放課後に学校の図書室で勉強してたんだよね。うん、まだ夏休みに入る前。家だと集中出来ないし、図書室冷房かかってるから良いと思って。しかもその日は図書室には司書さん一人だったから凄い勉強に集中出来たんだ。でも私、いつの間にか眠っちゃったみたいでさ、起きたら7時回ってて司書さんもいなくなってた。司書さん何で起こしてくれなかったんだろうって思ったよね、まあ居眠りした私が悪いんだけど。それで急いで図書室から出て階段下ったんだ。でもさ、おかしいの。下っても下っても一階につかないんだよ。図書室って三階にあるんだけど、明らかに三階分以上下ってた。あ、これヤバいヤツだ、どうしようって。私ひたすら階段下ったんだ。そう、パニックになってた。だけど、下っても下っても階段は無限に続いて、半泣き状態で一旦踊り場で止まって、気づいたんだ。私が立ち止まったのは大きな鏡の前だった。でもうちの学校、どこの踊り場にもそんな鏡ないんだよね。不思議に思いながらその鏡見つめてたんだけど、そこに映る私がにやって笑っ──…」
「あああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 御園が悲鳴を上げて隣に座るリリイにしがみついた。あまりの勢いに彼が座っていた椅子がガタッとずれる。リリイは満更でもなさそうな表情で「よしよし」と御園の頭を撫でた。私は親指をグッと立てる。

「ナイスリアクションありがとう」
「ききき貴様ァ……!!」
「怖いですねぇ。それって実話ですか?」
「うん。マジで怖かった」
「え、じゃあその後どうなったんだ?」
「目覚ましたよ、図書室で」
「……はぁ? 夢オチっスか?」
「うん。でもさ、ああ何だ夢だったのかーって、安心して辺り見渡したら司書さんいなくて、時計見たら7時回ってた。全く夢と同じだったわけよ」

 もうね、泣きながら念仏唱えてダッシュで帰ったよね。そう言いながら、隣に座る真昼の顔を伺う。特別怖がっているようには見られなかった。

「怖くなかった?」
「……怖いというより、名前が図書室で勉強ってのが意外だなぁっと」
「失礼だなお前」

 クソ。さっきの仕返ししたかったのに。

「怖いっスねぇ。仕方がないから楽しい話するっスよ、そしたら怖くなくなるでしょ。オレって色んなバイトをするのが趣味で、最近までコンビニで働いてたんス。たまには初心に帰るのも良いかなって思って。それで、吸血鬼であるオレは当然深夜勤務なんスけど、客が少ないからかなり暇でさ。シフトが一緒の先輩といつもバックルームで漫画とか雑誌読んで過ごしてたんスよね。で、ある日の事。その日も同じ様に、バックルームでお菓子食べながら先輩と喋ってた。ちゃんとモニターチェックしながらね。そしたら、本棚のところに女が立ってるのに気づいたんスよ。腰まである長い髪の女。チャイム鳴ってないよなって、先輩は変な顔したけど、たまに鳴らない事もあったから二人とも特に気にしなかった。でもね、いつまでも立っても女は動かないんス。本を読んでる訳でもない。何も持たず、じっと本棚を見つめてる。『コイツ万引きする気なんじゃないか』って、先輩はモニター見ながら言ったっス。確かにやらかしそうな雰囲気してるなってオレも思って、挟み撃ちで捕まえる事にしてバックルームを出た。それでいざ捕まえようと飛び出したんスけど、本棚の前に女の姿は無かった。挟み撃ちにしたんだから逃げれる場所なんて無いのに。オレ達は驚いてコンビニ内、女子トイレまで覗いて探した。でも、あの女はどこにもいなくて、オレ達は首傾げながらバックルーム戻って改めてモニターを確認したんスよ。女は映ってなかった。それに二人して大袈裟なくらい安心して『よかったぁ』『これでまたいたらビビるっスわ』て笑って、同時にオレの耳元で『いるよ』って──…」
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 再び御園の悲鳴が響く。「御園、流石にちょっと苦しいです」と言いながらもリリイは変わらず彼の頭を撫でていた。一方で「ああ。無様に泣きながら帰って来た日か」とリヒト君が呟く。

「ちょっとリヒたん嘘つかないで!! 泣いてはいないっスよ! あの瞬間はマジで気絶する5秒前だったっスけど!」
「で? そのコンビニバイトまだ続けてんの?」
「その日のうちに辞めたっスよ、先輩はまだ続けてるらしいけど……気がしれねぇっスわ。……てか兄さん達は何で無言でじろじろ見てくるんスか。地味に視線合わなくて怖いんスけど」
「ロウレス……お前の事は忘れない」
「向こうでも達者で暮らすのじゃぞ」
「向こうってドコ!? 兄さん達には何が見えてるんスか!!?」

