「なぁ憐、アレ柚稀だよな?」
「あ?」
諒の指さす方向を憐が見ると、柚稀が2人の方へと走ってくるのが見えた。
その光景をみた憐は心底嫌そうな顔をし、また面倒ごとを連れてきたのではないかと考えていた。
「すげー嫌な予感する」
「同感」
すでに柚稀にロックオンされている憐と諒はその場から逃げることが許されず、逃げたところで柚稀に捕まるまで追いかけられるのが目に見えていた為、2人はその場にとどまり、柚稀が近づいてくるのを待った。
「憐ー! 諒ー! 俺を助けろー!」
2人を捉えてからこれ幸いと笑顔で走っていた柚稀がそう叫び、やっぱりそうなるかと憐と諒は揃って怪訝な顔をした。
「今日は何やったんだー?」
諒が口元に手を添え、走ってくる柚稀に聞こえる程度の大きめの声でそう聞いた。
柚稀の後方数十メートル先で怒号を放ちながら物凄い形相で柚稀を追いかけ走ってくる数人の男達を見てある程度予想はついている憐達だったが、どちらが先に手を出したのかを聞かないことには手を貸すつもりなど毛頭なかった。
「喧嘩売られたから買った! つーことであとはよろしくっ!」
憐達2人の間を走り去り際にぽんっと2人の肩を叩いた柚稀は少し離れたところでスピードを落として止まり、やっと助かったとホッと肩を撫で下ろした。
そんな柚稀をチラリと見やり、憐と諒は怒りに顔を染めた男達を一瞥した。
「とりあえずアレを片付けるか」
「だな」
そのあとでみっちり柚稀に事の顛末を聞くとしよう。
目配せし合い、憐達2人はこちらへやって来る男達の元へと歩き出した。
「いいぞー! やっちまえー!」
ひとまず危機が去って余裕な柚稀は自らが招いた敵に向かって行く2人の背中にそう声をかけた。
「で、なんでお前は追いかけられてたんだよ」
然程時間をかけることなく男達を鎮めた憐と諒は清々しいまでに爽やかな笑顔を浮かべる柚稀の元まで行くと、そう憐が問い詰めた。
「いやぁ、さ? どこでサボろうかなーって片っ端から教室の扉開け放ってたらあいつらの溜まり場に当たっちまったらしくてさ、それで」
いやぁ参った参った、なんて言う柚稀に憐と諒は呆れ返り、文句を言う事すら面倒に感じた。
「はぁ……今度は短時間とはいえ騒ぎを聞きつけた教師がやって来るだろうな、これ」
ほとんど瞬殺とは言え、授業と授業の合間の時間に起きたこの騒ぎは多くの生徒の目に留まるものだった為に、憐達3人の周りはザワザワとしていた。
「そっちのがむしろ面倒だな」
「よし、お前ら逃げるぞ!」
そうと決まれば柚稀の行動は早かった。
口煩い教師から逃げるべく憐と諒を引き連れてその場を走り去ったのだ。
一難去ってまた一難。今日も賑々しく主人に振り回される従者達の日常であった。
− END −