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ハッカ(赤司)






「わたし、ドロップの中でいつもハッカを食べる子供だったの。」

彼女は唐突に語り出した、夕暮れの薄暗い公園でのことだった。


「色とりどりのドロップの中で、真っ白なハッカ味、レモン味のドロップと色が似ているから、間違えて食べた人が吐き出した様子をよく、覚えてる、」

「…僕も嫌いではないけれど、確かにあれは、子供が好き好んで食べるような味ではないね、」

その言葉に彼女はまた、悲しそうに顔を歪めた。
欲しいのはそんな言葉ではない、というかのように。


「わたしがハッカ味のドロップを食べることで、その一つの缶が成り立つという事実に、幼いながら誇りを感じていた、嬉しくもあった……わたしはいつからか、本当にハッカ味が好きだったのかなんてわからなくなってしまった、」

そこまで言うと彼女は、おもむろにカバンからドロップの缶を取り出す。
カランカランと缶を鳴らし、幾つかこぼれたドロップの中から、やはり彼女は真っ白なそれを選ぶ。

「はい、赤司くんもどうぞ、」

彼女の掌の上に並んだドロップの中から、赤いものをつまみ上げた。
懐かしい味だった、何年ぶりだろうかと思い出を反芻する。

そういえば、自分もあの頃は色のあるドロップばかりを選りすぐっていたように思う。

それならば、残ったあの、ハッカのドロップは何処へ消えていたのだろう。



「本当にハッカが好きだった筈なのに、いつからかわたしはわからなくなってしまった、本当はハッカなんて嫌いなのかもしれないと、思うようになってしまった。本当は誰かに、必要とされたくて、ハッカ味のドロップを食べていたのかもしれない、とさえ…」


彼女が言い淀んだのは、その目に涙が浮かび始めていたからだった。
そっとハンカチを手渡すと、彼女は鼻声で小さく、ありがとうと言った。ハッカはやっぱり、鼻の奥がツンとしちゃうな、とも。

「…ねえ、赤司くん、わたしね、そんなやり方でしか何かを愛せなくなってきたよ、そんなことばかり、繰り返してしまうようになったよ…」

少しだけ自嘲的に笑う笑顔が印象的だった。
それが彼女自身の過ちによって構成された笑顔であればあるほど、それは美しい笑顔だと思った。

「…赤司くん、春から京都に行っちゃうんだよね、」
「ああ、君は東京に残るんだろう?」
「うん、だから、これ、」

下を向いた彼女はおもむろにこちらに先程の赤い缶を突きつける。

「持ってって、よかったら」








彼女が去った後の公園で、赤司は深く息をついた。
この公園での出来事なんて、いつか忘れてしまうだろう、人生の中の、些細な出来事として、埋もれてしまうだろう。
だけど。きっと、この赤い缶を見るたびに、彼女のあの涙を、自嘲的な笑顔を思い出すのだろうと悟った。

小さく缶を振る。
カランカランと、無機質な、隙間の多い金属の音。
安心するといい、名字、人生はこんな風に隙間ばかりで、空虚なものなのだから。
君のその、風穴の空いたような心の傷なんて、わからないうちに他の傷に埋もれてしまうさ。
それをどうして彼女に直接言ってあげられなかったのか、赤司にはわからずじまいだった。


その缶からは何度振っても、ハッカ味のドロップは出てこなかった、と、彼は言う。



ハッカ/き.の.こ.帝.国






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