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骨は既に軋んでいた(仁坂)




名前は自分勝手な女だ。
自分の下で扇情的にこちらを見上げる彼女を見ながら、仁坂悠介はそう思う。



「不幸を感じるセックスじゃないと気持ちよくなれない」と言ってのける彼女は最初、人畜無害そうな顔で仁坂に近づいてきた。

「…は?」

だからこそ、そのような爆弾発言が投下されたことにより、仁坂の彼女への認識は180°ひっくり返ることとなったのである。

「だからね、報われない相手とか、する度に虚しくなるような不幸を感じるセッ「わかった、聞こえてはいるからそういうことを大声で言うな、」

慌てて他人の口を塞ぐ、という漫画みたいなことを初めてしてしまった、と仁坂は内心で溜息をつく。
当の彼女は、この反応は予想の範囲内であったのか、特に困り顔もしておらず、あまり感情の読めない顔でこちらを見返していた。

「………で?なんでそんなことを俺に言ってきたわけ?」

特段仲のいい相手というわけでもない。ただ日直の日が重なり、その日に限って少々面倒な仕事を押し付けられ、特に会話が続くことなく事務作業を淡々とこなしていただけだ。そんな相手と、性癖の話などはしないはずだ、普通ならば。
加えて、彼女は普段から仁坂のことが好きだったとかそういった態度があったわけでもない。むしろ、自分に興味のないタイプの人間だと認識していたため、それが余計に仁坂を驚かせた。

「…うーん。別にね、こんなこと仁坂くんに言わなくたって構わなかったというか、今なんとなくふと思ったから言っただけというか、まあ今日言おう言おうと思ってたわけではないというか…」

煮え切らない様子の彼女は、自分なりに適切な回答をしようと必死に言葉を探している様子であった。その言葉に更にわけがわからなくなる仁坂は、静かにその言葉の続きを待つことにする。

「…仁坂くんって、どちらかというと進んで人を拒絶しようとする節があるじゃない?今だってなかなか目を合わせようとしないし、」
「…いきなり自分の性癖を暴露しようとするやつと、目を合わせたくないだけだよ、」
「あはは、そういうところ。」

そこまで言ってのけてから、彼女はすっと目を細めた。その大人びた表情は、制服と化粧っ気のない顔にひどくアンバランスである。

「仁坂くんなら、わたしのことを不幸にしてくれそうだなって思ってね、」
「…なにそれ、随分と失礼だね名字さん、」
「ごめんごめん、気を悪くしたなら謝るけど、」

大して申し訳ないとも思っていなさそうな彼女が笑うので、仁坂は単純に不快な気持ちから眉を寄せた。

「だからさ仁坂くん、わたしと付き合わない?」
「………は?」

彼女の突拍子もない言葉に惚けるのは今日何度目のことであろう。想像だにしていなかった展開に、仁坂の頭が思考を停止する。

「あんた……なに言ってるの?」
「ああごめん、付き合うというのは語弊があるかな。別に彼女になりたいとかではないし、みんなには内緒でいいし特にデートとか、彼女らしいことがしたいわけではなくてね、単刀直入に言わせてもらうとセックスがしたいの、君と。」

普通の人間ならば、考えることも憚られるような内容の言葉を彼女は簡単に言ってのけた。ここまではっきりと関係を迫られたのは仁坂とは言えど生まれて初めてだ。

「…なに、セフレになってほしいってこと?」
「…まあ突き詰めるとそういうことになってしまうんだけど、わたし自身があまりその呼称を好まないから、一応やんわりと彼女という呼び方をさせてもらいたいな、という感じ、」
「…なにそれ、それ俺になんのメリットもないじゃん、ばかばかしい、」

気づけば、担任から任された仕事をする手は止まっていた。放課後のオレンジの光が彼女の顔を照らしていた。その顔は、仁坂の問いかけに対して思案顔になる。

「うーん、メリットか。そうだね、そう言われると難しいな。仁坂くんが性欲を持て余しているとも思えないし、代わりに貢げるほどのお金もないし、勉強を教えてあげられるわけでもないし…うーん、あ。」

必死に考え込む顔に、仁坂は段々と毒気を抜かれてくる自分がいることに気づいた。そして、不意に思いついたとでも言うような表情の彼女が、友達になるとかどうかな!と嬉しそうに笑った瞬間、全身の力がだらりと抜けるのを感じた。

「…仁坂くん?」
「いきなりセフレになれだの言ってくるくせに、思いつくのが友達になるとか…貧相な思考だね、名字さんは、」
「…本は好きだし、ボキャブラリには自信がある方なんだけど、」
「そういうことじゃなくて、」

よくわからないとでも言いたげな彼女に、もういいよとひらりと手を振ると、彼女はさらに思案顔になる。

「…男一人ではいけないようなカフェとか、時々付き合ってくれるならいいよ、」
「…え?」
「うざったいから聞き返さないでくれる?」
「ごめんね。信じられなくて…」

ありがとう!じゃあとっとと終わらせて帰ろうか!と無邪気な顔で彼女は笑い、何事もなかったかのように作業を再開した。そんな彼女の様子に、置いて行かれたように仁坂が唖然としたのが、もう3ヶ月も前のことになる。


「…仁坂くん……」

ぼうっとそんなことを考えていると、それを不思議に思ったらしい名前が不安げに名前を呼んだ。
思い出したかのように下を見ると、無邪気さなど感じられぬ、あられもない姿の彼女がそこにいる。そっと首筋に唇を落とすと、名前はくすぐったそうに身を捩った。

時折……本当に時折、このまま彼女と幸せになるのもいいんじゃないかと、そんな思考が頭をよぎる瞬間がある。本当に、ごく稀に、それはたとえばこんな瞬間に。
だが、それは同時に彼女との決別を意味する。彼女が欲しているのは、報われない不幸な恋であって、それを提供してくれる自分なのだ。


「…あんたの不幸に、俺を巻き込むなよな、」
「…ふふふ、わたしはね、幸せにはなりたくないけど気持ち良くはなりたいの、」
「本当に最低な女、」

ぼそりと呟いて乱暴に抱き寄せると、彼女は仔犬のような声をあげて、仁坂にしがみつく。


名字名前は身勝手な女だ。
自分だけでは飽き足らず、こちらまでも不幸にしてしまうのだから。

嗚呼、本当に忌々しい。

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