やまもなく、おちもなく
なだらかな昼下がり。
『Cafe.Lione(カフェ・リオーネ)』店主であるレティシア・リオーネは、暇を持て余していた。
陽気な空気に誘われた欠伸をどうにか噛み殺してはいるものの、あまりの心地よさについつい身を委ねたくなってしまう。カウンターに肘をついていると、ゆっくりと瞼が下がってきてそのまま夢の世界へ――誘われる前にハッと身体を起こした。
いけない、いけない。いくら今は人が居ないからって気が緩みすぎている。いつ来客があってもおかしくないのだ、しゃんとしなければ。レティシアは眠気を飛ばすためにペチペチと両頬を叩いた。
……とはいえ、暇だ。本当に暇だ。
そういえば、うちの可愛いウェイトレスは何処へ行ったのか。
普段であれば閑古鳥が鳴くような暇な時でさえ、彼女が視界に映らない事は無いぐらい店内を動き回っているのだが、今日はそうでもないような。
ぐるり、と店内を一周見回す。
……居た。
店の片隅、外から入る陽の光のもとで心地よさそうにうつらうつらと頭を揺らしながら壁にもたれている。
あの様子では、数分もしないうちに手に持っている箒の柄を離すだろう。
そして倒れた箒が立てる音にビクリと驚いて目を覚まし、警戒するように音の出処を探すだろう。しばらくして足下に落ちている箒に気づき、音の正体と原因を察して呆れつつも安堵するように息を吐く。腰をかがめ箒を拾い、ふと顔をあげるとカウンター越しに全てを見ていた店主と目が合って……
「……レティ、見てたの」
「うん、おはようマリー。気持ちよさそうに眠ってたね」
うたた寝をしている姿を見つけてからなんとなくその後の行動予測を観察していたのだが、己の予想通り事が運ぶ様にレティシアは堪えきれずくつくつと笑った。
寝ていたところから全てを見られた上に観察されていたと悟った彼女――マリエル・メストは顔を真っ赤にして狼狽える。
「ひどいレティ、見てたなら起こしてくれればよかったのに!」
「いやぁ、随分と気持ちよさそうに寝てたから。起こすのはなんだか忍びなくて」
「嘘、絶対面白がってたくせに」
むす、と頬を膨らませるマリエルに笑いすぎたかと心の中で軽く反省しながら、レティシアは用意しておいたケーキを切り分けて彼女に声をかけた。
「こんなに暇だと眠くもなるよね、ちょっと休憩しよっか。マリーはコーヒーと紅茶どっちがいい?」
「紅茶。甘いの」
「はいはい、角砂糖二つ入れておくね」
マリエルをカウンターに座らせ、ケーキと紅茶を差し出す。
いただきますと小さく呟いて美味しそうにケーキを頬張る姿はどこか幼くてとても愛らしい。しかし素直にそう伝えたところで彼女はきっと子供扱いはやめろと拗ねるので、心の中で思うだけにとどめておくことにした。
[ありふれた日常の話]