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ラストデイ(臨也)





「ちょっと名前、蜜柑食べ過ぎなんじゃない?随分手が黄色いみたいだけど、」
「そういう臨也さんこそ、おててが黄色いみたいですけどそれ幾つ目ですか?」
「…此処は俺の家だ、」
「わたしは客人です」

無言の応答が続いた後、臨也は両手を挙げた。降参の意である。
それに気を良くした彼女はもうひとつ、蜜柑に手を伸ばす……もう勝手にしろ。

「あ、そうだ。臨也さん後で雪だるま作りましょう、」
「…馬鹿な名前にもわかるように教えてあげる、雪が降らないと雪だるまは作れないんだよ、」

雪の降る気配など欠片も見えない、星が煌々と輝く空を見上げて溜息をつく。
こんな寒々しい空の下、雪遊びだなんて神経を疑う。彼女の方も、外の様子を眺めて思い直したらしい。ゆっくりと炬燵の中へ深く体を沈めていくのがみえた。




「わ、臨也さん、起きて起きて、もうこんな時間!」

未だ覚醒しない頭を容赦なく揺さぶる彼女に恨めしげな視線を送りつつ携帯を覗き込むと、そこは23:05と記されていた。どうやらあのままふたりして、炬燵の中で寝てしまったらしい。
テレビでは紅白歌合戦が大詰めを迎えている。


「ほらはやく支度してください!年越し蕎麦買いに行かなきゃ!」
「はぁ?もうすぐ年も明けるんだし、いいじゃないそんなの、」
「もう、臨也さんが食べたいって言ったんじゃないですか、去年と同じ手作りの年越し蕎麦、」

はて、そうだっただろうかと記憶をまさぐると、確かに言ったような気がしてきてしまって、それなのに今此処で彼女の誘いを無碍にしてしまうのはなんだか心苦しい。
仕方なしにいつものコートを羽織る。時刻は23:15をさしている。


「ああ〜〜、もうだめだ、年明けちゃうししょうがないからカップ麺買って帰りましょう」
「手作り蕎麦は何処行った、」

案の定と言うべきか、コンビニの本来蕎麦が陳列されている棚は空っぽになっていた。
その光景を目にした名前は暫し逡巡した後、くるりとその足をカップ麺売り場へと向けた。

「いいじゃないですか、来年はちゃんと手作りのやつを作りますよ、」
「来年もうちで年越しする気かよ…」
「…毎年誘ってくるのはそっちの癖に」

そう言って下を向いた彼女の表情を窺うことはできなかった。
そう言われてしまうとこちらも言い返す気力は起きず、彼女のもつ籠を奪いレジへと向かった。






「あああ〜〜、年が明けてしまった」

コンビニを出て、はやくはやく、と急かす彼女と長い坂を登っていると時計の針が0:00を指した。
年越しとは言えど駅からも神社からも離れたこの場所で、ましてこの寒々しい空の下歩き回る酔狂な人間はいない。

「なんか、世界にふたりきりみたいですね、」

ふと、零すように言った彼女の声が少し湿っているように思えて、思わず顔を覗き込んだ。
寒さで頬を赤く染めた彼女は、どこでもない空中を見つめていた。

「名前、」

世界から足を踏み外してしまったような彼女の腕をそっと掴んだ。もしも世界にふたりきりなのだとしたら、この腕を掴むのは自分しか居ないのだと、不意に思った。


「…そういえばこれ、」
「…わ、ありがとうございます、あったかい」

どことなく居たたまれなくなり、彼女にコンビニで買った缶コーヒーを渡した。
さすが臨也さん、という声とプルタブを引く音が響く。


「今年もよろしくお願いしますね、」
「……ああ、」

不意に改まった彼女の言葉に、ぼんやりと、来年の今頃のことを思う。
来年もこうして、居られるだろうか。俺たちは。


「来年は年越し蕎麦、ちゃんと作りますからね、だから、」

彼女はおそらくその続きを言えない。

彼女が死なないで、と言える女だったなら。
自分がそばにいて、と言える男だったなら。



思ったところでどうしようもない、
臨也はそっと、糞食らえな世界に中指を立てるよう、何かを浄化するよう、缶コーヒーの中身を流しこんだ。


ラストデイ/き.の.こ.帝.国

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