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淡水魚は海で死ぬ(臨也)





「結局名前はさ、核心をついてこない優しい人とだけ喋っていたいんだよ、」

からん、と。下駄を鳴らしながらそう呟いて、臨也は楽しそうに笑う。彼女が身を固くしたのを見てさらに嬉しそうに笑う。

名字名前という女が、核心に触れられることを嫌っているのはよくわかっていた。だが同時に、彼女は自分を虐げないことも臨也はよくわかっていた。たとえ彼女が自分を拒否したとしても、それを敢えて話すのがこの折原臨也という男なのだけれど。

「…そうですね、わたしは臨也さんと違って、いつでも殺せるものと一緒に居ないと、」

生きた心地がしません、

ぞっとするくらい低い声で呟いた彼女に、臨也は鳥肌が立つのを感じた。その鳥肌は恐怖などではない、紛れもなく喜びに打ち震えていることは臨也自身よくわかっていた。
こんなにも幸せそうな祭りの喧騒の中で、どうして彼女はこんなにも浮世離れしているのだろう。
青い浴衣に身を包んだ彼女は、何時にも増して生き辛そうな印象を与えた。まるでその海のような青が彼女の酸素を奪っているかのような、

「俺はちょくちょく、君のことを生き辛そうな人種だと感じていたけれど、君の口からそういう類の台詞を聞くのは初めてかもしれないね、」
「…だってそういう話題、面倒なんですもん、」

先刻までは、臨也さんも浴衣とか着るんですね、と戯けてみせていた彼女とは似ても似つかない、悪びれもなく嫌そうな顔をした彼女と目が合った。

「相変わらず自己中心的だね、君の世界観は、」
「自分が生きるので精一杯なので、他人を気遣う余力などありません、」
「口の減らない子だなあ…だって考えても御覧よ、君は自分より弱い人とだけ一緒に居たいと思うらしいけれど、その強い弱いはあくまで君の主観であって、君が自分よりも強い、あるいは殺せないと思っている相手は君のことを弱いと思って側に置いてるのかもしれないよ?……現に君は今、俺の隣にいるしね、」

彼女はほんの少しだけ唇を噛んだ。どうしたら今の論理を破綻することができるのか、考えているのである。臨也からの詰問に対して、反論しようとしてみるものの、一度はその論理を受け入れて、自分の浅ましさを認め、責め立ててしまう彼女の弱さや浅はかさを臨也は愛していた。

「…君はそのうち、何処にも行けなくなるよ。まあ俺の方は、何処にも行けなくなった名前が何処へ行くのかという点に興味があるから別にいいんだけどね、」

そんな考え方で、生きてゆける筈が無いのだ。彼女はどうしてこんな風になってしまったのだろう。人間として生きてゆく上で、彼女の思考回路はプログラミングのミスだ。それも、致命的な。
そしてそれを彼女がいまいち理解していないというところが、彼女の愛すべき点なのである。

「君に必要なのは、場にそぐわないスペックで泳ぎ続けることじゃない、周りを弱者でかためることでもない。誰かに飼われてみることなんだよ…その点俺なら、それなりの広さの水槽を用意してあげられるよ?」

何処にも行かせる気は無いけど、という言葉を飲み込んで臨也はそっと名前の額に口づけを落とした。
その行為に彼女は些か驚いたらしく、ほんの少しだけ目を瞬かせた。

「……臨也さん、」
「なあに、」
「わたし、金魚すくいがしたいんですけど、」
「ああ……うん、そういえばそういう約束だったね、」

この展開にまったくそぐわない、その台詞に面食らいながらも、そんなことはつゆほど感じさせないように努めながら臨也は笑った。

「…いいよ、それからりんご飴でも舐めながら帰ろうか、」

このままでは死んでしまうことをわかっていながら、それでも彼女は海を望む。
彼女はもう戻ってはこないだろう。そんなことはわかっていたつもりだった。それならば。何処にも行けなくなった彼女を自分はどうするつもりだったのだろう。


「臨也さん金魚すくいとか下手そう、」
「…見てろよ、後になって要らないって言うほど掬ってやるからな、」

彼女の望む、いつでも殺せる命を持ち帰るため、臨也はらしくもなく浴衣の袖を捲りあげるのであった。

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