 ぎゃあぎゃあと騒ぎ始めるロウレスをリヒト君が物理的に沈めるのを横目に、クロ達は何か見えてるのかとリリイにこっそりと聞いた。リリイは笑顔で首を横に振る。つまり嘘。ただロウレスをからかっているらしい。

 すると突然「あっ」と、真昼が何か思い出したかのような声をあげる。

「どしたの?」
「いや、俺も話せる事あるなって」
「! お前もか城田!!」
「うわっ御園落ち着けよ! 俺のは二人みたいに怖くないよ! どっちかっつーと不思議な、よく分かんねぇ話だから!!」

 キッと恨めしそうに睨む御園に、真昼は慌てて怖い話ではないと否定する。じゃあどんな話なんだろうと、私は真昼を見つめる。クロ達もじっと彼に視線を向けていた。それに気づいた真昼は、一つ咳払いをして「じゃあ、話すな」と語りだす。

「俺は誰でしょう?」

 「は?」と誰かの声が聞こえて、視界は白に染まった。

「うっわ眩しっ」
「っ…復旧したのか」

 電気が戻り、灯りがついてテレビから音が戻ってくる。ゲームはスタート画面に戻っていた。窓の外に視線を移すと、あれだけ荒れていた天気は小雨にまで回復していた。

「え……真昼のアニキは?」

 珍しく動揺したような鉄の声。鉄ってば何言ってるんだ。私はそう言いながら、隣にいるであろう真昼の方へ向く。けれどそこに真昼の姿はなく、ただ空席の椅子があって、反対側に座るクロと目が合った。

「……え、真昼は?」
「ちょ、冗談キツいっスよマジで……あっ分かったテーブルの下──」
「いねぇぞ。テーブルの下」

 すでにテーブルの下を覗いていた鉄が言う。「潜っても誰かしらの足にぶつかってバレるだろ」とリヒト君が続けた。そして部屋は水を打ったように静まり返る。笑えない。リリイに抱きついたまま、御園は青ざめた表情で「城田は連れてかれたのか……?」と弱々しく呟いた。

 するといつの間に向かったのか、洗面所の方から「真昼!?」とクロの声が聞こえてきた。私達は一斉にそちらに向かう。洗面所には倒れている真昼と、傍らにしゃがみこむクロの姿があった。

「倒れてた……息はある。おい! 真昼!」

 クロは真昼を抱え、ぺちぺちと彼の頬を叩く。間もなくして唸り声が上がり、閉じていた瞼がゆっくりと開いた。

「クロ……? みんなも……おれ、なにして…っ痛…」
「お前、おでこスゲー腫れてるぞ……」
「……あ、あー…思い出した」

 真昼は赤く腫れるおでこを押さえながら顰めっ面になる。曰く、真っ暗闇の中、懐中電灯を探しに行こうとしたのだが見事方向感覚を見失い、立て掛けてあった掃除機にぶつかり転がって、おでこを床に打ち付け気絶したらしい。私の予想通りだ。

 しかし、家主の大変可愛らしいドジっ子っぷりに心は暖まらず、寧ろ血の気が引いていった。

「……オーケー。真昼は今の今まで気絶してたわけね?」
「? 起きたとこ見てたじゃん。てかお前ら、」

 何で顔真っ青なの?
 きょとんとして首を傾げる真昼を見て、私のSAN値は直葬した。

「あー! マジ無理!! 誰か私の記憶飛ばしてくれないかな!?」
「リヒたん見てこれ! 鳥肌ヤバい!」
「黙れクソネズミ。まあ大天使のオレに浄化されたのだから、アイツも天界に旅立っただろう」
「ヒュー、オレ心霊体験初めてだ」
真祖サーヴァンプすら騙すなんて日本のゴーストもやるのぉ」
「ですね。あ、だからリビングに来た時も気配を感じなかったんでしょうか」

「城田!! とりあえずお前が連れていかれなくて良かった……!!」
「御園っ!? え、なに、どういう状況だこれ……!!?」
「いや、キサマちゃんが泣くのもしかたないっつーか……まあ、何だ………今日暖かい物食べようぜ」
「何でだよ!!」

 「冷やし中華って決めただろうが!!」と騒ぐ真昼には悪いが、私達はクロの意見に大賛成である。こんな冷えきった身体で、さっぱり冷やし中華なんて食べれたもんじゃない。私は鳥肌の引かない腕を摩りながらリビングを覗きこんだ。テーブルの上では、付けっぱなしになった懐中電灯が爛々と輝き続けている。それを見た途端私はまた身震いして、腹いせに今度こそ本物の真昼を殴りに行った。

 「俺は誰でしょう?」
 灯りがつく直前に聞こえた台詞。あれは真昼ではない、全く知らない男の声だった。
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