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つまらない意地なんかより僕を選んでよ(臨也)




「わたし、人生で一度くらいナンパというものをされてみたいんですよね、」

突然の彼女の発言に、臨也は眉を寄せた。よくわからない、といった表情である。

「いきなりどうしたの?」
「わたし、人生の中で一度もナンパをされたことがないんですよ。一度くらい知らない異性に声をかけられてみたいなって思って。」

彼女のその言葉に、臨也はああ成程、と呟く。笑みを深くした彼の顔を見た名前はロクなことを言わないだろうな、と身構える。

「欲求不満なんだ?」
「違いますよ、どうしてそうなるんですか、」

予想以上に下らない返答に、名前は隠すことなく溜息をつく。そんな彼女をものともせず、臨也は部屋の中を歩き回りながらゆっくりと彼女へ近づいていく。

「ナンパされる女っていうのはつまり、すぐに持ち帰ることができそうなお手軽な女ってことだよ?名前がそんなに尻軽だっただなんて、俺知らなかったなあ」
「だからそんなんじゃないですってば、単純な興味です、」
「興味!なんて体のいい言葉だろう…まあそれはいいとして。そうだね……君はナンパするにはちょっと隙が無さ過ぎるかな、あんまり簡単にヤらせてくれなさそうな感じ、」
「やだ臨也さん、そんな目でわたしのこと見てたんですか?」

失礼なことをいけしゃあしゃあと言ってのける男だ。いつの間にかソファーの真横まで来ていた臨也を不服そうに見上げると、彼は一層笑みを深くする。

「そんなわけないだろ、調子にのらないでくれるかな、」

そう言いながら、どさりと覆い被さってくる黒い男。言ってることとやってることが滅茶苦茶じゃないか、と思っていると、欲求不満なんでしょ、という声とともに唇を押し付けられる湿った感触がした。
そっと唇を離すと、彼は射抜くような目で彼女を見た。

「…へえ、随分と上手になったじゃない、誰かと練習でもしてるの?」
「いえ、別に」
「……ふうん、そう、」

心なしか不機嫌そうな彼の様子を見て、名前は内心小さく息を吐いた。
たとえば彼女が他の誰とキスを、あるいはそれ以上のことをしようと自由なのだ。それでもこの折原臨也という男は名字名前に男の影があれば不機嫌になるし、なければないで満足する。そしてそれを彼女に悟られまいとしている、あるいは無意識のうちか。それがわかっている彼女は臨也と出会って以来、誰ともキスを交わしてはいない。

言ってしまえばいいのに、と名前は常々思う。
ただ一言、君が欲しいといってくれれば、簡単に彼のものになるのに、と思う。
その癖こんな風に緩く縛って、逃げ道を残しておきながらも逃さないのは彼の方だ。気がつけばお互い、逃げたら互いの首が絞まってしまうところまで来てしまった。

彼の下でくつくつと喉を鳴らして笑うと、何、と不機嫌そうな声が落ちてくる。

「…臨也さんは、一生で一度の素直さを此処で使うべきだ、と思って」
「は?ちょっと話が突拍子もなさすぎるんだけど、」

そうは言いつつも、その言葉の意味を賢い頭で必死に考えているだろう彼の表情を愛しいと思った。人間らしくない彼の人間みたいな表情を見るのはとても好きだ。

「いいから、」
「…何が、」
「いいから黙って、わたしとこの部屋で暮らすって言って、」

名前の言葉に、臨也は目を見開く。その顔が見たかった、と不意に思った。

「……俺に池袋や新宿を、捨てろっていうの?」

どこか、弱々しい声だった。そしてそれを悟られまいとしている声だった。ああ、相変わらず意地っ張りだな、と心の中で小さく笑う。

「そうすれば、人間としての幸せは手に入ると思いますよ。折原臨也としての幸せは、わからないけれど、」
「それがわかってるのに言うなんて、名前も随分と残酷になったね、」

そんなの、彼が自分を選ばないとわかっているから、言っていることだというのに、この男はそんなこともわからないのか。


ああ、たった一言、言ってくれれば、彼も自分も、それで救われるのに。
それが言えない男と、自分では、このままぐずぐずと駄目になっていくしかない。
邪魔なものを全部全部全部すてて、この男と生きてゆきたいのに。それなのに緩くて単純な幸せよりもつまらない意地を選ぶのがこの男なのである。






企画「性格の悪い男たち」ピアスホウル様に提出。

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