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午前0時のキス、最後のキス(倉持)




みんなが寝静まったら、キスをする計画を立てていた。


ぱし、と乾いた音で掴まれた手首に、一瞬だけ目を見開いた。どことなく不機嫌そうなその顔にあ。好きだ。と思ってしまう。

「…寝たふりしてたの、」
「………うるせー、目が覚めたんだよ、」

想像していた以上に、目をはっきりと見開いた倉持がこちらを見つめていた。

いいじゃないか、キスくらい。どうせみんな寝てしまったんだし。
そう思いながら再度顔を近づけると、今度は少し怒ったような顔の倉持に顔を遠ざけられる。
ちなみに言い忘れていたが、わたしが倉持の隣で雑魚寝をしているのは、計画的犯行だ。御幸あたりは気付いていたかもしれない。

一人暮らしを始めた倉持の部屋に集まった青道野球部の同級生は何も変わってはいなかった。ソツなく美味しいところを持っていく御幸も、美味しいところを持っていかれる前園も、柔らかい視線でそれを見つめる川上も、そして、ぶっきらぼうなくせに優しい倉持もまた然り、だ。
マネージャー2人も同席しており、なんとなく男女の分け隔てもなく無礼講のように騒ぐことができて、楽しかった。それでも、ちゃんとご飯を食べながら節度ある飲み方をしていたし、現にわたしはまったく酔っ払っていない。素面で倉持にキスをしようと迫っているのだ。まあ多少、気持ちが大きくなっているところも、あるかもしれないけれど。

「…幸と唯ちゃんは?」

声が掠れた。クーラーも付けっ放しの部屋で寝ていたからだろう。
近くで飲んでいたはずのマネージャーの2人を探すと、倉持がソファーの方を顎でしゃくった。見れば、2人が寄り添って寝息を立てている。成る程、わたし以外の女子にはちゃんとふかふかのソファーが提供されていたのだな。

「…おまえも酔っ払ってるならベッドか布団貸してやるから寝てこい、女がこんなとこで野郎と雑魚寝してんじゃねえよ、」

言いながら倉持が半身を起こす。それを見たわたしは慌ててその背中にしがみついた。
咄嗟の衝撃に、倉持の方も対処しきれなかったらしい。馬鹿、という小さなつぶやきと共に倉持の体がよろける。
ゴン、と鈍い音が響いて、それが倉持の頭が机にぶつかった音だと気付き、慌てて倉持の体から離れた。
「ご、ごめん…」
ひそひそ声のままそう告げると、さっきよりもこわい顔をした倉持がこちらを睨みつけている。何しやがる、と倉持が口を開いたところで、うう、とうめき声が聞こえた。
瞬時に硬直したわたしの口を、咄嗟に倉持が塞いだ。どうやら御幸が寝返りをうったらしい。わたしの方は、倉持の手首から香る彼の匂いにどきどきして、それどころではなかったのだが。
呻いた御幸は、だがそれ以上何かをするでもなく、反対側をむくと再度寝息を立てる。ほっとわたしも息を吐いた。
それからそっと倉持の方を見やると、彼も気まずそうにこちらを見つめている。
「…何なんだよお前…此処で寝てえならもう勝手にしろよ、」

先ほどよりも随分と弱々しい声でそうつぶやき、彼は向こう側を向いて横になってしまう。ぽかんとその様子を見つめていると、倉持がおもむろに着ていたパーカーを脱ぎ、こちらを見ないままに投げつけてきた。これをかけてもうおとなしく眠れとでも言うのだろうか。

「…わかってない、わかってないよ倉持は…」

こんなものを渡されたら、わたしが余計に好きになるということをわかっていないのか。わたしがただ酔っ払ってこんなことをしていると思っているのか。今日の飲み会の間中ずっと、どうやって隣に行こうか画策していたのがわからないのか。

その呟きを無視して向こうを向き続ける倉持にそっと詰め寄り、先ほどぶつけた頭を撫でた。どことなく、こぶになっているような気がする。

「ごめんね…」

先程と同様に小さく謝る。それでも向こうを向き続ける倉持に、これ以上は脈なしか、と思い至り、わたしは小さくおやすみと呟いた。そして、倉持の背中を最後に眺めて目を閉じる。

「………ほんとに、なんなんだよお前は、」

それから数秒後、声が聞こえた。どう考えても倉持の声にしか聞こえないそれに、わたしが逡巡して目をあけると、彼は再度体を起こしていた。

「…ちょっと来い、」

よくわからないままに目を瞬かせていると、ぐい、と強い力で手首を引かれた。そのまま立ち上がらされ、雑魚寝をしているメンバーの隙間をすいすいと、倉持と歩いてゆく。そのままリビングから脱出すると、倉持は隣の部屋へと入っていく。手を引かれたわたしも、その流れに従って部屋のドアをくぐると、そこは倉持の部屋であるらしかった。1LDKだなんていい部屋住んでるな、と心の端で考えていると、カチリと鍵の閉まる音が聞こえた。

驚いてそちらを見ると、倉持がバツの悪そうな顔でこちらを睨んでいる。
「くらも、」
倉持、とかけようとした声は途中で飲み込まれた。唐突な唇への温度に、わたしはしばしぽかんと目を見開いてしまった。時間にすれば、一瞬であったと思う。あっという間に離れた倉持の顔を、わたしは見送ることしかできなかった。

「……よっぱらってるの?倉持、」
「ほら、そうなるだろ?」
「?」

わたしの言葉に、彼ははあっとわざとらしく溜息をつく。

「こんな飲み会の席でいきなりキスされても、酒の勢いとしか思えねーだろって言ってんの、」
「…わたしがさっき倉持に迫ったのも、お酒の勢いだって言いたいの?」

その言葉にこくりと倉持が頷く。思わずえ!と叫んでしまう。

「ひどい!わたしは今日の飲み会が始まる前からずっとどうやって隣に行こうかとか考えてたのに!」
「はぁー??それを言うなら俺なんて、高校時代から好きだったんだよ!馬鹿野郎!!」
「………え?」

予想だにしていなかった言葉に思わずまじまじと倉持を見つめ返す。倉持はもうバツの悪そうな顔も気まずそうな顔もしていなくて、酷く真剣そうな表情でこちらを見ていた。

「…二度は言わねえぞ、」

どくりと心臓が跳ねる。本当にこの男は、わかっていない。そんな些細な表情ひとつが、どれほどまでにわたしを夢中にさせているのか、わかっていない。

「好きだ、」

二度はないといったのに、と思っていると、倉持にそっと抱きしめられた。わたしも、と小さく呟くと、そっと壊れ物でもあつかうみたいな手つきで倉持に上を向かされた。あ。またキスするのかな、今度こそちゃんと目をとじなきゃな、と気合を入れて目を閉じたその刹那だった。

「倉持ぃ、なんか名字いねえんだけど大丈夫かぁ?」

気怠げな声と共に、ノックの音が響いた。御幸の野郎…と小さく倉持が呟き、それを見たわたしは思わず吹き出してしまう。そんなわたしを小さく睨み、倉持はドアの外へ叫んだ。

「なんか名字が吐いたから、着替え貸してやってんの!!」
「は、わたし吐いてなんて、」
大声で弁解しようとすると、もう一度倉持に唇を塞がれた。黙ってろ、とでも言いたげなそれに思わずくらりとする。

ええ、いいなそれ生着替えじゃん〜と間延びした声がドアの外から聞こえ、わたしと倉持は思わず顔を見合わせて笑い合った。そしてもう一度、今度はそっと唇を合わせる。午前0時のキスを。友達としての最後のキスを。

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