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夏の神様が笑う(ロー)




あ、キャプテンいいところに!ちょっとこれもってて!とベポが叫ぶのと、ナマエがエッ!と素っ頓狂な声を上げるのは同時だった。

「……」

ナマエが恐る恐る振り返ると、そこにはよくわからないといった表情でドライヤーを見つめるローがいた。視界の端に、オレンジのつなぎがかけて行くのが見える。

「あ、あの、ベポに髪の毛乾かしてもらってたんですけど、急にシャチに呼ばれちゃって、それで……」

おずおずと切り出したナマエに対し、ローは黙ったままだ。居たたまれなくなったナマエはそろりとローへ向けて手を伸ばす。

「あの、自分でやりますんで……」
「…あァ、そうだな」

彼女の言葉にローはドライヤーを手渡す。居た堪れない気持ちでそっとドライヤーの電源を入れると、熱風が彼女の髪を揺らす。

「………あの、」
「なんだ、」
「いえ、あの…見てて楽しいでしょうか…」
「…ん?あァ、そうだな…」

そのままナマエの様子をじっと眺め続けるローに恐る恐る問いかけると、彼は彼らしくない煮え切らない返事をする。何か怒ってるのかもしれない…!と、余計にナマエはドギマギしてしまう。

「…いつもベポにやらせてんのか、」
「え!あ、はい、すみません自分でやれって感じですよね…」
「……いや、別にそういうわけじゃねえ、」

じゃあどういうわけなんだ、
表情を変えずに淡々とした口ぶりのローの真意が読めない。居た堪れなさからはやく乾け〜と念じてみるも、そんな精神論が通用するわけがない。
仕方なしに髪が生乾きのまま、パチンとドライヤーの電源を切る。…このくらいいいだろう、夏だし。と無理矢理に自分を納得させ、ナマエはその場を立ち去ろうとする。

「…おい、」
「え、なんでしょう…」

じっと黙ってその様子を眺めていたはずのローが眉間に皺を寄せる。

「生乾きじゃねえか、」
「え?」
「生乾きだと言っている、貸せ」

そうじゃないそこを聞き違えたわけじゃなくて!え!なに!なにを!貸せ!?と、予想外の言葉にナマエが混乱していると、痺れを切らしたらしいローが無理矢理にドライヤーを奪い取る。
え!というナマエの叫び声も虚しく、その場に胡座をかいたローは彼女の腕を引く。
ぽすん、とローの足の間に収まる形となった彼女の耳に、先ほど切ったはずのドライヤーのスイッチの音が届く。
熱風が届くと共に、髪の間をローの指がすり抜ける感覚がしてそのくすぐったさに身をよじる。

「…おい、暴れるな、」

大して暴れたつもりもなかったが、ローはそんな彼女の様子に苛ついたような声をあげ、左手で腰を引き寄せる。そしてまた、ドライヤーを再開するのである。

「えっと!あの!なんで…」
「あ?聞こえねえな、」
「なんでこんなことするんですか!」

意地の悪そうな笑みを浮かべるローにナマエが声を上げると、ローはくつくつと笑う。

「ほんとは聞こえてるんじゃないですか!?」
「聞こえてねえよ、」
「う、嘘だ!聞こえてますよね!?」

完璧に遊ばれているじゃないか、と振り返ろうとすると、ローの指がそれを許さない。異常なまでの力で頭を固定され、されるがままのナマエは、ただじっと時が過ぎるのを待つ以外になかった。

「…お前、ベポがいなかったら生乾きのままで過ごすつもりだろ、」
「え、っと…そうですね、夏は特に乾かすのが面倒なので…」

実際に風呂上がりにベポが見つからない時は、そのまま放置してしまうことも珍しくない。自分の髪を乾かすのは苦手なのだ。手が疲れるし、なんたって熱い。

「…あんまり濡れた髪でうろうろされると困るんだよ、」
「えっと…すみません、気をつけます…」
「お前、意味わかって言ってるのか?」

瞬間、パチンとスイッチを切る音がして、ふいっとナマエは息を吐く。その瞬間を見逃さないローはくいっとその顔を自分の方へ向けさせる。

「俺が個人的に困ると言っている、」
「え、えっと……」

どういう意味で受け取ればいいのだ、と再度ナマエの頭が思考を再開する。ドライヤーの熱と、許容範囲外の感情に、まさに思考回路はショート寸前である。
そんな彼女をじっと見つめていたローは、何を思ったか髪を乾かすためにとっていた距離をゼロにする。

「ちょ!何をしてるんですか…」

ぎゅうぎゅうと胸板に顔を押し付けられ、もごもごとナマエが唸る。前を向かされたり後ろに押し付けられたり、好き勝手されすぎだ!と彼女は情けなくなる。

「…ペンギン達によく言われている、チャンスだと思ったらちゃんと利用しろと…成程こういうことだったんだな、」
「お、横暴すぎますよ!」

髪に残った熱だけでも厄介だというのに、この男はそれ以上を与えようというのか。そんなの、そんなの溶けてしまうじゃないか。どうすればいい。夏のせいにでもすれば、いいのだろうか。


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