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夏だから死ねない(臨也)




夏の、うだるような日差しの中だった。
隣の木陰で涼しげな顔をしている折原臨也はいつも通りの黒いファーコートでそれを見た名前は淀みない、と思う。

「名前は本当に馬鹿な子だねえ、」

木陰にうずくまったままのわたしはぼんやりと臨也を見上げた。彼は決して、わたしのように地べたに座り込むことはしない。暑さに意識を持っていかれることもしない、あくまで涼しげな顔で其処に存在するのである。

遠くで、噴水が上がる。

「君の並び立てる言葉は全部言い訳じゃないか。俺には、君がどうにかして人間を嫌おうとしているようにしか思えないよ。全くもって不可解だ」
「…わたしには、臨也さんのほうが不可解ですけど、」

この暑さでは、うまく頭がまわらない。気を抜いてはすぐに、この男にもっていかれてしまうのだ、そのような事態だけは避けなければならない。

「だって君は、ひとりになろうとする理由やその過程を事細かに俺に語ってくれたけれど、その中にひとつも君の責任を感じさせない…全くいけ好かない子だよ。人間を嫌うのは勝手だけど、それを人のせいにしようとするのはやはり、いただけないなあ」

いけしゃあしゃあと語る、黒い男。
言って仕舞えばわたしにとって、タイミングなどどれでもいいのだ。偶然にもわたしを傷つけた人間がいた、それをわたしは人を嫌う理由にする、なにか間違っているだろうか。
言ってしまえば、対極。人間を愛してやまない彼と、人間を憎みたいわたし。
それなのにわたしたちの根本は、同じだと思う。わたしたちは、同じ場所から反対側の景色を見続けていると思う。

「わたしは…人間が嫌いです。浅ましいから、」
「俺はその浅ましさすら、愛おしいと思っているよ。でも、そうだね。これまでにも俺の前に自称人間嫌いという人間は現れてきたけど、君はその中でもやっぱり正常から逸脱していると思うよ。憎むことで自らを守ろうとする姿勢には、痛々しさすら感じる、」

この上なく痛い人間に痛い、と言われてわたしは思わず彼を睨みつける。

「わたしに言わせると、憎しみを通り超えて愛することにしちゃったあなたのほうが痛々しいですけど、」
「おやおや、随分と知った口を聞くんだね、俺の理解者にでもなったつもり?」
「まさか、あなたとは一生わかり合えるきがしませんよ、」

わたしとのやりとりを楽しんでいる節さえある彼は、こうして定期的にわたしの元を訪ねてくる。その意図は見えない。おそらくないのであろう。わたしは勝手に、臨也が自分とは真逆の人間をみることで安心しにきているのだと解釈している。
だってわかるのだ。憎しみや諦めが限度を超したとき、どうにもなくなってしまうあの感覚を、わたしは知っている。わたしはそのまま憎しみに振り切れただけ、彼は愛情へと昇華させただけ。どちらが正しいか、どちらが大人な選択か、なんてことはわからない。たぶん、わからないままだ。


「…愛するほうが本当は難しくて、嫌うのは簡単なんですよ。だってなくすことはいつでもできるのに、得ることはいつでもできるわけじゃない、」

わたしの言葉に、折原臨也は何も言い返さなかった。それを良しとしたわたしは更に畳み掛ける。

「だから臨也さんは凄いと思います。失くすとわかってるくせに、愛そうとするなんて。どうしたらそんな風になれるのか、わたしにはわかりません、そんな労力の要る事を、何故。」
「労力と思われてるだなんて心外だなあ。俺は自分の欲求に従ってるだけだっていうのに、」

ひらり、とファーコートの裾が舞う。臨也の体重の分だけ軽くなったフェンスがみしりと音を立てた。
これは戦争だ。どちらかがどちらかを、自分のベクトル側へと振り向かせるための戦争に他ならない。そしてそこには愛はない。わたしたちは憎み合わなくてはならない。わかり合うことは必要ないのだ。

「…うそつき、」
「はは、どっちが、」


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