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嘘みたいな雪が降る(業)




「せんぱぁい。だから俺、酔っぱらってないですってばぁ」
「…はいはい、そうだね。赤羽君は酔っぱらってないよね、」

内心どこがだ、という気持ちでいっぱいだった。それでも、そんな素振りはおくびにも出さず、名前はにっこりと微笑んでみせる。まあ、ここで邪見に扱ったところで、明日には覚えていないだろうというくらいの泥酔ぶりではあったが。





『あー名字、お前最寄りが同じらしいから、送ってやってくれないか、』

それは、クリスマスにも関わらず退社後の予定がない面々で赴いた飲み会での出来事だった。
よっしゃいくぞ2軒目、と同僚と気合いを入れていた名前は、その言葉に得意の笑顔が引きつるのを感じた。
こんな早々に潰れるなんてだらしがない、一体誰だ、と上司の方へ首を回してみると、赤髪の後輩が目をとろんとさせているのが目に入った。彼はそんな目をしておきながら、「ええ!俺まだまだいけますよ〜」などとほざいている。
飲み会の最中、すっかり酔っぱらってしまい甘えたモードに突入したらしい新卒の彼にメロメロな周囲は、上司のその言葉にえー!と大ブーイングをあげた。何ならわたしが送っていきます!という声もあがるが、「お前らが送り狼になるだろ、」と上司に一蹴されている。

『ちょっと名前!送り狼になったら殺すからね!社会的に!!』

同僚の言葉に、そうだそうだと賛同する周囲。え。わたし2次会も行きたいんですけど…と小声で呟くと、それならば今度は「この人でなし!」と更に当たりの強い言葉が返ってくる。
そんな経緯で、泣く泣く会場を後にし、このお荷物な後輩と帰路へついたわけだが…

「せんぱあい、休んでいきましょうよ!!ここ!」

当の本人は、最寄り駅まで着くと更に開放的となり、家までの帰路を大層楽しそうに歩いている。挙げ句の果てに、公園のベンチに座り込み、とんとんと隣を叩きながらこちらを見上げている。

「えっと…赤羽くん、あのね、そろそろ君の家も見えてくるみたいだし、わたしもあんまり遅くなると一人で歩くのはちょっと怖いっていうか…」

やんわりと早く帰ろう、という意思表示をしてみせるも、彼はおかまい無しとでも言うようににこにこと微笑むだけだ。仕方がない、と息を吐いて彼の隣に腰を下ろす。思い至り、先刻購入したミネラルをーターのペットボトルを渡せば、彼は「ありがとうございまあす」と間延びした声をあげる。
普段の仕事中の姿からは想像もつかない姿だ。可哀想に、とどこか他人事のように考えてしまう自分がいる。まったく、クリスマスだというのに何をやっているのだろう。ちらりと隣の彼を見やれば、どことなくぼんやりした面持ちで地面を見据えており、心配になった名前は彼の顔を覗き込んだ。

「…もしあれだったらタクシー呼ぼうか?ここからそんなに遠くないみたいだけど、歩くの厳しそうなら、」

その言葉を最後まで紡ぐことができなかったのは、何か温かいものが自分に近づいてくる気配を感じたからだ。反射的に腕で払いのけようとすれば、その腕はぱしりと掴まれてしまう。

「あっれー、先輩結構反射神経いい?いけるかなあって思ったんだけど、」
「……えっと、酔っぱらってたよね?さっきまで、」

がっちりと掴まれた腕、焦点の合った目を前にして、名前はたじろぐ。あまりに豹変しすぎではないか。先ほどまでの彼はどこにいってしまったのだろう。

「え?俺さっきから何回も言ってたじゃん?酔っぱらってないですって、」

『だから俺、酔っぱらってないですってばあ』

…言っていた。確かに言ってはいた。だからといってはいそうですか、と頷けるわけがない。眉をひそめた名前は彼の腕をふりほどこうと試みるが、思いのほかしっかりとしたそれを振り払うことは困難だった。

「…だましたんだ、最低だね、」

低い声で睨みつければ、業は一瞬だけたじろいだ。その隙を縫って思い切り体をよじれば、今度は簡単に手を振り払うことができた。その瞬間、名前はベンチから立ち上がる。散々だった。情けなくなった。自分ならば、簡単に持ち帰れるとでも思われたのだろうか。

