蒼く輝く水面
「まだ怒ってるか? 強引に連れ出した事」
「別にもう怒ってない……けど」
「けど?」
「お母様達になんて言われるかって考えたら怖いなって思ってる」
そう言うと乙葉は明弘の肩にそっと寄り添い、瞳を閉じた。
「乙葉は何も気にしなくていい。俺がなんとk」
「そう言うとこ」
明弘の言葉を遮るように言葉を被せた乙葉は、そっと体を離して明弘に向き合った。
「明弘くんもなんでも一人でしようとするから、だから私は余計な心配はかけたくないの」
儚げに笑う乙葉の腕を引いて抱き寄せて腕の中に閉じ込めた明弘は、消えてしまいそうな乙葉の存在を確かめるように強く抱き締めた。
「心配しちゃダメなのか? 仮にも俺はお前の夫だ。心配ぐらいさせろ」
「ほんと、傲慢な人」
ふふっと笑い、愛おしさを溢れさせる乙葉を明弘は愛おしそうに見守り、そしてそっと顔を上げさせた。
「なあに、旦那様?」
「キスをしても構わないか?」
そう問いかける明弘に乙葉はくすりと笑い、明弘の顔をそっと引き寄せると軽く背伸びをして唇を触れ合わせた。
トン、と踵を下ろした乙葉に明弘は愛おしそうに笑い、お互いに見つめ合うと今度はどちらからともなく顔を近づけキスをした。
「乙葉、あいs……」
全てが愛おしいと表情で、声で、言葉で紡ごうとした明弘の唇に乙葉が指を置いてそれを制した。
「それ以上は言わないで」
懇願するような声色で、それでいて何かを耐えるような声で、表情で明弘を見据える乙葉。
明弘はそんな乙葉を見てそれ以上言葉を紡ぐ事をやめた。
乙葉を心の底から愛していることに変わりはないが、せっかくのバカンスで怖がらせるのは癪だと、いい思い出で終わって欲しいと、そう願いそれ以上は口を噤んだのだった。
明弘が黙ったのを確認すると、乙葉はするりと明弘の腕から抜け出し部屋の中へ、ベッドの方へと歩みを進め振り返った。
「まだ朝には早いから、もう少し寝ない?」
「そうだな」
にっこりと笑う乙葉に明弘は微笑み返し、ベッドへと向かう乙葉を追った。
長く同じ時を過ごせば愛は褪せるとはよく言ったものだ。
明弘と乙葉との間で生まれる愛は濃く、そして深く色付いていく一方であった。
− END −
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