世代交代とは名ばかりな。
楠木の家は広い。何人もの舎弟を抱える大所帯である。
なんて言えば聞こえはいいが、実際はそうでもない。所謂ヤのつく職業を生業とした裏世界の家柄である。楠木の歴史を紐解けばある有名な大企業と結びつくことになるのだが、今はその話は置いておこう。


そんな楠木家のとある一室に家主である祐と、その付き人であり祐の手足となり共に働く琥珀、更には祐の次男である憐と、その付き人の嘉音の4人がそれぞれに仕事を片付けていた。


「そろそろ隠居後の生活も考えなきゃだよなぁ」


そんな時、祐がポツリとそう言葉を漏らしたのだ。


「それを考えるのは今目の前にある仕事を片付けてからにしてくれませんかね?」


祐の机に積まれた紙の山を一瞥し、時間がないのを解っているのかと諭すように祐の言葉に反応した琥珀のその言葉にはかなりのトゲが含まれていた。
長年付き添ってきた間柄お互いの性格も熟知しており、そんな琥珀の言葉に祐は過剰に反応する事なく流れるように言葉を紡いでいく。


「それもそうなんだが、それよりも琥珀もそう思わない?」
「えぇまあ、俺も早くこのクソめんどくさい仕事を嘉音に押し付けたいですけどね。正直に言うと」


気の知れた、否、身内だけの空間での会話だからこその若干砕けた物言いの琥珀の言葉に、話題に上がった嘉音は嫌そうに顔を少し歪めたが、それを指摘されることはなかった。


「だろう? だから憐、さっさと受け継いでくれ」
「は? 嫌だけど」


祐と琥珀が話している間にもカタカタとパソコンのキーボードを叩く手を止めずに話だけを聞き流していた憐は、祐に話を振られると即座にバッサリとそれを否定した。


「いずれは引き継ぐんだ。今か後かの違いだろ」


祐のその言葉に、憐は仕方なしに手を止めて一つ深く息を吐くとまっすぐ祐を見据えた。


「自分がさっさと隠居してぇからってそれはねーだろ、クソジジイ」
「誰がクソジジイだ。口が悪いぞクソ息子」
「お互い様じゃねーか。何言ってんだ」


繰り広げられたのは言葉による罵り合いだった。親子である2人をよく知る者達なら"あぁ、またやってるな"と笑って聞き流せるようなものだが、赤の他人ならつゆ知らず。この先なにが起こるのかとハラハラせざるを得ないであろう。


「おい嘉音、お前の主人なんとかならねーか?」


そんな親子の罵り合いを先に離脱した祐が呆れた顔で憐を指しながら嘉音にそう問いかけた。
そんな中、指差されている憐は煙草へと手を伸ばし、我関せずと言うようにソファの背にもたれゆったりと一服していた。


「憐さんは元からコレなのでどうにもならないですよ。末期です、末期。というか、お頭の息子なんですから自分で何とかしたらどうでしょう?」


流石は琥珀の元で仕事を身につけただけあってか、師と同じように口調は穏やかかつ丁寧だがどこかトゲのある回答をした嘉音に琥珀は頷き、憐はほくそ笑んだ。


「一理あるな」
「ざまあ。言われてやんの」


追い討ちをかけるような琥珀の言葉に乗っかるようにして憐は嘲笑う。


「お前も散々だろ」
「嘉音はこういう奴だ。残念だったな」


琥珀と祐が昔からプライベートでも仕事でも同じ時を共に歩んできたと同じように、嘉音と憐も2人の歩んだ時間に遠く及ばないにしても、それでも2人なりに切磋琢磨してより絆を深めているのだ。誰よりもお互いの事をよく理解してると言える。


「ムカつくやつだな。ったく、誰に似たんだ?」
「どう考えてもあんただよ」
「どこがだ?」


真面目にとぼける祐に、憐はこれ以上話すことはないと再びパソコンに向き合いカタカタとキーボードを叩き始めた。


「はぁ……あんたらそっくりだよ。流石は親子と言うべきか」
「確かに」


やれやれ、と呆れて言う琥珀に嘉音は同意する。
そして、主人達に対するお互いの気苦労を察して哀れみ合うのであった。


− END −


prev/Back/next

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -