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バニラアイスは優しくない(臨也)



これを読んでからのほうがわかりやすいです。裏ではないけど注意です、苦手な方は戻ってください。





事態は深刻だった。
体に上手く力が入らず、目眩がする。思わずふらついた体を支えるべく机に手をつくと、驚いた顔をした上司が顔をこちらへ向けた。

「…なんか名字さん痩せたんじゃない?あれ、死ぬの?」

優しさも配慮もあったものではない。だが、不躾な彼の言葉を否定する元気も残っていなかった。

「…ちょっと、大丈夫なの?」

そこで漸く立ち上がった彼が、わたしの体を支えた。存外温かい手をしているのだな、と、無駄なことを考えてしまう。
こういう時に限って、波江は外出してしまっている。確か夕方まで帰らなかった筈だ。

「…あの、実は食事を取れていなくて、」
「は??君には結構な額を支払ってる筈だけど??名字さん、多重債務者だったっけ??」

言葉の意味を勘違いしたらしい上司は、怪訝そうな表情を浮かべた。いえ、そうじゃなくて…と呟くと、彼はああ成程、と訳知り顔になる。

「精神的なアレの方ね、摂食障害とか?」

物分かりのいい上司で助かる。その言葉にわたしは頷いた。


時折、"こう"なることがある。
特段大きなストレスがあったとか、何かトラウマがあるとか、痩せたい欲が大き過ぎるとか、そういうわけではない。だが、わたしには食事を全く取ることのできなくなる期間が存在する。
体は栄養を欲している筈なのに、気持ちが食事を拒むのだ。それはある日突然に。予兆などなく。

「そんな大それたものじゃないんですけど…時々あるんです、ものを食べたくなくなる時が…」
「へえ、生きづらそうだね、」

大した感動もなさそうな上司に、逆に救われた。こくり、と小さく頷くと、彼は些か拍子抜けした顔をした。嫌味のつもりだったのかもしれない。

「…どうする?波江も夕方には帰るし、君が早退する分には構わないけど、それともここで休んでく?」

あまり人を心配することに、慣れていないらしい上司は淡々とそう告げた。思ってもみない申し出に、わたしは思わず眉を下げる。自分の管理不足にも関わらず、優遇してもらえるなんて予想外だ。案外悪い人間ではないのかもしれない、と、わたしは彼への認識を新たにする。





「…なにをしてるんですか、」

数分後、寝室で彼に組み敷かれるまでは。
ああ、やはりわたしは間違っていた。それなら寝室を貸してあげる、おいで、と優しく笑ったこの男をどうして信じてしまったのだろう。いい歳をして情報屋、だの人間が好き、だののたまうこの男がまともな筈がなかった。だって現にほら、彼はわたしの上で肩を震わせて笑っている。

「…俺さ、人間を不幸にしたことはあれど生かしたことって無いんだよね、」
「はい?」

脈絡のないそれに眉を寄せた。
思わぬ衝撃に、体にも力が戻ったように感じ、思い切り臨也を押し返そうとすると、おっと、と笑いながら彼に腕を捕まえられてしまう。衝撃で頭が振れ、同時に眩暈も再発した。

「あんまり暴れないでよ、別に君の処女を奪おうっていうんじゃないんだから、」

別に処女じゃない、と思ったが、ここで張り合っても何やらおかしな雰囲気になるだけだ。そう考えたわたしが黙りこくっていると、彼は思わずうっとりしてしまうような綺麗な笑顔でずい、と近づいてくる。

「さっきも言ったけど、俺はあんまり人を生かした経験がないんだ。だからね、今にも死にそうな君を、俺の栄養で生かしてあげるのはどうかなって思って、」

嫌な予感がした。そしてその予感は、彼のベルトを外すカチャカチャという音で確信に変わる。

「咥えてよ、」

「……嫌です、」

予想と寸分違わない展開に、わたしは思い切り顔をしかめた。何が楽しくてこの男に奉仕しなくてはならないのだ。

「いいじゃない別に、減るもんでもないんだし、それにほら、俺も最近忙しくてさぁ、」

溜まってるんだよね、と耳元で呟かれ、ぶるりと体が震える。

「あれれ?耳が弱いのかな?」
「…悪寒がしただけです、」

言いながら再度押し返そうとしても、びくりともしない上司。この細い体のどこにそんな力が、と考えていると、くるりと体の向きを変えられ、口の中に思い切り何かを突っ込まれてしまう。何か、なんてわかりきっているが。

「…俺さ、加虐趣味あるのかもしれないな、死にそうな君の顔見てて、悪くないなって思ってる、」

そう言いながら彼はにこにこと人当たりの良さそうな笑みを浮かべた。さっきから言葉と表情がまるっきり噛み合っていない。

「…ほら、早くしてよ、大人しくしてればなにもしないけど、あんまり抵抗されると俺、なにしちゃうかわかんないなぁ」

その言葉に、体が再度震えた。今度は間違いなく、恐怖で、だ。
危険を感じたわたしは思わず咥えていたものに思い切り歯を立てる。臨也の顔が歪むのがやけにスローに見えた。

「痛っ!」

臨也の体から力が抜ける。その隙にわたしは彼の下から抜け出し、部屋のドアを目指す。だが、玄関まで行ったところで強く腕を引かれてしまい、わたしは壁に縫い付けられた。
見上げれば、怖い顔をした臨也がこちらを見つめている。無理矢理上を向かせられ、再度口の中に異物を押し込まれると、わたしはむせ返った。

「…言ったよね?俺、なにするかわからないよって、」

あろうことかそのまま彼はわたしの頭を両手で掴み、大きく動かし始めた。目眩のような感覚がして、わたしはもうされるがままだ。どのくらいの時間が経ったかもわからない。臨也がどんな顔をしているのかもわからない。だが幾度目かの律動の後、口の中に生臭い匂いが広がるのを感じた。

「……飲んで、」

息を切らした臨也が冷たい声でそう告げる。思わず彼を目だけで見やると、彼は手を伸ばし、無理やりわたしの顔を上へ向けさせた。瞬間、喉の奥に流れ込む液体。
思いがけない衝撃に思わずむせ返りそうになる。だが、彼は依然としてわたしの顔を掴んだまま、離してはくれない。仕方なしに、わたしはごくりとそれを飲み込んだ。

「…はは、はははははは!」

わたしが喉を鳴らしたのを確認すると、臨也はけたけたと笑い始める。ぽかんと、その様を見つめた。

「傑作だね、俺に生かされてる気分はどう?」

喉の奥を、ゆっくりと液体が滑っていく感覚を感じるような気がした。それは段々と胃に積もり、わたしのお腹の中で重くのしかかるように存在を主張し始めていた。

「…気分ですか、最悪ですね、」

自嘲的に笑ってそう告げた。見上げると、上司はさっきまでの息切れが嘘のように涼しい顔をして笑っていた。

「そうそう、その顔が見たかったんだ、」


いつか見た、暗示のような夢を思い出す。現実の彼は、夢の中以上に優しくなかったけれど。

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