短めの噺 | ナノ




古びた手帳(玲と賢士)

熱々のチーズドリアをかき混ぜながらフーフーと息を吹きかける玲を俺は洗い物をしながら眺める。

定休日だった今日、店で新作の試作でもしようと料理をしていたら玲がやって来たんだ。
俺が玲の来店を断るわけもないので快く受け入れ、いつもの席に座った玲にいつもの紅茶を渡して新しく出そうと思って試作していたチーズドリアを渡して今に至る。
出来立てだからかなり熱いんだよなぁ……


「玲、今日はどうしたんだ?」
「あのね? 賢兄にこれを渡したかったの」


ドリアをかき混ぜる手を止めて、玲は持って来ていたカバンを漁って文庫本のような手帳を取り出して俺に渡して来た。
少し古びた年季の入ったものっぽいな……


「これは?」
「んーとね、お父さんのなんだって」
「玲の?」
「ううん、賢兄の」


そう言ってにこっと笑って玲はチーズドリアをスプーンで掬って口に含んだが、まだ熱かったのかスプーンを置いて水を飲んで舌を出してパタパタと手で仰いだ。

親父の、手帳……か。
なんで玲が持ってんだ?
まあ大方、まだ引き払ってない家に戻った時に母さんに会って受け取ったんだろうがな。
俺は作業台に寄りかかると手帳を開いて中身を見た。
中身は日記らしかった。
マメな人だったのか毎日、何かしらの事を書いていて、内容は家族の事だったりその日起こった出来事だったり色々だ。
その時の日常が眼に浮かぶ。


「何が書いてあるの?」
「日記だよ」
「ふーぅん」


玲はそれほど内容に興味がないのかはふはふとしながらドリアを食べては美味そうに笑う。
……採用だな。次からメニューに載せるか。

親父の手帳らしいんだが、なんだか引っかかる。
俺の中学ぐらいの内容なんだが、俺の記憶と所々違うんだよな。
というよりも、その頃に玲から聞いた家族の内容とそっくりなんだよな。
……これはもしかすると、親父が預かってた玲の父親の手帳なのでは?
そう考えて再び日記を読み進めていくとスッと腑に落ちた感じだ。
それに、読み進めれば読み進めるだけ玲の事や玲の母親の事が書かれていた。
玲の母親の病気の事とか、な。


「玲、これたぶん俺の親父の手帳じゃなくてお前の父親の手帳だよ」
「え?でもおばさんから賢兄にって渡されたよ?」
「親父が預かってたんじゃねーの? たぶん」
「なんでぇ?」
「さあな。とりあえず読んでみな」


俺は日記の書かれた手帳を玲に渡すとマグカップに珈琲を淹れて飲んだ。
玲はペラペラとページをめくりながらひたすら首を傾げている。
まさか……覚えてないのか?


「記憶にない内容か?」
「うん、覚えてない」
「そうか」


無理もないだろうな。
母親が亡くなった頃の話だ。思い出したくもないんだろう。
玲は途中で読むのをやめるとパタンと手帳を閉じてまた俺に渡して来た。
俺はそれを受け取ってまた開いて適当にパラパラとページをめくって流すように読んでいく。
すると、手帳の後ろの方から何か紙が落ちた。


「ん……?」


その四つ折りにされた紙切れを拾い、開いて中身を見るとそこには綺麗な、明らかに女性の書いた文字の羅列が並んでいた。
玲宛の、母親からの手紙だった。
少しの罪悪感を抱えながらも読んでみると、一緒にいれない事への謝罪と玲を愛しているという愛情たっぷりの内容だった。

手紙を読み終えた俺はその手紙が挟んであったであろう所を開いて何か書いてないかと手帳をみた。
そこには玲の父親から俺の親父への言葉と、それとは別に玲に宛てた謝罪の言葉と今住んでると思われる住所が綴ってあった。
なんのつもりなんだろうな、ここに現住所を書き残すなんて。それよりも玲、すげー愛されて育ったんだな。羨ましい奴め。

俺は手紙を折りたたんで挟むと、美味そうにチーズドリアを頬張ってる玲を眺めた。
おばさんが願った通りに玲は愛されてるよ、この日本中の人からな。想像してなかっただろうけど。


「なあ玲、ひとつ聞いてもいいか?」
「うん、いいよ?」
「父親に会いたいって思うか?」
「んー……会えるなら会いたいな。だってお父さんの事、嫌いじゃないもん」
「だったらこの手帳はやっぱり玲が持ってるべきだ」


俺はそう言いながら手帳を差し出して微笑みかける。
玲は手帳を受け取ると不思議そうにしながらもカバンの中へしまい込んだ。
そして残りのドリアを食べ終えるとにっこりと笑った。


「ねえねえ、賢兄。このドリア美味しいね! 僕好きだなーっ」
「なら良かった。今度メニューに加えるつもりだよ」
「ほんとに? じゃあ今度から頼むねっ」
「あぁ」


にこにこと幸せそうに笑う玲に俺もつられて笑う。
手紙の事は今は話さなくてもいいか。
この笑顔は奪いたくない。
玲の涙はもう見たくないんだ。


ー END ー



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