天邪鬼な彼女

いつもの様に学校が終わってから漣の家に訪れた玲美は、漣の普段生活してる別邸に案内されてリビングで待ちぼうけを喰らっていた。

「漣くんまだかなぁ」

ソファーに身を沈めて足をバタバタと弄ばせていた玲美。
そんな玲美をリビングの入口で壁にもたれかかって見ている人影がひとつ。
彼は玲美が待っている人物であり、この家の家主でもある漣だ。
漣は自身を待ってる玲美の可愛さに愛おしさを感じながらいつ出て行こうかとタイミングを見計らっていた。

漣が自分を見ているとは露ほどにも思ってない玲美は鼻歌を歌いながらカバンから教材を取り出してソファーの前に置かれたローテーブルで勉強を始めた。
玲美の通う学校が今、テスト期間だと言うこともあり平均的な学力の玲美は勉強をしなければいい点数が取れないからだ。
勉強は本来ならば家でやればいい。
それでも漣の家に来たのは、通う学校が違う漣に会うためでありあわよくば頭のいい漣に勉強を教えて貰おうと言う気持ちで玲美は来ていた。

「うーん……これはこう、かな?」

教科書や参考書とにらめっこをしながら解答をしていく玲美をしばらく見守っていた漣は静かに移動して玲美の対面に座るとノートに目を移した。
玲美は真剣な顔をして問題を解いており、まだ漣の存在に気付いてはいないのかブツブツと独り言を呟きながらペンを走らせていた。

「ここ、間違ってるぞ」

指でその場所を指し軽くノートを叩く漣。
そんな漣に玲美は相当驚いたのか軽くフリーズして漣を凝視した。
漣は頬杖をつきながら玲美の解答を見ており、固まった玲美に疑問を思ったのか玲美と顔を見合わせると首を軽く傾げた。

「どうした?」
「いつから居たの?」
「はじめから」
「居たなら言ってよー!」

頬を風船の様に膨らませて怒る玲美に漣は悪かったと素直に謝った。

「だめ。そんなんじゃ許さないよ」
「何をお望みで?」
「うーん、どうしよっかなぁ」

ペンを置いて楽しそうに思案する玲美。
そんな玲美を見つめる漣は愛おしそうな表情をして玲美が何を言い出すのか待っていた。

「決めた」
「うん?」
「漣くん、舌ベロ出して」
「ん」

玲美の要求に拒否することなく従った漣は玲美に言われた通りに舌を出した。
漣の舌にはピアスが複数開けてあり、センターに1つと側面に2つのフープピアスがついていた。
そんな漣の舌についてるピアスをまじまじと見つめる玲美は机に身を乗り出すと指先でつんつんとピアスを触った。

「痛そう……」

漣が舌にピアスを開けてしばらく経っているので痛くはないのだが、ピアスとは無縁の玲美は思った事を口にした。
しばらくの間好きにさせていたが、玲美がピアスを触るのを止めそうにないと悟った漣は未だにつんつんと触る玲美の指を舐めた。

「なにするの!」
「仕返し」

手を引っ込めてほんのりと赤くなった顔で漣を見た玲美に、漣はにやりと笑いながらそう言った。
玲美はそんな漣にムッとすると唇を尖らせ、すっと立ち上がると不思議そうに玲美を見つめる漣の隣へと移動して座った。

「漣くん服脱いで」
「今度は何する気だ?」
「いいから脱いで!」
「はいはい」

制服のジャケットをグイグイと引っ張る玲美に、漣は仕方なく従って服を脱いでいく。
玲美が何をしたいのか全く理解出来ていない漣だったが、玲美には甘いので言われた通りにするしかないのであった。
漣が上半身裸になると、玲美は漣の後ろに回って背中に描かれた刺青を指でなぞった。
漣の背中には肩口から腰辺りまでに大きく描かれた両翼の刺青があり、その翼に埋め込まれるようにクラウンのデザインの入ってるオリジナリティ溢れる物が漣の背中に刻まれていた。

「擽ってぇんだが?」
「知らない」

玲美の指が刺青のデザインを形取るようになぞるのでその擽ったさに耐えかねた漣の言葉は玲美のその一言で霧散した。

「ねぇ、漣くん」
「ん?」
「なんでこれも彫ったの?」

玲美はそう言いながら刺青を撫でてそっと漣の背中に額をくっつけた。
翼の刺青は主に自由の象徴であり、クラウンは古来より選ばれし者や権力者が被ることが許されしものだった事から『正義』や『統率力』等の意味が含められていたりする。
そんな業を背負う様な刺青を背中にでかでかと施した漣の心境を知りたいと思った玲美。
左胸にも特別な意味のある刺青を施してるのは知っているが、玲美にとっては背中の方が重要なのではと思っていた。

「玲美が自由を愛してるから」
「……それだけ?」
「それが全てだろ」

そんなことで自分の身体を傷付けてまで刻んだのかと思った玲美だったが、漣はそれが当然のことのように平然としていた。
それは玲美には理解し難いことだったが、漣から深い愛情を注がれていることだけは分かった。
否、理解してしまったのだ。
漣にとって玲美は己の全てであり、玲美を失えばその均衡は崩れ去るのだと理解していたのだから。

そんな漣の深い、まるで深海のような計り知れない程の愛情の一端を垣間見た玲美は顔に熱が籠る感覚を感じていた。
そのやるせない気持ちを発散するべく玲美は漣の背中を思いっきり勢いに任せて平手打ちしてしまった。

「い"っ……てぇな」

漣が理不尽に叩かれた事に振り返れば、再び玲美は漣の背中に平手打ちをした。

「……玲美?」
「漣くんが悪いんだもん!」

2度も叩かれたことに文句でも言おうかと思っていた漣に真っ赤な顔で漣を睨む玲美。
漣はそんな玲美を見て、表情を和らげると玲美の頭をよしよしと撫でた。

「悪かった」

漣が悪いことをしたことは何もないが、玲美がそう言うのならそういう事なのだろうと漣は割り切ることにした。
玲美は顔を少し俯かせると漣の胸に顔を埋めてぐりぐりと擦り付けていた。
そんな玲美を愛おしく見つめる漣は頭を撫でながらその頭にキスを落とした。

「漣くんが悪いんだもん」
「分かった分かった」

よしよしと玲美を撫でる漣は、玲美が満足するまでしばらくそのままでいる事にした。
玲美が通常運転になるまであと少し。
それまで漣は色々な感情と戦うのだった。

− END −




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