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白い過去の話をして(ロー)





明るい部屋から、電気の消えた部屋に忍び込むと、なにも見えなくなった。それでも、彼がそこにいるのはわかった。

「ローさん、」

案の定、というかなんというか。
ベッドへ向けて両の手を差し伸べると、それは思い切り引き寄せられた。まるでわたしのことがはっきり見えているみたいに。
いつもこうだ。この人の前ではわたしは、絡め取られてしまう。何もかも。

「…遅い、」

不機嫌そうな声が耳元で心地良く揺れて、わたしはくつりと喉を鳴らした。
まだ目の慣れないわたしには、ローさんの影を見つけることもできない。でも、それでよかった。この人がいるのなら、わたしはどんな不自由だって受け入れられる。

「…お酒をのむと、だめだね、さみしくなる、」

ごめんね、と思いながらごめんねとは言えなかった。謝ってしまったら、彼の寂しさを認めることになってしまう。この人は本当は、わたしなんて居なくても生きてゆけるのだ。なのに、そんなの無理だ、とでも言いたげにわたしの体をきゅっとだく。骨が、しあわせだ、と軋む。
わたしよりも何倍も何倍も自由なこの男は、わざわざ自分からわたしと同じ不自由へと、落ちてくる。わたしの姿ははっきりと見えているくせに、輪郭を確かめるみたいな、抱きしめ方をする。いつも。


「…白い街の話をして、」

そう告げると、彼はいつも驚いたように体をほんの少し震わせ、優しくわたしの頭を撫でる。

「ナマエはその話が好きだな、」

だってわたしは、容赦したくない。あなたの傷を抉るような過去の話も、幸せな話も全部全部欲しい。それらを全て等しく抱きしめるレベルで、愛しているのだ。
秘密と、傷と、それから体温。
それがあればわたしたちは、ずっと一緒に居られる。だからこそわたしは彼の傷口からも、目を背けたくない。それと同時に、秘密を守り続けたい。

「…聞きたい。昨日の話の続き。授業中に逃げ出したローさんのカエルは、そのあとどうなったの?」
あれはな、最終的には焼かれちまうんだが…と、心地の良い声が思い出を紡ぐ。わたしはいつもどこか、泣き出しそうになる。愛しい人の思い出話は、どうしてこんなにも痛々しく胸に刺さるのだろう。どうしてこんなにも懐かしいのだろう。



「…ナマエ?」

泣いてるのか、という呟きと共に、頬を唇が滑る。そうしてやっとわたしは、彼のほうを見つめ返した。

ぼんやりと、彼の輪郭が見え始めてやっとわたしはその冷たい色の目が静かに光るのを見ることができた。ようやく目が慣れてきたらしい。それでも、彼の表情はうかがい知ることができないが。
少しの秘密と、体温と、それから傷口で構成されたような。時間が経たなくては相手の目の色もわからないようなこの不自由さを、そして自由なくせにわたしを離せない不自由なこの男を、わたしは愛している。どうしようもないくらいに。

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