「……待って、」

コートの裾を掴まれる感触がした。それは先ほどよりも弱々しい力で、そして弱々しい声だった。

「…騙したのは……その、申し訳ないと思ってます、でも先輩、俺のこと眼中に無さ過ぎてどうしたらいいかわかんなかったっていうか…」
「…」

弱々しい声に、ここで絆されては駄目だと頭の中で警鐘が鳴る。だが、彼の口調や目に真剣さが残っていることもまた事実であり、名前は困り果てる。一体どうしたものか。

「このくらいしないと、恋愛対象にも入れてもらえないかなって思って……すみませんでした、」

日中、ばりばりと仕事をこなし、弱々しい態度をおくびにもださない彼からは想像できない態度であった。そうした、彼の日々の真面目な積み重ねをみているのだから、仕方ない。名前は息を吐く。そうして、半ば告白のようなそれに面食らう。一体どうしたものか。だって今朝まではただの先輩と後輩だったのだ。

「…とりあえず歩こう。ごめん、ちょっとびっくりしすぎて整理したいんだ。赤羽くんの家ももうすぐそこなんだよね?とりあえずそこまで歩こう、」

正直にそう告げて、座り込んだままの業の手を引こうとすれば、彼は気まずそうに目を逸らす。不思議に思った名前がその視線を捕まえようとすれば、彼は「あー」と、バツの悪そうな声をあげる。

「…あの、すみません、最寄りが一緒って、嘘です…一緒の最寄りって言えば送ってってもらえるかなあって思って…あの、先輩?」
「一応聞かせてもらえるかな?君は今晩どこに泊まるつもりだったのか、」
「すみませんそのまま家にあげてもらえるかなって思ってました、」

低い声で問いかければ、間髪いれずに業はそう答える。どことなく気まずそうなその様子に、名前は内心で笑いそうになるも、表情にだしてはならないと気を引き締める。そうして、こちらを心配そうに窺う彼に一瞥をくれると、すたすたと歩き始めた。背後から、慌てたように立ち上がる彼の気配がする。

「あ、あの、先輩!?怒って…ますよね?あの、俺今日実は誕生日なんで、一緒に夜過ごせたら嬉しいなあなんて、あの、変な意味じゃなくてですね、」

しどろもどろ、支離滅裂、
そんな言葉がぴったりと合うような彼の慌てぶりに、今度こそ名前は耐えきれず笑みをこぼす。飄々と物事をこなす彼が、自分のために慌てている様はどことなく愉快だった。だが、名前の顔が見えない位置にいる業は未だ慌てたままで、あたふたと言い訳を繰り返している。そんな彼の気配を背後に感じながら、名前は丁度走って来たタクシーを止めた。
その所作に、今度こそ名前が怒って帰るつもりだと思ったらしい業が慌てて走り寄ってくる。「あの、」と声を発した彼の体に、すかさず名前は腕を回した。

「…え?」

突如抱きついて来た名前に、驚きを隠せないらしい業は硬直する。そうして名前は、今度こそ笑い出した。なんだか愉快だった。頭の良さをこんな、おかしな場所で発揮し、大切な誕生日にここまできてしまったこの後輩のことが。

「ハッピーバースデー、あかばねくん、」

小さく背伸びをし、そう告げれば、ぽかんとした彼と目があった。そこですかさず、今度はタクシーに彼を押し込み、ばたんと外側からドアを閉めれば、ようやく彼は我に返ったらしい。唖然とした表情の業に、窓の外から小さく手を振る。何かを察知したらしく、気の利いたタクシーが発車した。

遠ざかっていくタクシーを見送りながら、名前はまた小さく笑う。そうして、業のことを考える。あまりにめまぐるしかった。ああ、そろそろクリスマスが終わる。このまま歩いて家まで帰ろう。彼のことを、考える時間が必要だ。そうして家に着いたら、電話をしよう。
そこまで考え至った名前は、家までの道を歩き始める。電話の第一声に、なんと告げるべきか考えながら。彼のぽかんとした表情を思い出しながら。




業くん誕生日おめでとう。
2017 12.25

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