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食べることは生きること(菅原)





菅原さんがちょっと変態です。




"食べる"という行為が、あれほどまでに官能的なのは、後にも先にも彼女だけであると思う。
窓際の席で、弁当を広げながら談笑する彼女を見て、菅原孝支はそう思う。

「スガは本当に、名字が好きだなあ…」

ミーティングと称し、菅原のクラスでパンを齧っていた澤村が呆れたようにそう零す。

「ええ、名字、いいじゃん、可愛いじゃん、食べてるとこなんて特に、さ、」

その言葉にたくさんの感情を隠しながら菅原は呟く。澤村の方を見据えると、彼はいつものように首を捻っていた。

「…うーん、確かに名字は可愛いとは思うけど、食べてるところ、なあ…」

その言葉を聞きながら、わからなくていい、と菅原は思う。彼女の魅力だとか、そういうものは自分だけが気付いていたい、とおもう。そういう思いが、胸の中で淀んでいる。

「いっぱい食べる君が好き、みたいなやつか?」
「…うん、まあ、そんなところ、」

菅原の言葉に、澤村はさらに首を捻った。名字は特別たくさん食べる女子というわけでもないから、まあ当然だろうが。


名字名前は菅原と同じクラスの女子で、どちらかといえば可愛い顔をしているが、その他は特段目立ったところのない生徒であった。いつも教室で談笑しているか、本を読んでいるかのどちらかだ。

菅原が初めて彼女を見かけたのは、1年生のときであった。
その日はたまたま部活が休みで、いつもならばなかなか帰ることのできないような時間に帰路についていた。そのため、ちらほらと帰宅部らしき生徒が同じように駅を目指しているのが見えた。
そんな菅原の前を、彼女は歩いていた。先に彼女に気付いた菅原は、なんの気はなしに彼女を見つめた。あ、名字だ、珍しい、帰宅部だったっけ、と、その程度の認識だったのである。

よくよく見てみれば、彼女は何かを食べながら歩いていた。どうやらそれは肉まんの様で、優等生の名字でも買い食いとかするんだな、と菅原は口元を綻ばせた。あまり行儀のいい光景ではなかったが、普段大人しい彼女の買い食いは、なんだか俗っぽくて悪くないな、と思った。

横断歩道が赤になり、彼女が足を止める。せっかくだから話しかけてみようかと菅原が彼女に歩み寄ろうとした瞬間だった。ふと横を向いた彼女が、唇についた肉汁をぺろりと舐めとったのである。

「…」

その官能的な様に、菅原はしばし言葉を失った。それから、肉まんを食べることを再開した名前をまじまじと遠くから見つめる。
一心不乱に目の前の食べ物を咀嚼する姿は、なんだか何事にも真面目に取り組む彼女そのものに見えた。意外と大胆な食べ方をするんだな、と菅原はぞくりとした。目が離せなかった。
結局、信号が青に変わり、颯爽と歩き出した彼女をぽかんと見つめたままの菅原は、彼女に話しかけることができなかった。

(…手についた汁とか、舐めないかな、)

期待を込めて彼女を見つめるも、そこはさすが女子といったところか、名前はポケットからティッシュを取り出し、丁寧に手を拭いたあと、これまた丁寧に肉まんのごみをたたみ、近くのゴミ箱に捨てた。その姿が、余計に菅原の想像を掻き立てた。

(両手一杯に果物を頬張って、口の周りべたべたにしてみてほしいな…)

だが、たかがクラスメイトがそんな機会に恵まれるはずもなく、それ以来菅原は、こっそりと彼女の食事風景をぼんやりと眺めることしかできないままなのである。





「…俺、名字のために好きな食べ物フルコースで作ってやりたい…それを目の前で平らげるところ見てみたい…」

恍惚とした表情でそう呟くと、澤村がお前、変態みたいだぞと眉を寄せた。
確かにこれでは本当に変態みたいだ。だけど、仕方がない。美味しそうな料理を見つけるたびに、彼女のことを考えてしまう。甘いものを食べたらどれくらい幸せそうに貪るのか、辛いものを食べたら何かに耐えるような表情を見せてくれるのか、酸っぱいものにおずおずと触れるその舌が見てみたいだとか。

そんなことを考えながら、彼女の方を見つめ続けていると、さすがに視線にきがついたのかばっちりと彼女と目が合ってしまう。名前は丁度、デザートの林檎を頬張っていたところらしく、すぐに気まずそうに目を逸らした。

「…はは、目逸らされた、可愛いなあ名字…」
「まあ当然の反応だろうがな、頼むから犯罪には走らないでくれよ…」

本気で心配しているらしい澤村に生返事をしながらも、菅原はどうしたら彼女の食事を永遠に見ていることができるのかを考えている。今度お菓子でも作ってきてやろうか。それとも弁当?いっそ食事に誘おうか?

ぷちん、と音がしそうな鮮やかさで、彼女の唇がトマトを噛み砕いたのが見えた。思わず溜息が漏れそうになる。

甘やかしてやりたい、べたべたに、どうしようもないくらいに。それで君が美味しい、と笑ってくれたら。これ変な味だね、と眉を下げたら。それを正面で見ていられたら。最高じゃないか、そんなの。

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