洗面所でぼうっとするのが好きだ、と打ち明けたことがある。
「わ、死んでるのかと思った」
身体も心も真っ黒な彼にそぐわない、真っ白な浴室。
無遠慮にずかずかと入り込んできた彼は、悪びれる様子もなくそう言った。
「リビングにも部屋にもいないから、何処に居るのかと思ったよ、」
言いながら、靴下を洗濯機へ突っ込む彼。
無遠慮に、と言ってはみたが、此処は彼の家の浴室である。このように侵食されてしまうのは当然のことだ。
「わたしのこと、探した?」
「…まあね、」
探して欲しかったわけでもないのに、その言葉で少しだけ嬉しくなる。わたしと臨也の関係はそんな感じだ。
「…君ってさ、なんだかある日、浴室で入水自殺とかしてそうだよね、」
洗面所から退こうとしないわたしをぼんやりと見つめていた臨也は、ふとそんな呟きを零した。
「はは、まあ確かに、死ぬとしたら自分の家よりも臨也の家のお風呂場がいいかな、」
「ほんとに悪趣味、」
「臨也に言われたくないよ、」
お尻が痛くなったので、よいしょ、と言いながら体制を変える。
ばばくさい、と言いたげに臨也はわたしを見下ろした。
「……まあでも、君の死に顔を見るとしたら、俺が一番がいいかな、」
その言葉に弾かれたように顔をあげた。
なんでどうして、この男は突然こんなことを言ってのけるんだろう。
「…やだな、臨也、もしかしてネクロフィリア?」
「ほんとにやなやつだなお前、」
言いながら、去ってしまう、黒い背中。
あんまりそんなこと言わないでくれ、
そんなこと言われたらわたしは、臨也に死に顔を見て欲しくて、この浴室で死にたくなってしまうじゃないか。
彼がわたしの死に顔を見て、一筋だけ涙を流して、一度だけキスをする、
きっとわたしの顔はぱんぱんで、目も当てられない溺死体だけど、それだとしても、わたしは、わたしは。
そんな光景を想像して少しだけ、震えた。
彼の悲しそうな顔が好きだ。
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