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明日は来ません(臨也)




「名字さん、折原と付き合ってるの?」

体育館裏、ラブレター、呼び出し、

よくあるシチュエーションの三拍子の先には、よくある展開が待っているものだ。
目の前で恥ずかしそうに顔を染める男子生徒を見ながら、名前はあくまで冷静にそんなことを思っていた。
クラスメイト、名前だってちゃんと知っている。そんなに仲はよくないけれど。

「いや、別に付き合ってないけど、」

告白され慣れているはずでもないのに、不思議と心は落ち着いていた。見えきっている答えを出すときに、心が騒ぐなんてことはないだろう。
少しだけ、申し訳なくは、なるけれど。

「そっか…………あのさ、」

そこで一瞬言葉を切った彼は、射抜くようにこちらを見据えた。その瞬間、名前はたまらなくいたたまれない気持ちになる。

「俺、名字さんのことが好きです。よかったら俺と付き合って欲しいな、って思って…」

その違和感の正体に気づけないながらも、体は単純なものでいつもよりも心臓ははやく動いている。そしてそのことに、いささかほっとしている自分も居る。

「…ごめんなさい。今は誰かと付き合う気ないので、」

頭の中で考えていることを言うだけ、それだけならば、こんなにも簡単だ。

「……折原のことが好きなの?」

それなのに。その質問に答えることは容易ではないのだ。
初めてされる質問ではない、そして彼女はいつも口を閉ざすことでその質問を受け流してきた。
今回も例に漏れず黙りこくった彼女に、男子生徒は少しだけ申し訳なさそうな顔をした。

「……折原のこと悪く言うつもりはないけれど、あいつに関わらないほうがいいと思う、」

いや、それ悪く言ってるじゃないか、と思いつつ、日頃の臨也の行いを思うと仕方がないのかと名前の口元に小さく笑みが漏れた。
その様子に安堵したらしい男子生徒は、少しずつ畳み掛けるように言葉を零す。

「俺が幸せにしてあげられるとまでは言えないけど、あいつといたら君は幸せにはなれないと思う、」

その台詞をぼんやりと聞きながら、名前は自分の笑みがゆっくりと消えるのを感じた。

「俺、好きな人には幸せになってもらいたいよ、」

ああ、嫌だな、と思った。
こいつは嫌だ。
わたしの一番怖いこともわからないこいつが、どうやってわたしを幸せにしてくれるというのだろう。

「ねえ君、」
「え?」
「わたしの一番こわいこと、しってる?」

突然の脈絡のない会話にぽかんとした彼が見えた。その瞬間、ぐいと腕を引かれる感触。

「…おり、はら…」

自分でも驚くほどたどたどしい声が出た。そのままずかずかと、自分の腕を引いたまま歩き出す臨也に、名前は堪らなく安堵していた。それと同時に、そんな自分がたまらなく浅ましく思えた。ああそうだ、先刻からの違和感の正体はこれだ。
汚れきることも、聖者ぶることもしない自分への、嫌悪。




「…なにしてんの、」
「してたというよりされてたんだけど、」
「じゃあ何されてたの、」
「告白、」
「うわ、」

そのうわ、が何に対してのうわ、なのかがよくわからなかったが、彼の顔が苦虫を噛み潰したような表情になっていたため、不快だったらしいことはよくわかった。

「あのね折原、」
「なに、」
「わたしの一番こわいこと、しってる?」
「…君、お化けとか虫とかいろいろ駄目じゃない、」

ちらりと気まずそうにこちらを見てから口ごもったのは、恐らくこちらの言わんとしていることがわかっているからなのであろう。核心をついてこない、煮え切らない様子に不服な顔をしていた名前をちらりと見やった臨也はでも、と続けた。

「…まあ、少なくともさっきの彼がどうこうできるようなことではなさそうだね、」
「……そうなの。わたしは、わたしのこわいことを取り払ってくれる人を失うことが一番こわいっていうのに、」
「なんだ、答え教えてくれるんじゃない」
「……助けてくれたお礼だよ、」

お互いに核心を避けつつも成り立つ会話が、温かくてすこし肌寒かった。ほんの少しだけ身の毛がよだった。

「ねえ、折原、」
「なに?」

臨也は振り向かない。足を止めようとしない。きっと腕を引かない限り立ち止まらない。それと同時に、腕を引かれることを待っている。

「…なんでもない、」
「…そ、」

何も言うべきでない、と自分に言い聞かせてみても、肌寒さがとれない。どうしたものだろうか。



それはこのまま、ほんのすこしだけずれたベクトルがいつか交わると信じている自分の無知さのせいか、はたまたこのまますれ違い続ける自分たちへの微かな予感か。さあ、どちらだ。


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