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グラスの底の夜(ロー)




「わ、びっくりした、サンジかと思った」

ふと、夜中に目を覚ましたローが水を飲みにキッチンへ向かうと、其処には何やら冷蔵庫を漁っている女がいた。同盟相手の船のクルーで、名前は、確か…

「…もしかしてトラ男くんも眠れないの?」

思案顔のローを気遣った予想外の言葉に一時思考が止まる。それなら一緒に飲む?とウイスキーの瓶を揺らす彼女に、ああ…とよくわからない返事をしたローは、所在無さげに食卓へ腰掛ける。
そうだ、名前は、

「ミョウジ・ナマエか…」
「…あ、はい、ナマエです」

もしかして名前思い出すためにぼーっとしてたの?とくつくつと笑いながら、彼女はゆっくりとウイスキーを注ぐ。

「トラ男くん、たしかに凄い隈だもんね、不眠症の鑑って感じがする、」

うんうん、と勝手に理解した様子の彼女がどうぞ、とウイスキーを寄越す。一杯だけ付き合うか、とローは軽くグラスをかかげた。

「…別に不眠症ってわけじゃねぇ、長く眠らなくても平気ってだけだ、」
「あ、そうなんだ。トラ男くん医者だもんね、」
「…俺の専門は外科だ、」
「オペオペの実でしょ?凄かったね、今日のアレ、」

パンクハザードでの戦闘のことを言っているらしい。確かに今日はいろいろなことがあった。ついに自分は歯車を壊し、戻れないレールの上に立ったのだ。眠りが浅くなるのも当然かもしれない。そんな夜に、昨日までは知り合いでもなかった女と二人で酒を酌み交わしているのはなんだか不思議な気持ちがして、少しだけ顔を緩ませた。

「…不眠症がどうとか言ってたが、お前は毎晩こんな感じなのか?」

グラスの中の琥珀色を揺らしながら、彼女はんんー、と、肯定なのか否定なのかわからない単語を発した。

「毎晩ってわけじゃないかな、何日か続けて眠れない日が続くと、がーっと寝れる日もあるし…」
「それじゃあほぼ毎晩じゃねえか、不健康なこった」
「あはは、確かに、」

彼女が笑うと、グラスの中身も揺れる。偶然にもそこに月が映り、とろとろと反射している様子がみえる。

「…そういえばトラ男くんって何歳なの?」

話題を変えたいのだろうか、彼女がおもむろに声を上げる。

「…26だ、」
「やだ年上。トラ男くんとか言っちゃった、ごめんなさい、」
「別に構わねェよ。お前のとこの船長に比べりゃ可愛いもんだ、」
「…あはは、うちの船長大物だよね、ルフィったらトラファルガーって言いづらかったみたい、許してあげて、」
「…ああ、構わねェ。」


ろーさん。

不意に、訪れた沈黙に彼女がぽとりと言葉を落とす。それが自分の名前の羅列であることに、ローは些か時間を費やした。

「ローさんのほうが、呼びやすいかなって、」

構わねェ?とこちらの言い方を真似た彼女が悪戯っぽく笑う。その姿に妙に毒気を抜かれたローは帽子のつばを下げようとして、それが無いことに気づいてバツの悪そうな顔をする。

「ローさんずっと、借りてきた猫みたいだったからさ。こんな滅茶苦茶な船じゃゆっくりできないかもしれないけど、構わなくないことはなんでも言っていいんだからね、」

些か酒が回ってきたらしい彼女は、昼間クルーをにこにこと見つめていた時よりも饒舌に見えた。

「ああ、そうだな…」

ローのその言葉に安心したのか、彼女は小さく欠伸をした。

「ありがとう、なんだかローさんのおかげで夜が短く感じたよ、」

言いながら彼女は立ち上がり、ウイスキーを元あった棚へしまいだす。

あ、そうだ。と振り返る彼女。その目は悪戯っぽく細められている。

「お酒、ローさんも共犯だからね、サンジには内緒ね、」
「ククク、海賊は欲しいもんは奪うんだろ?」
「うーんさすが、王家七武海様…」

戯けて笑う彼女が、今晩くらいはよく眠れるといいと、らしくないことを思いながら、その思考を飲み干すように、ローは残りのウイスキーを流し込んだ。



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